【講演】“暮せば健康になるまち”松本の実現へ

1.長寿の松本市にも課題がある

国宝・松本城などでも有名な松本市は、長野県のほぼ中央に位置する人口約24万人の中核的な都市です。長野は長寿県としても知られますが、小林浩之氏(松本市商工観光部健康産業・企業立地担当部長)のお母様もその一人。90歳になる今も、農園でお元気に働いているとのこと。

「しかし、母はもともと健康というより、がんなどの様々な病気も経験しています。夫の介護も担いながら仕事をする中で、病気と上手に向き合い、健康を保ってきました」と小林氏は言います。

この小林氏のお母様に代表されるように、長野県は高齢者の就業率が高く、働いたり、ボランティアをしたりと社会活動に積極的に参加。生涯現役の人が多いとのことです。

「それは、農業、観光など高齢になっても働ける仕事がありますし、また、松本市は製品出荷額でも5000億円に迫るなど、ものづくりの町でもありますから、働く場所そのものが多いということもあります。さらに、多世代同居も多い。そのため、高齢者が孤立せず、周りから頼りにされているという感覚を持っていることが、年齢を重ねても活動的な人が多い理由となっています」

食生活を見てみると、長野県は野菜摂取量が多い県です。漬物などにして食べることで塩分摂取量も多くなるのですが、漬物は発酵食品なのでその良い影響もあるのかもしれません。

ですが、そんな長野県松本市でも抱えている課題があります。それは少子高齢化。平成29年の松本市の老年人口は全体の27.5%。県全体の31.1%と比べると低いですが、それでも超少子高齢型社会が進展していると言えるでしょう。

平成30年の松本市の社会保障関係費は354億円となり、一般会計の歳出の40.5%にものぼります。また、国保1人当たりの医療費も、平成26年と比べ平成30年は9.9%も増えています。

そして、日本人の平均寿命が男性81.09歳、女性87.26歳に対し、長野県は男性81.75歳、女性87.68歳。一方、健康寿命については、日本人平均が男性72.14歳、女性74.39歳に対し、長野県は男性72.11歳、女性74.72歳(※)。

「長野県の平均寿命は男性が全国2位、女性は1位であるにもかかわらず、健康寿命に関しては男性20位、女性27位に下がってしまいます。平均寿命から健康寿命を引くと、男性9.64年、女性12.96年もあり、この健康でない期間をいかに短くするかというのが大きなテーマであり、平均寿命を伸ばしながら健康でない期間を短くしていくために様々なことに取り組んでいく必要があります」

(※)厚生労働省公開資料(2015年平均寿命、2016年健康寿命)より

2.「一次予防」「若いときから…」「地域・企業・連携」

超少子高齢化社会を迎え、松本市では、成熟型社会の都市モデル「健康寿命延伸都市・松本」を掲げ、超少子高齢型人口減少社会を乗り越えるためのまちづくりに取り組んでいます。

それは、「人」「生活」「地域」「環境」「経済」「教育・文化」という6つで健康づくりを進める、総合的なまちづくり政策。このまちづくり政策は2段階方式となっており、第1段階として、平成16年から3K(健康づくり・子育て支援・危機管理)に取り組み、それを充実・強化させながら、第2段階として、平成20年から「健康寿命の延伸」に力を入れていると言います。

松本市のこの取り組みのキーワードとなっているのが「一次予防」「若いときから…」「地域・企業・連携」

例えば、糖尿病の重症化予防プログラムの施行は、ベンチャー企業である株式会社マディアから提案を受け、始まったと言います。具体的には、かかりつけ医の指示のもと、薬剤師さんが患者さんに薬を渡す際に、コーチングを行い、サポートするというもの。「薬を飲んだ後、便秘になってしまう」「糖尿病の重症化を防ぐためにはどうすればいいのか」といった患者さんの悩みや疑問にしっかりと耳を傾けながら、服薬指導や食事、運動などのアドバイスを行っていきます。

子どもの生活習慣改善事業としては、『まつもとっ子元気アップ事業』があります。これは、小学4年生と中学2年生に対し、学校で実施している血液検査の中で、子どもたちの肥満ややせ過ぎ、善玉コレステロール値の低下といった状況がわかったことがきっかけとなり始まったもの。

子どもの時期からの「望ましい生活習慣」を身につけてもらうため、信州大学、松本大学などとも連携しながら、食や運動に関する講座を開いたり、休み時間での運動指導者派遣などを行っていると言います。

そして、地産地消を取り入れた学校給食にも力を入れているとのこと。

「昔は、学校給食は子どもたちの食生活の補完的な役割を果たすものでした。ですが、今は共働きが増えるなど、家庭の事情や社会環境も変化。給食が子どもたちの食生活を支えるものになっています」

3.社会課題をビジネスで解決

「健康寿命延伸都市・松本」を産業面から支えるのが『松本市ヘルスバレー構想』です 。

これは、市民が健康に対して高い意識を持ち、自らの健康づくりを日々実践する。すると、健康・医療・福祉関連の産業が活性化され、優れた製品・商品やサービスなどが創出される。そのことで市民は、健康づくりにおいてさらに良い製品・商品やサービスを受けられるようになるというもの。

つまり、健康に対して意識の高い人が増えれば、それが産業を生み出し、内需が拡大する。健康というキーワードで地域経済の発展・好循環を促進させることが、市民の健康に繋がっていくという考えです。

「行政にとって、市民の健康増進、疾病予防などの課題解決の取り組みは、財政的・人的負担になります。ですが、行政がその課題解決を企業に依頼することで、新たなビジネスが生まれ、産業が活性化していきます」

保険制度内の医療・介護サービスや行政サービスから、民間サービスを派生させる。つまり、行政が企業に仕事を出すことでマーケットを生み出すという官民連携。

官民連携が生み出すマーケットとして、ロコモ予防、健康住宅、配食サービス、買物援助、パーソナルモビリティ、栄養指導、運動指導、サービス付き高齢者住宅などがあります。松本市としては、この「需要の見える化」と「試みる場」を提供しています。

健康関連の産業を根付かせ、活性化させるための可能性を探る実証フィールドとなるのが『松本ヘルス・ラボ』です。

県内外や市内の事業者、金融、有識者、医療、介護、自治体、市民、大学等の354企業・団体が参加するプラットフォームを形成。解決すべき社会的課題を整理し、ヘルスケアビジネスの実証や実用化支援として100万円を助成するなどの活動を行っています。

例えば、第一興商と信州大学による実証事業では、『スポーツボイス大学院』を実施。これは、定年退職後の男性限定のボイストレーニングとエクササイズを組み合わせた健康講座を週1回3か月間に渡って行うもの。『スポーツボイス大学院』の受講者による音楽専用ホールでの成果発表会では、『My Way』を披露したと言います。

「定年後のお父さんは居場所がないとよく言われます。仕事を辞めて家に引きこもるのではなく、『スポーツボイス大学院』などで外に出て積極的に活動することは、かっこいいオヤジという自己認識を高めることにも繋がります」

この『スポーツボイス大学院』は、男性シニアの外出機会を創出することで、定年退職後の男性の閉じこもりを解消するとともに、男性シニアが地域の担い手になることへの期待(生涯現役)という行政課題(社会ニーズ)にとっても有効となるものです。実際、『スポーツボイス大学院』が終了した後も、受講者の地域活動への参加機会が増加したと言います。

受講者の心理的効果としても、自己評価、心理的健康が向上。夫婦間のコミュニケーションも向上したと言います。口腔機能としては、咀嚼力が改善、反復唾液嚥下回数も増加したとのことで、これは介護予防にも効果が期待できます。

ローソン『まちかど健康相談』では、ローソン店舗駐車場内にテントを設置し、市の保健師が来店者に対し無料で健康相談を実施(体組成測定、健診受診勧奨、健診申込み、ストレスチェック、咀嚼力チェック、アルコールパッチテストなど)。

『松本ヘルス・ラボ』では、個人1000人の会員を募り、年会費3000円でサッカーの松本山雅と連携した健康プログラムや、年2回の健康チェック(血液検査・体力測定)など様々なサービスを受けることができます。NHKでおなじみの多胡肇先生によるラジオ体操講座、料理教室、リズム体操、ラフターヨガと健康相談、ストレッチ講座なども実施されていると言います。

「この『松本ヘルス・ラボ』の会員の多くは、健康な人ではなく、健康に関心が高い人、健康に不安のある人。つまり、良いきっかけさえあれば、自分の健康に投資しようと考える人です」

市民の健康文化を醸成することで、ビジネス化を目指す松本市。『松本ヘルス・ラボ』のビジネスモデルとしては、企業受託事業で採算性を確保すること。会員向け健康増進事業(健康の見える化・健康プログラムの提供)では、健康意識の高い市民が、社会保障費を使わない市民となることで、行政コストではなく、「健康」への公共投資という位置づけにしていくとのこと。

「『松本ヘルス・ラボ』では、黒字化することを大事にしています。黒字化することで、やれることも増えますし、事業として持続可能性の担保にもなります」

健康に無関心な層は、主に行政が担い、健康づくりへの動機付けなどを行っていく。健康に関心のある層には、官民連携で多様なニーズに対応しながら、社会貢献に意欲のあるリーダー層になってもらうことを期待しているとのこと。

4.産学協同で商品開発

『松本ヘルス・ラボ』では、大学・医療機関等と企業の連携も進められています。
例えば、森永乳業は、松本歯科大学と共同で『ラクトフェリン+ラクトパーオキシダーゼ配合食品の口腔の健康維持・改善作業に関する研究』を実施。

ラクトフェリンおよびラクトパーオキシダーゼは、ともに乳や唾液に含まれる抗菌成分であり、生体防御や口腔衛生に働くと考えられています。森永乳業では、このラクトフェリンとラクトパーオキシダーゼの機能性に着目し、口臭や歯周病に対する臨床効果を検証。松本市では30歳以上65歳未満の男女150名がモニタリングに協力したと言います。

また、『金芽米(東洋ライス)』摂取による腸内細菌の改善を実証するためのパイロットテストにも協力しているとのこと。

5.いつまでも元気に社会参加

15~64歳を現役年齢階層、65歳以上を高齢年齢階層とした場合、高齢年齢階層1人を支える現役年齢階層の人数は、1990年時点では5.1人、2010年では2.6人、2025年では1.8人、2060年では1.2人となる予想が出ています(※)

定年も昭和の時代は55歳という年齢で迎えるのが、当たり前でした。1986年の高年齢者雇用安定法で60歳定年が努力義務化になり、60歳という年齢で定年を迎えるのが一般化していきました。そして、2013年、段階的に65歳までの希望者全員の雇用が企業に義務化され、今後、定年は70歳、75歳へと延びていくことも予想されます。

このように社会環境や仕組みが大きく変わる中、「健康は、活力ある超高齢者社会の源です。」と世界健康首都宣言にあるように、健康を維持し、長く元気に社会で活躍することが求められるようになっています。

超少子高齢型人口減少社会の急速な進展を受け、「健康寿命延伸都市・松本」というビジョンを掲げながら、国に先駆けた施策を展開する松本市。

企業との連携によって、「人生100年時代」「75歳以上が“高齢者”」という考えに対応し、『松本ヘルス・ラボ』を健康づくりの拠点とする。市民一人ひとりの“命の質”や“暮らしの質”を向上させながら、新たな産業を生み出し、経済も活性化する。そのことで、年齢を重ねても、積極的に地域で活躍し、“自立”のみならず、“自律”していける仕組みづくりに力を入れていくとのこと。まさに、“暮せば健康になるまち”松本が実現されようとしています。

(※)総務省「国勢調査」及び「人口推計」。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」:出産中位・死亡中位推計(毎年10月1日現在人口)