ヘルスケアIT セミナー12選⑧: 女性ワーカーが求める健康経営とは – 女性がイキイキと活躍できる職場作り

1.健康経営で女性ワーカーが取り残されている理由

少子高齢化社会となり、労働人口が減っていく日本では、女性の社会進出や活躍に期待が寄せられています。健康経営はそんな女性ワーカーたちの支えになり、活躍できる環境作りに繋がっていくはず……。だったのですが、現実的には健康経営の恩恵が働く女性たちに届かずに取り残されていると阿部氏は問題提起します。

本来の健康経営は女性ワーカーの健康も守れるはずのものですが、現在は、認定や表彰、広報手段、企業価値向上による採用などが目的となり、女性ワーカーの健康を守ることにあまり繋がっていないと言うのです。例えば、先進のITツールを導入しても、利用率が低かったり、継続されなかったりして、実際に働く人たちの健康づくりには、あまり貢献していないケースが多々見受けられるというわけです。それは一体なぜでしょうか。

一番大きな要因、それは男女での性差、つまりは女性特有の身体やメンタルの特徴であったり、社会や家庭の中で期待される役割が男女で違っていたりすることへの理解が、十分になされていないためであると阿部氏は指摘します。

例えば、月経の問題。女性は約1ヶ月の周期でホルモンの分泌バランスが変わります。よく知られる月経痛(生理痛)以外にも、月経前になるとイライラ・肌荒れ・便秘など、心や身体に不調があらわれるPMS(月経前症候群)もあります。また、更年期症状といった女性に多い疾患もあります。

こういった女性ならではの身体の問題だけでなく、役割としての性差も大きいと阿部氏は言います。出産・育児・家事、さらに家族の介護などでも、女性が役割を担うことを期待されがち。介護を抱えている場合は、介護離職を強いられる人も少なくありません。

これらの問題が一向に解消されないのは、男性側の理解不足が大きいと言うわけです。例えば、ある企業の男性社員に「働く女性は、フィジカル面、メンタル面で大きな問題を抱えているケースが多い」と話すと、「そうでしょうか。今の時代はそんなことはないと思う。被害妄想なのではありませんか」とった反応を見せたと言います。これはレアケースではなく、こうした認識のズレが、健康経営の取り組みを表面的なものにしてしまっている要因となっているのではないかと阿部氏は指摘するのです。

この男女における身体やメンタルの違い、期待される役割に対する会社や上司の理解不足は、働く女性が仕事で本来のパフォーマンスを発揮できないことに繋がると言います。

例えば、ある営業職の20代女性ワーカーは月経痛がひどく、タクシーを利用するなどして何とか働いていましたが、男性の上司からは「生理ってそんなに痛いものなの?」という言葉を投げかけられと言います。または、月経痛などの症状は個人差が大きく、同性から厳しい目を向けられることもあると言います。

月経、妊娠・出産、更年期などによってメンタルや身体に大きな変化が起きているのにも関わらず、結局、やる気の問題にされてしまったりするのは女性にとっては大変つらいこと。身体やメンタルの不調が悪化すると、深刻な事態になってしまうことも少なくありません。

IT系企業で働くある40代女性ワーカーは妊活をしていましたが、仕事との両立が難しくなり、離職を余儀なくされてしまったと言います。また、ある女性ワーカーは、健康診断で腎臓のデータに異常が見られたのにもかかわらず、仕事が忙しくて放置していましたが、結局、倒れてしまい、今は透析を受けているとのこと。さらに乳がんの治療をあとまわしにして切除したケースや、長年の激務に耐えていましたが脳卒中で倒れ、身体に麻痺が残ってしまったというケースもあると言います。

また、ある女性ワーカーは病気の治療を受けた後、職場に復帰することはできたものの、以前のようなパフォーマンスを発揮できずにいました。周囲の期待に応えられないという自責の念に苛まれるとともに、周りからの「辞めてほしい」という雰囲気に耐えきれず、辞職したと言います。

これらの人たちが一様に口にするのが「なぜ仕事を優先してしまったのだろうか」「今では自分の健康を顧みず、会社のためにがんばり過ぎたことを後悔している」と口を揃えるように言うとのこと。

2.女性特有の心理や感受性への配慮も必要

子宮がん、乳がん検診など比較的、身体の健康のサポートは充実している企業であっても、メンタルについては見落とされ、サポートが不足してることが多いと阿部氏は言います。

女性の方がストレスにより、うつ状態になりやすい傾向がありますし、特に、出産やPMS、更年期などうつ状態を引き起こす要因も多くあります。また、女性はセクハラやマタハラ、パワハラなどの対象になりやすいということも見落とせません。さらに家族の介護により引き起こされるうつもあります。一般的に介護に携わる人はうつ傾向が強いと言います

さらに女性ならではメンタルの特性、感受性もあると言います。女性は職場においてのコミュニケーションを重視する人が多く、そのために人間関係でストレスを感じてしまう傾向があるとのこと。

例えば、同僚が出張の時に買ってきたり、取引先からもらったりするお土産や差し入れは、甘いものが多かったりします。そんなとき、ダイエット中であれば、本音では食べたくないところ。でも、せっかく買ってきてくれものを配ってくれたのだから、食べないのは失礼にあたると感じて、無理に食べてしまうといこともありがち。

また、本来、リラックスできるはずのランチタイム。一人で自分の時間を過ごしたいという場合でも、グループなどで一緒に食べようと誘いを受けたのに断わってしまったら雰囲気も悪くなるし、気もひけるので我慢して昼食を一緒にするということもありがちです。

あるホテルに勤務する女性が辞めたいということなので、支配人が理由を尋ねると、「ミーティングで話すとき、支配人はほかの人の顔は見るのに、私の顔は見てくれない。私のことをぜんぜん気にかけてくれないので辞めます」と答えたと言います。このように男性にはあまりわからない女性特有の繊細な心の動きもあります。

女性ワーカーの場合、結婚・出産・育児といったライフプランとキャリアプランが密接に関わっているということもストレスの要因になりがち。出産・育児休暇は制度としてはあるものの、会社や同僚に迷惑をかけてしまうのではないかと取得をためらう人もいますし、休職の後、元の仕事に復帰できるかどうかという心配もあります。

また、日本企業には未だに男性優位な職場が多くあります。つまり、「女性の昇進の機会が少ない」「男性に比べ職位や給与が低い」「非正規雇用で不安定である」などといったことです。特に仕事だけでなく、家庭のことも担う女性は一日のタスクが多く、ストレスもそれに比例し高まっていきます。さらに、「完全な母親像」「女性は○○であるべき」といった旧態依然とした価値観、モラルも無言の重圧となって女性にのしかかってきます。

実際数値でもそれは現れています。例えば、世界経済フォーラム(WEF)が発表した2018年版「ジェンダー・ギャップ指数」で日本は110位とかなり低い位置にいます。こういった背景が、「疲れた。やはり仕事と家庭の両立は無理」「結局は男性主体の風土……」「健康経営? 何それ。それ以前の問題だよ」といった女性ワーカーの悲鳴にも近い声を生んでいるのではないでしょうか。

3.改善に向けてリアルな声に耳を傾ける

では、働く女性たちは、具体的にはどんなことを健康経営に求めているのでしょうか。それを知るために、まずは女性ワーカーが抱える問題、悩みに耳を傾けてみると、次のような回答が寄せられたと言います

「不規則な生活のせいで体重が増えた」
「乾燥したオフィス環境は肌にも喉にも悪い」
「仕事のストレスで吹き出物が増えた。ますます出社するのが嫌だ」
「1ヶ月の3分の2はPMSや生理痛で頭が働かない」
「夏場、足元が冷える」
「社食や宅配弁当が揚げ物ばかりでヘルシーじゃない」
「毎日、忙しくて運動する時間がとれない」
「本当は定期的に病院に通って治療する必要があるが、会社を休むのは気がひける」
「子供や親の病気のサポートをしたいが、会社に言いづらい」

このように働く女性の悩みは多岐に渡ります。一般に健康維持・増進のために大切になるのは運動、食事、十分な休養と言われますが、女性ワーカーにとっては、それら一つ一つをより細かくみていく必要があるようです。
というのも、先ほども触れたように、子育てや家事など一日のタスクが男性よりたくさんある女性は、ストレスを受けることも多く、女性特有の問題をたくさん抱えていますから、単純に「運動してください」「食事を改善してください」「十分な睡眠をとってください」と言って健康になるというものではないのです。

女性が身体の不調やストレスを感じたときの解消方法に挙げるのは、食事、睡眠、おしゃべりなどのコミュニケーション、趣味、楽な運動などですが、女性ワーカーは忙しく、約半数は「解消法はない」と回答しているそう。そのため、1日の大半を過ごす職場での体系化されたサポートが必要になると阿部氏は言います。

4.女性ワーカーは身近で細かいことを求めている

では、女性ワーカーの悩みを解消する方法としては、どのようなものがあるのでしょうか。働く女性たちは、大きな施策より、もっと細やかなものを求めていると阿部氏は言います。実際に女性ワーカーに喜ばれているヘルスケア商品・サービスとして次のようなものが挙げられます。

■手元に届く各種検査キット
■職場に検診車の配備(就業時間内受診)
■乳がんや子宮がん検診の無料化
■職場のシエスタ制度
■治療と仕事の両立のための費用補助
■短時間整体、リラクゼーション出張サービス
■デスクワーク中に座りながら運動(ウォーキング等)できるグッズ
■ヒッブつぶれ対策になる昇降型デスク
■仕事中に眼精疲労をケアできる持ち運び型家電
■月経痛や肩こり、腰痛を緩和する低周波治療器
■ヘルシーな食事を提供する社食

こうしてみるとICTなどの最先端の技術を使った製品やサービスよりも、むしろアナログなモノ・コトに女性ワーカーの需要があることがわかります。実際、多くの企業が各種デジタルヘルスを導入していますが、ウェアラブルや数値管理などのデジタル製品やサービスの利用率はあまり高くないと言います。

ICTなどの最新技術は、検診結果の分析・蓄積、ライフログ、数値悪化の早期発見、将来の疾患リスクの提示など、データによる健康状態の可視化・分析のためのツールとして使うのは有効ですが、実際の女性ワーカーのための施策としては、ウォーキングイベント、業務中のエクササイズ、ヘルシーな社食や弁当、バス検診車といったアナログなものを求めているのです。

冬場など空気が乾燥する時期には職場に除湿器を置くといったこともいいでしょう。また、一般に健康経営ではオフィスワーカーを想定しがちですが、店舗での販売職、看護士や介護士など職種によって求められるものは大きく違ってきます。売り場や倉庫で働く人に対しては冷暖房も大切になるでしょうし、業種・業態によってもきめ細かく対応していくことが重要になります。

また、せっかく会社の制度があるのに、それが浸透していないケースも少なくないと言います。例えば、パート従業員でも生理休暇などの有休を取れるのに、「言いにくい」と遠慮して取らなかったり、その制度があること自体、パート従業員のみならず、上司も知らないことが多々あると言います。これでは、せっかく女性ワーカーのための制度を作っても意味がありません。制度を広く告知したり、啓蒙したりすることも欠かせないと言います。

5.日本全体で優しい社会への転換が必要

女性ワーカーの健康や働きやすい環境づくりは、個々の企業だけでなく、日本全体での課題でもあると阿部氏は言います。

例えば、女性の幸福度を調べたところ、アメリカの女性は40代から幸福度が上がっていくのに対し、日本では逆に低くなっていきます。そうなってしまうのには今の日本の風土、労働に対する価値観が関係しているのではないかと阿部氏は指摘します。

働く人は同時に消費者でもあります。一旦、消費者の立場になると、「宅配便の配達が遅い」「コンビニは24時間開いていてほしい」といった要求をしがち。一方、ドイツなどでは日曜祝日にスーパーなどのお店は閉まっており、消費者もそれを見越して買い物をする習慣があります。日本もそれに倣い、社会のあり方、働き方を変えていく必要があるのではないかと阿部氏は言うのです。

つまり、相手に高い要求をする厳しい社会ではなく、お互いのことを考える優しい社会への転換。例えば、仕事の打ち合わせでも、取引会社にわざわざ来社してもらわなくても、電話やメールなど済ませるようにしたり、請求書も郵送ではなく、データでOKにしたりとちょっとしたことを変えるだけでも大分違ってくると言います。

お互いに負担を減らすように努めること。厳しさより、寛容さを大事にすること、それが女性ワーカーも含め、健康にイキイキ働ける環境に繋がっていくと阿部氏は訴えます。

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