【講演】社会課題で“熱狂”をうむ方法 ~注文をまちがえる料理 店のつくりかた~

1.間違いも許容すれば、間違いじゃなくなる

『注文をまちがえる料理店』は、注文と配膳をするスタッフが認知症のレストラン。小国士朗氏が発起人となり、2017年にオープンしたものです。

小国氏はもともと、『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』『プロフェッショナル 仕事の流儀 』といった番組を数多く制作してきた映像ディレクター。また、200万ダウンロードを突破した『プロフェッショナル 私の流儀アプリ』の企画開発、NHKの番組のオイシイところだけをSNSで配信する『NHK1.5チャンネル』なども手掛けてきました。

『注文をまちがえる料理店』も、NHK在籍時に認知症介護のエキスパートである和田行男氏のグループホーム(認知症の方が介護を受けながら共同生活をする施設)の取材がきっかけになったと言います。

「和田さんのグループホームは、認知症の方も自分たちで買い物や掃除、料理をします。そして、やり方を間違った場合のみスタッフがちょっと直すという感じ。和田さんのグループホームは、認知症の方であっても自分ができることはすべて本人が行っているんですね」と小国氏。

取材の合間に、グループホームの認知症の方々が作る料理をごちそうになる機会が何度かあったそうですが、ある日、今日はハンバーグと聞いていたのに、出てきたのは餃子だったということがありました。

「あれ、間違っているな、と思ったのですが、そのことを気にしているのは自分だけでした。周りの人たちは自然に受けいれている。それで気がついたんです。間違いも、みんなが受け入れたら間違いじゃなくなる、と」

それはちょっとした衝撃だったとのこと。そして、小国氏自身が認知症の人が暮らすグループホームに持っていたイメージもガラリと変わったと言います。

「認知症だと、徘徊する人がいたり、中には暴力をふるう人もいたりして、ちょっと恐いなというイメージを持っていました。でも、和田さんのグループホームは真逆。穏やかで温かい雰囲気に溢れていたんです」

また、こんなことも思ったと言います。

「私は方向音痴で、車を運転している時もよく道を間違えます。すると、妻は、また間違えた、と言って怒るのですが、娘が、まあ、いいじゃない、と言ってなだめてくれる。すると、私は救われるんですね。間違ったらどうしようと緊張するよりも、間違っても、まあ、いいじゃないと言われる環境の方が、その人が生きやすくなり、能力も発揮できるようになるんじゃないか」

そして、映像ディレクターらしく、あるシーンが頭の中に浮かんできました。

「それは、可愛いエプロンをつけたおばあさんに、ハンバーグを注文。しばらくして実際に、出されたのが餃子。頼んだ人が、お婆さん、これ違うよと言うと、おばあさんは、あら、そうだったかしら?とお茶目に答え、二人で笑い合うというイメージ。実際、和田さんのグループホームは、そんな温かい風景に満ちていたんです」

ただ、残念なことに、そんな風景を見られる人は限られている。「休日においしいものを食べに行こう」と一般の人が思った場合も、ここに来ることはできない。こういう風景を普通の人が見られ、認知症の方々と気軽に触れ合うことができる場所があればいいと思ったとことが、『注文をまちがえる料理店』に繋がっていったと言います。

2.想いに賛同した超一流の人たちが集結

みんながこの空間を共有できるようにレストランを開こうと決めた小国氏。

「私はこんなレストランを開きたいという強い想いやイメージはありましたが、他には何もありません。お金、人、物、全部ない。ですから、各分野のプロの人たちに協力をお願いするところから始めました」

その際、各分野の超一流の人に限定して声をかけたと言います。

「というのも、認知症の方々が働くレストランを広く知ってもらうとなると、ナイーブな問題も出てきます。認知症の方々を見せ物にしていいのか、といったネガティブな反応をする人もいるかもしれない。だからこそ、経験やノウハウが豊富な人たちなら、そういうリスクをうまく回避しながら、こちらの想いを伝えるものをカタチにできると思ったからです」

資金を調達するために、国内最大のクラウディングサービスReady for。料理店運営は、グリル満天星、一風堂、新橋亭など。コミュニケーションデザインはTBWA/HAKUHODO。デジタル発信はYahoo! JAPAN。レストランに置くピアノはヤマハに依頼するなどして、着実にレストラン開業の準備を進めて行きました。

小国氏は、これらをNHK在職中に行っていたと言います。

「上司に対しては、これは仕事ではなく、バンド活動や草野球と同じく趣味。ですから土日にやりますと伝え、上司も、趣味ならいいだろう、と理解してくれました」

小国氏の想いに共感し、考えに賛同してくれた専門家たちが集まってくる。それは、まさに、ギターができる人、歌のうまいなどそれぞれの得意なことを活かし、力を合わせるバンド活動に似ていたと言います。

認知症の方々が働くレストランですが、福祉だけでなく、バラエティに富んだ分野の人たちにたくさん集まってもらいたかったと言います。

「認知症や高齢者の方々が何かやるとなると、福祉関係の方々を中心に、公民館に集まってみんなで豚汁を食べましょう、といったことをされていると思います。それも大変素晴らしいこと。ですが、それとは違う切り口で進めたかった」

来店されるお客様も、福祉や認知症に対する意識の高い人ではなく、「おいしいものを食べたいから」「お洒落なレストランがあると聞いたから」と来てみたら、その先に認知症の方々との触れ合いがあったという感じにしたかったと言います。そのため、ここでしか食べられない料理があることや内装デザインなど細部にもこだわったとのこと。

3.温かい共同作業が自然に生まれる場所

最後まで議論になったのは、接客のスタイル。『注文をまちがえる料理店』は、間違いを許容し、むしろその間違いが生み出す温かい雰囲気が魅力。ですから、接客の際に仕掛けをし、エンターテイメント性を出した方がいいんじゃないかという意見も多かったと言います。

「方向性が定まったのは、レストランでピアノ演奏をしてくださる三川泰子さんの旦那さんのご意見でした」

三川泰子さんは、若年性認知症と診断され、脳の萎縮で形の認識が難しくなり、楽譜が読めず、鍵盤と音が結びつかなくなります。一時は落ち込んでピアノにも触れなかった泰子さんを支えたのは、チェロ愛好家で夫の一夫さん。ふたりで練習を再開し、『注文をまちがえる料理店』で演奏するのを楽しみにしていました。

一夫さんは、「『注文をまちがえる料理店』は、間違いも温かく許容してくれますが、妻はピアノの演奏を間違えたとき、ちょっと辛そうなんです」

その一夫さんの言葉で、間違えることを前提に演出を行うのではなく、普通に演奏してもらう。そして、間違った時、「間違っちゃってゴメンね」と泰子さんに笑って言ってもらえるような自然な雰囲気にしようとなったと言います。

「接客の方もそれと同じ。普通に、お客さんに水を出す、料理を出す。そこで間違ったら、そのやり取りも楽しんでもらうようにする。あくまで自然な流れの中でのやり取りを重視しました」

そのためには、ちょっとした演出をしたと言います。例えば、コショーは大きなミルにして、お客さんが料理を食べるとき、「おばあちゃん、コショーお願い!」と言うと、おばあちゃんが、「あいよ。任せて!」と言いながら、大きなミルを回す。そんな自然な共同作業が生まれるための仕掛けをしたと言います。

この取り組みは大成功。話題を呼び、メディアでも大きく取り上げられました。同じようなレストランを開業したいという人たちに向けたプレイブックも発行し、活動の輪が拡大しています。

現在、『注文をまちがえるカフェ』『注文をまちがえるめんたい屋さん』『ひとあじちがう料理店』『ハプニングラーメン』という風に、それぞれ違った名称で『注文をまちがえる料理店』と同じコンセプトの店舗が日本国内で20~30店舗があり、さらに、韓国、中国、カナダへ輪が広がっていると言います。

4.東京の片隅から世界へ

『クローズアップ現代』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』などで社会課題をテーマにした作品を数多く手掛けてきた小国氏ですが、歯痒さも感じていたと言います。

「上司からも、このテーマについてはお前が世界で一番知り尽くしているというくらいに調べ抜いた上で番組を作れと言われていましたし、実際、番組づくりはとことんまでやりました。ですが、こんな社会課題がありますということは伝えられても、それを解決する方法までは伝えられなかった」

また、メッセージを届ける人たちに届いていないと感じていたと言います。

「番組をできるだけ多くの人に届けたいと思っていましたが、『クローズアップ現代』や『プロフェッショナル 仕事の流儀』を一番観てくださるのは、60代独居男性に偏るなどして、その他の人たちにはあまり届いていなかった。届かないというのは、番組そのものが存在しないのと一緒なんです」

また、番組を作る時、外部の人の意見や視点があまり入ってこないことも気になっていたと言います。

「NHKは、番組を作る予算や人材なども豊富。だから、自分たちだけで全部できてしまうんですね。それは恵まれていることなんですが、その分、他の人たちが関与しなくなる」

その反省を踏まえ、『注文をまちがえる料理店』では、「この指とまれ!」と外に向かってオープンに発信し、「それ、俺ができるよ」「「得意だからこれをやらせて」という感じで外部の人たちがどんどん加われるようにしたとのこと。

そして、『注文をまちがえる料理店』を手がけることによって、伝えたい人に情報が届き、その情報が社会の課題を解決するソリューションになっていくという手応えを小国氏は感じたと言います。

「『注文をまちがえる料理店』は小さなソリューションかもしれませんが、少子高齢化という社会課題の解決になっています。そして、この東京の片隅のレストランの出来事に海外の人たちも反応してくれたのが嬉しかった」

『注文をまちがえる料理店』を紹介する番組を配信したところ、アルジャジーラ、ニューヨークタイムズ、CCTVなど、宗教や文化、政治体制も違う20カ国のメディアで取り上げられたと言います。

「いわば、東京の片隅で行われていた小さな取り組みの熱狂が、世界に広がっていったんです」

5.中途半端なプロより、熱狂する素人

小国氏は2018年、NHKを退職。『注文をまちがえる料理店』だけでなく、ラグビーワールドカップで「にわかファン」などの流行語を生み出すきっかけになったプロジェクトに関わるなど多岐に渡って活躍しています。

そんな小国氏の根本にあるのは、テレビマンとしての姿勢。それはNHKを辞めた後も変わらない軸となっていると言います。

「Television(テレビジョン)の“Tele”は遠くにある、“vision”は映すもの。つまり、遠くにあって誰も見たことのないものを伝えること、それがテレビの役割だと考えています。それは、『注文をまちがえる料理店』でも同じ。今まで外部の人が見ることがなかった認知症の方々が生き生きと楽しそうに働く風景や、新しい価値を届けられたんじゃないかと思っています」

そして、弱い「個」であっても、自分が本気で見たい風景を伝えることで物事が動き出すと言います。

「何か新しいことを始めるとき、仲間にその気持ちを本気で伝えること。すると、絵空事であったものに輪郭や色をつけてくれる人たちが現れ、現実になっていきます。私の場合も、認知症はもちろん、レストラン運営でも素人でスキルも資金もない。でも、作りたいと思うもののイメージ、その風景を見たいという強烈な想いだけがありました」

中途半端なプロより、熱狂する素人の方が世の中を変えることができると小国氏は言います。ある程度のことを知っているプロだと、こんなリスクがある、これは無理だといって尻込みしてしまうから。一方、素人はリスクを気にせず、絶対に実現したいという熱い想いのまま突っ走ります。

「一人の熱狂が少しずつ周りに伝わり、それがやがて大きなうねりになるんです」と小国氏は熱く語ります。

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