シリーズ『私の生きがい組織』(第三回) 生きがいこそが新たな挑戦の原動力

1.健保が起点となり、 改革を推し進めていく

「今までのように与えられた業務を遂行するだけでは、健保組合の使命を果たすことはできない。果敢に新しいことに挑戦し、改革・改善を推し進めていくPositive Challengerであれ」

それが、私が健保組合で仕事をしていた9年間、常に意識していたことです。

私が内田洋行健康保険組合に来たのは2011年。1978年に株式会社内田洋行に入社して以来、長らくコンピュータシステム関連の仕事に従事していましたので、健保に来た当初は正直、戸惑うことも少なからずありました。というのも、健保は企業ではなく、公法人。政府の方針に従って、保険料の徴収、審査、支払いといった業務を粛々と行っていきますから、それまでビジネスの最前線で仕事をしてきた自分には、カルチャーギャップがあったんです。それとともに、外の世界から来ましたので、健保組合の仕事の進め方にしても、客観的に見ることができました。

与えられた仕事に責任を持って黙々と取り組む。以前ならその方法に間違いはなかった。ですが、少子高齢化が進み、生産年齢人口が減少するとともに税収はダウン。一方、医療費は年々増加の一途をたどり、私たちも含め、多くの健保組合は財政難に苦しめられている。そんな状況で、従来の方法を続けていてはやがて立ち行かなくなる。従業員とその家族の健康を守るという健保の使命が果たせなくなると思ったんです。

では、どうすればいいのか。

約7,000名いる加入者の中には、生活習慣病をはじめ、健康に問題を抱える人も少なくありません。病気が進行し、場合によってはお亡くなりになる方もいる。その間、私たち健保は何ができるのか。健保や保健師の役割とは何なんだ。職員は何をすればいいのか。改めて基本に立ち返り、みんなと議論し、考えていきました。

そして、私たちが出した答は、仕事に対する姿勢、考え方から変えていくということ。それまでの事務処理を中心とした受け身のPassive Payer(パッシブペイヤー)から、こちらから課題の解決に挑んでいくPositive Challenger(ポジティブチャレンジャー)になろう、と。それから職員みんなとの奮闘の日々が始まりました。

私たちがまず取り組んだのが、2つの改革と3つの挑戦。2つの改革とは、財政と保健事業の改革です。3つの挑戦とは、データヘルス、健康経営、外部活動です。

特に大きなテーマとなったのが、『発症・重症化の予防策』。いかにして病気の発症と重症化を防ぐかということ。

というのも、内田洋行健康保険組合に加入している人は、従業員とご家族を合わせて約7,000名。その中で重い病気を持つ人に集中して対応し、健康を取り戻すことができたとしても、すぐにまた次の重い病気の人が100人弱ほど現れてくる。

たとえば、将来、透析を受ける恐れがある高血糖の人、心疾患になりかねない高血圧の人に保健師がアプローチ。医療機関で治療を受けて健康になってもらっても、次の年度にはまた同じ数だけリスクを持った人が現れる。つまり、全体で見ればプラスマイナスであまり変わっていない。

そこで、すでに病気を発症している人たちに対するハイリスク・アプローチだけでなく、生活習慣そのものを改めてもらうポピュレーション・アプローチにも力を入れるようになりました。

つまり、病気になる前の段階から、不適切な食習慣、運動や睡眠不足、ストレス過剰、飲酒、喫煙などの習慣を改め、健康づくりに取り組んでもらうということ。 

データヘルス(※)の手法を活用し、各事業所の責任者や管理者に協力を仰ぎながら取り組んでいきました。加入者がスマホなどで自分の健康データがいつでも確認でき、運動、睡眠、食事などの健康づくりに自分自身で取り組んでいける環境も健保で用意しました。

そして、健康経営。内田洋行グループ企業の経営陣に対して、健康経営を導入し、推進してもらえるように働きかけました。

「何よりも大切なのは、従業員とそのご家族が元気で活き活きとしていることです。そのことでプレゼンティーズム(出勤できていても、体調不良やメンタルヘルス不調などによってパフォーマンスが低下している状態)を解消し、生産性も高まる。それは、お客様のためにもなり、会社の業績向上に繋がり、従業員の給料も上がる。つまり、従業員、家族、会社、お客様みんなが喜べる循環を作り出していくために健康経営は欠かせない」と訴えかけました。

それらの活動が少しずつ形となり、成果も出ていきました。内田洋行グループの全22事業所のうち13事業所が健康企業宣言を行い銀の認定証を取得し、健康経営優良法人認定ホワイト500×1社、中小規模法人×2社の取得を実現。そして、医療費の削減にも成功。一時、ゼロであった健保の(別途積立金)も20億円に増加しました。

(※)健診結果と医療費データ(レセプト)などを分析した上で、PDCAサイクルを回すこと。疾病予防などの事業を計画(Plan)し、実施(Do)。実施した事業を評価(Check)し、次年度の事業に向けて改善(Act)していく。

2.国を動かし、オンライン禁煙外来を実現

私は、2020年3月20日で内田洋行健康保険組合を卒業しました。この9年間を振り返って、自分のようなものでも、会社や社会のために少しは貢献できたとすれば、それが一番嬉しいこと。健保時代の仕事の中で、特に印象に残っていることが二つあります。

一つは、私たちのデータヘルスへの取り組みが高い評価を受けたこと。「健康関連データの経年分析に基づく、生活習慣病予防の新戦略策定と医療費の適正化を達成」したとして、2016年『第5回 健康寿命をのばそう!アワード』の企業部門で厚生労働大臣 優秀賞を受賞しました。

もう一つは、国に働きかけ、オンライン禁煙外来を実現させたこと。内閣府 の規制改革推進会議で完全遠隔禁煙外来(オンライン禁煙外来)を元リンケージ社の木村社長とともに提言しました。

従来の禁煙外来ですと、初回は必ず病院に行き、医師からの指導を受ける必要がありました。ですが、それでは仕事も忙しい中、なかなか時間が取れない。せっかくの禁煙のチャンスを掴めずにいる人を多く見ていました。そこで、私は健保組合の立場からオンライン禁煙外来ができるようになったら、こんなメリットがあるんですと熱弁。強く訴えました。

そして、2017年7月14日、「保険者が実施する禁煙外来においては遠隔診療(パソコンやスマホを活用したオンライン禁煙外来)のみで実施してもよい」という厚生労働省 医政局長通知が出た時は、「やったぞ!」と飛び上がらんばかりに喜びました。

オンライン禁煙外来は、私たちだけでなく、他の健保組合、事業者でも積極的に実施されるようになり、多くの人の禁煙の手助けができていることが何よりも嬉しい。やはり、仕事をする上で何よりもの喜びは、人の役に立つこと。社会に貢献できることなんです。

3.死に直面した経験と学びが人生を変えた

私がなぜ人の健康や命を守る仕事にこれほど情熱を持って取り組めたかといえば、自分自身の経験が大きく影響していると思います。実は、私は過去3回、死に直面するような事故や病気を経験しているんです。

一つ目は、幼稚園の時の出来事。自転車に乗っていた時に事故に遭い、テトラポットの上に落下して激突。そのままテトラポットの中に沈み込み、全身が血だらけになるという大怪我を負いました。

二つ目は、内田洋行に入社後の30代の時。大型ビルの玄関ドアのガラスに激突し、そのまま突破。救急車で運ばれ、一時は命も危ぶまれました。

三つ目は、50歳になる前。椎間板ヘルニアの大手術をし、下半身不随は危うく免れることができましたが、60歳を過ぎた時、再び、別の個所が悪化し、10時間の大手術を受けました。その後、リハビリに集中し、1ヶ月後に退院することができましたが、現在も、4本の大きなネジが背骨に刺さっています。

それらの辛い経験は、同時に私に気づき、学びの機会を与えてくれました。

たとえば、一回目の椎間板ヘルニアの手術を受け、弱気になっていた頃、取引先の社長がお見舞いに来てくれたのですが、「社長、もう私はダメです。下半身付随で終わりです」と言いながら涙をこぼしてしまいました。

するとその社長は「何を言っているんだ! 奥さんの前で泣き事を言うな!」と私を叱咤激励するとともに、さりげなく佐藤一斎の『言志四禄』を渡してくれました。

『言志四禄』は、江戸時代より、サムライつまりリーダーのための書として読み継がれてきたもので、坂本龍馬、吉田松陰、西郷隆盛などの幕末の英傑も愛読した人生指南書に触れ、力が蘇ってきました。

また、稲盛和夫さんの京セラフィロソフィーにも感銘を受け、書籍をボロボロになるまで何百回も読み返しましたし、陽明学や日本のへルスケア改革の司令塔となった方々の書籍も貪欲に読み込み、自分の血肉としていきました。

生き方を変えるということは、なかなかできることではありません。ですが、死に直面する経験をすると価値観を変えることができる。すると、行動が変わり、人生を変えていくことができたんです。

4.世界のヘルスケアの専門家との交流

健保時代に忘れてならないのが、世界のヘルスケアの専門家たちとの交流です。

先ほどお話したデータヘルスの取り組みによって厚生労働大臣の優秀賞を受賞後、厚生労働省から二つの依頼がありました。

一つは、2017年、ロンドンで開かれる国際会議への出席。そこで、日英の大学、自治体、企業、健保の代表が集まり、これからのヘルシーエージングのあり方について話し合うシンポジウムにも参加しました。各国の専門家との交流はとても学びが多く、刺激的でした。

特にロンドン大学の女性教授の「私たちは、他の国の物まねはしません。常に最高のものを生み出し、No.1を目指します」と私たちに言い放ち、少しカチンともきましたが、それよりも、現状に満足せず、常に向上していこうという姿勢、意欲に感心しました。

二つ目は、OECDが実施する国別の『パブリックヘルス(公衆衛生)に関するレビュー』に日本の健保の代表として参加したこと。2018年の2月、OECDのメンバー4人が来日し、意見を交換したのですが、あるメンバーから「世界では、日本の保険者は受け身の姿勢で仕事をしていると思われているよ」と言われ、私は猛反発。「いや、私たちは常に新しいことに挑み、改革に取り組んでいる。Positive Challengerだ!」と言うと、OECDのメンバーは一瞬驚いたような顔をしましたが、すぐに「グレイト!」と盛大な拍手をもらうことができました。

5.ライフワークとしての生きがい組織

私は今、65歳。世間的には、前期高齢者の仲間入りです。ですが、私は前期(ぜんき)高齢者ではなく、元気(げんき)高齢者だと思っています。(笑)まだまだ現役。やりたいことが山のようにたくさんあります。

その中でも、最優先で取り組みたいテーマが“生きがい組織”。生きがい組織とは、熊倉利和さんが提唱するもので、経営者や従業員一人一人が生きがいを大事にしながら働く組織のこと。

メディアサイト『健康経営の広場』は、そうした人や会社を応援するプラットフォームでもあり、今後、シンポジウムなども含め、リアルな活動も増やしていきます。そのことで、日本中に生きがい組織、生きがいを持って働く“イキカタリスト”を増やしていこうという取り組みに、私も少しでも力になっていけたらと考えています。

というのも、今、日本で働きがい、生きがいを感じながら仕事に取り組んでいる人が、あまりにも少ないという実情があるから。たとえば、『熱意あふれる社員』は6%に過ぎず、世界139カ国中132位。仕事に生きがいや熱意を持って取り組んでいない人が94%もいる(※)。これはあまりにも酷い。世界に対しても恥ずかしい。

ですから、“生きがい組織”は、まさに今の日本に必要不可欠。仕事に生きがい、やりがいを感じて取り組めば、生産性、創造性も高まります。それは、本人はもちろん、企業、さらには日本経済のためにもなる。

その生きがい組織へのステップとなるのが健康経営です。現在、日本に広まっている健康経営をISOと同じように国際標準化しよう。そして、海外に日本の優れた健康経営の手法やシステムを広め、ビジネス展開していこうという動きも活発化しています。

それらの動きと連動し、研究しながら生きがい組織を広めていくことがとても重要となります。私自身、昨年、健康経営エキスパートアドバイザーの資格も取得しました。いくつになっても学ぶことがたくさんありますし、挑戦です。

生きがい組織を広め、働く人と社会を元気にするという、熊倉さんたちのプロジェクトの成功は、私のこれからの人生の目標でもあります。2020年、2021年と生きがい組織を広めていき、5年後には世の中の常識となっている。そんなことを夢見ています。その夢の実現のため、生涯Positive Challengerであり続けたいと思っています。

(※)ギャラップ社の調査。

【私の生きがい組織のインタビューを終えて】

熊倉さんのバツグンのタイミングでのご質問に、ワクワクしながらお話をさせて頂くことが出来て、熱くなっちゃいました。人生100年の時代、価値ある「生きがい組織」を実現して、これからも「元気で活き活き」と生きていきたいです。この機会を頂きましたセルメスタの熊倉社長に感謝申し上げます。

【編集後記】

内田洋行健康保険組合の事務長に就任以来、Passive Payerになりがちであった健保組合の仕事を、自ら積極的に課題の解決に向かっていくPositive Challengerに変え、様々な実績を残してきた中家良夫氏。今回のインタビューでは、その原動力となる想い、人生経験もお聞きすることができ、大変感動的で熱い記事を作成することができました。内田洋行健康保険組合の事務長という職は退かれましたが、これからも健康経営、そして生きがい組織を広げていくために欠かせない人物であることは間違いありません。日本のヘルスケアを改革・改善していくキーパーソンとして大きな期待がかかる中家氏の座右の銘を最後に紹介します。

新しい計画の成就はただ不屈不撓の一心にあり さればひたむきにただ想え、気高く、強く、一筋に(中村天風)

Positive Challengerである中家氏の原点を感じさせる言葉ですね。

<組合データ>

組合名:内田洋行健康保険組合

加入者数:被保険者3,783名/被扶養者3,170名(2020年2月現在)

事業所数:22

職員数:7名(保健師2名含む)(健康経営アドバイザー5名含む)