【講演】健康経営における食生活改善の推進
目次
1.体重計に乗るだけで適正な食事量がわかる
平均寿命だけでなく、健康寿命を伸ばすことの重要性が叫ばれています。というのも、日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳。それに対し、健康寿命は男性72.14歳、女性74.39歳(※)とやはり開きがあるから。
「高齢による衰え(フレイル)によって、要介護、認知症になる方の割合が増えるのは避け難い部分もありますが、できれば先送りし、元気に過ごせる方々やその時間を増やしていきたいものです」と武見先生は言います。
亡くなる人のリスク要因を見てみると、タバコ、高血圧、運動不足、高血糖、食塩の高摂取などが上位にきます。介護が必要となった要因としては、高齢が5割以上ですが、生活習慣病関連も28.5%を占めています。また、認知症のリスク要因としても、高血圧、糖尿病、肥満などが挙げられています。
「死亡、要介護、認知症の要因となる高血圧、糖尿病、肥満は、特定保健指導の重点項目と同じですし、食事改善でもここがキーとなります」
これらのリスク要因を減らすためにはどうすればいいのでしょうか。人の身体は食べたものでできていますから、健康寿命を延ばすには食生活の改善が欠かせません。では、健康に良い食事とは?
食事でまず大切なのは、適正な量。と言っても、カロリー計算などをし、適正な食事量を毎日自分でチェックするのはなかなか難しいもの。
「適正な量とは、体重の維持とほぼイコールと考えてください。その日、どんな食事をしたか、どれくらいの量を食べたかを把握するのは手間がかかりますが、毎日体重を計ることは無理なくできます。同じ時間、朝なら朝、入浴時なら入浴時と毎日計る時間を決めておくこと。これが一番簡単で正確に適正な食事量がわかる方法です」
(※)厚生労働省公開資料(2015年平均寿命、2016年健康寿命)より
2.高齢者と若い女性は痩せすぎにも注意
「食事量ということで言えば、食べ過ぎに注目しがちですが、今の日本では、痩せ過ぎも問題になっていると言います。つまり、過剰と不足が共存している状態です」と武見先生。
特に高齢者で痩せ過ぎの人が多く、日本の性・年齢階級別BMI(※)を見てみても、70歳以上の男性の29.5%、女性に至っては35.8%が低栄養の予防が必要という結果が出ています。
加齢などにより筋力や筋肉量が減少する。すると、活動量が減り、エネルギー消費量も低下。そういう身体の状態では食欲も湧かないので、食事の摂取量が減り、低栄養の状態に陥るとのことです。
この低栄養の状態が続くと体重が減少し、筋力や筋肉量が減少。こうした悪循環はフレイル・サイクルと呼ばれ、転倒や骨折、慢性疾患の悪化のきっかけとなり、要介護状態になる可能性が高くなってしまうと言います。
「ですから、年齢が上がると、食べ過ぎというより、食べる量が少ないことに気をつける必要性が高まってきます。量をしっかりと食べ、高齢期を元気に過ごしてほしい」
健康日本21(第二次)栄養・食生活の目標項目としても、要介護や死亡リスクが高くなるBMI20を基準とし、それ以下の人を増やさないように努力していくことが大切であると訴えています。
そして、女性には痩せ過ぎの人が多いと言います。この10年間の統計を見ても、女性はBMI20以下の割合が増え、85歳以上で23.9%ともっとも高いのをはじめ、どの世代でも2割くらい低栄養傾向の人がいます。特に若い女性の場合、ご本人の健康はもちろん、出産する場合、赤ちゃんにも影響が出ると言います。
「妊娠中、お母さんの栄養が足りない場合、お腹の中の赤ちゃんは必死に栄養を取り込もうとします。それは、生まれた後も続き、栄養をたくさん取り過ぎ、糖尿病や高血圧になるリスクが高まります。つまり、生活習慣病はお母さんの胎内にいる時から始まっているんです」
(※)BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
3.英国の企業を巻き込んだ減塩戦略
量とともに、食事で大切になるのが適正な質。適正な質とは、栄養バランスのことです。
食事バランスガイド(2005年 厚生労働省・農林水産省決定)では、主食(ごはん、パン、麺)、主菜(肉、魚、卵、大豆料理)、副菜(野菜、きのこ、いも、海藻料理)を基本としています。
「この3つがそろった食事を1日2回以上とることが健康のために大切であり、そういう人を増やしていく必要があります」
この食事バランスガイド(構成要素7項目:主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物、菓子・嗜好飲料〔ヒモ〕、総エネルギー)にそった食事をしている人ほど、総死亡リスクも低くなると言います。
「ですが、これがなかなかできていません。特に、仕事が忙しい20代から40代が問題。逆に、比較的時間に余裕のある60~70代はバランス良く食べている人が多い」
日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017』では、肉の脂身や動物性脂(牛脂、ラード、バター)を控え、大豆、魚、野菜、海藻、きのこ、果物、未精製穀物を取り合わせて食べ、減塩した食事パターンが推奨されています。特に注目したいのが、食物繊維やビタミン豊富な未精製穀物。そして減塩。
「では、何に食塩が多く含まれているかと言うと、調味料。男女とも60%以上の塩分を、醤油、塩、味噌、だし調味料などからとっています。調味料のほかでは、魚介・加工品、麺、パン、肉加工品などから多く食塩を摂取しています」
日本人の食塩摂取量は、現在、成人男性で1日10.8g、成人女性で9.2g、男女平均で9.9g(※1)となっていますが、目標値としては、1日当たり男性7.5g未満、女性6.5g未満(※2)。WHOの推奨量では5g未満となっています。
「ですが、麺類を食べた時、汁まで飲んだら5gは超えてしまう。なかなか難しい数値です。ではどうしたらいいか。イギリスで成功した減塩の事例があります」
イギリスでは、食品企業を巻き込み、国を挙げて減塩戦略を実施。それは、イギリス人の食塩摂取量の主要供給源となっている全ての商品から、食塩含有率を5年間で40%減らすこと。中でも、1日に一番多く食塩を摂取するのが食品企業の加工食品の7.6g。これは全体の80%を占めます。そのため、食品企業に働きかけをしながら、減塩の取り組みを行い、成果を出しています。
例えば、イギリス人がナトリウムを一番多くとっている食品である食パン(White bread)でも、10年間に20%の減塩に成功。これらの減塩戦略が功を奏し、虚血性心疾患、脳卒中などでの死亡率、血圧も下げることができていると言います。
一方、日本国内の野菜と食塩の摂取量を見てみると、地域差もあるとのこと。野菜摂取量の多い県としては長野、福島、福岡、青森などで、食塩摂取量の多いのは岩手、福島、長野、福岡などです。
野菜の摂取量が多いと、食塩摂取量も多くなる傾向があります。せっかく野菜をたくさん食べ、野菜に多く含まれるカリウムを取り入れても、食塩をとり過ぎることで、カリウムの持つ血圧を下げる効果も弱まると言います。ですから、減塩しながら、野菜を多くとることが大切になっていくとのこと。
とは言っても、味が薄いとおいしくないと思う人も多く、具体的にどうすればいいのでしょうか。
「例えば、家庭や社員食堂などでも、いきなり塩を少なくすれば味の変化に気づきますが、徐々に減らしていけばわからない。また、減塩食品はおいしくないというイメージを持たれている人も少なくありませんが、減塩食品はおいしいものであるという風にイメージや意識を変えていくことも大切です」
日本高血圧学会でも、減塩食品リストを作成。登録数、登録食品の売り上げも右肩上がりで増えていると言います。
(※1)厚生労働省「平成28年 国民健康・栄養調査結果の概要」
(※2)日本人の食事摂取基準2020年版より
4.適正な食事がとれる環境づくり
「子どもなら学校給食でもバランスの良い食事がとれます。大人も同じように、家庭以外で食事をする時、適正な食事がとれる環境づくりが必要です」
外食や中食を週2回以上利用する人は、主食・主菜・副菜を組みわせたバランスの良い食事ができないケースが多いと言います。これは本人のせいというより、バランスの良い食事を選べる環境にないことに問題があります。そこで、外食、中食、給食という家庭以外での食事をする時に、バランスの良い食事ができるように環境を整えることが重要であるとのこと。
例えば、スマートミール(Smart Meal)。これは、どこでも、誰でも、栄養バランスの良い食事が選べる社会を目指し、健康な食事・食環境を整備していくためのもの。外食・中食・事業所給食などで、継続的に、健康的な食事を提供している店舗や事業所を認証する制度です。日本栄養改善学会、日本給食経営管理学会、日本高血圧学会、健康経営研究会といった13学会等からなるコンソーシアムが認証を行っています。
スマートミールの基準としては、
1.エネルギー量は、1食当たり450~650kcal未満(通称“ちゃんと”)と、650~850kcal通称“しっかり”)」の2段階
2.料理の組み合わせは、①「主食+主菜+副菜」パターン ②主食+副食(主菜、副菜)が基本パターン
3.PFC(たんぱく質・脂質・炭水化物)バランスが、食事摂取基準2015年版に示されたPFC%Eの範囲に入ることとする(タンパク質13~20%E、脂質20~30%E、炭水化物50~65%E)
4野菜等(野菜・きのこ・海藻・いも)の重量は、140g以上
5.食塩相当量は“ちゃんと”3.0g未満、“しっかり”3.5g未満
6牛乳・乳製品、果物は、基準を設定しないが、適宜取り入れることが望ましい。
7.特定の保健の用途に資することを目的とした食品や素材を使用しないこと。
スマートミールの認証としては、スマートミール(基準にあった食事)を提供していること。そして、スマートミールに「おすすめ」と表示するなど、選択時にプロモーションされていることがわかること。スマートミールの選択に必要な栄養情報等を、店内、カタログ、注文サイト等メニュー選択時にわかるように提供していること。
さらに、「スマートミールを説明できる人が店内にいる(中食の場合、問合せ窓口がある)」「管理栄養士・栄養士がスマートミール作成・確認に関与している」「店内禁煙である(店内の喫煙専用室の設置不可)」という風に、運営体制にも基準が設けられています。
スマートミールは、現在のところ、304事業者(外食:78、中食:36、給食:195)が認定を受けているとのこと。スマートミールの応募・審査は無料で、第三者認定としても活用できると言います。
「このスマートミールを1つの見本として、ご自身でも体験し、家庭の食事づくりなどでも参考にしてほしいですね」
5.情報だけでは人の行動は変わらない
情報を提供するだけでは、人の行動はなかなか変わらないと言います。そのことを裏付けるのがニューヨーク市での調査。
2008年、ニューヨーク市では、飲食店におけるカロリー表示の義務化を行いました。そして、ファストフード大手11社から168店舗を無作為に抽出。カロリー表示義務前後に、消費者にランチタイム購入内容についての聞き取り調査を実施。「メニューなどにあるカロリー表示を見て購入する食事を変えたかどうか」「よりエネルギー量の少ないメニューにしたかどうか」を比較しました。
すると、エネルギー量の変化で見てみると、マクドナルドやケンタッキーでは減ったものの、サブウェイでは増え、全体でもやや増えたと言います。もともと健康意識の高くない人の行動は、店舗でのカロリー表示などの情報提供だけでは変わらないという調査結果が出たわけです。
むしろ、情報へのアクセスだけを改善する表層的な食環境整備では、健康格差を広げてしまう可能性もあると言います。ですから、まず健康寿命延伸に役立つ食品や食事をしっかりと提供すること。そして、その食品・食事がとれる環境を整えることがとても大切であるとのこと。
武見先生は講演のポイントをまとめながら、次のように訴えます。
「食事で大切なのは、適性な量と質。適正な量とは、適正体重の維持とイコールですから、毎日体重を測って量をチェックしてください。適正な質とは、栄養バランスと減塩。主食・主菜・副菜を組み合わせた栄養バランスの良い食事をし、減塩に取り組む必要があります。そして、その食事を、いつでも、どこでも、誰でもがとれる社会的な環境を整えていくことが欠かせません」