乗客の命を預かる仕事だからこそ 最先端ツールも導入し、運転士の健康と安全を守る

1. 運転士の健康こそが乗客の安全に繋がる

—まずは御社の事業内容から教えていただけますか?

宮澤さん:はい。いわゆる高速路線バスを呼ばれるもので、新宿、川崎、横浜などの首都圏と地方を結ぶバスの運行をおこなっています。夜、出発する便に乗っていただくと、そのままバスの中で眠り、朝、起きると目的地に着いているというイメージです。現在、所有するバスが20台、運転手が約55名(社員全体で71名)。一番遠いところでは、島根県の出雲まで行っています。

ーえっ、そうなんですか。実は私も先日、出雲で開催されたウルトラマラソンに出場するつもりだったんですが、交通の便が悪く、結局、エントリーはしたもののやめてしまったんです。御社のことをもっと早く知っていたら、参加できたのでちょっと残念です(笑)。それにしても、乗客としては寝ていれば目的地に着くのでとても楽ですが、長距離を走る運転士さんはその分、大変ですよね。

森川代表:そうですね。一台のバスに二人の運転士が乗り、2時間交代で運転しますが、やはり高速を走るので路線バスとは違った緊張感もあります。また、時間も長いので、いかに集中力を持続させるかということも大事。一つのミスが大きな事故に繋がる仕事ですから、運転士の健康管理、健康づくりは会社の責任です。

—なるほど。御社は設立7年目とのことですが、健康経営に取り組み始めたのはいつ頃ですか?

森川代表:健康への意識が高いのは設立当初からですね。というのも、ベイラインエクスプレスそのものが、運転士の健康管理、安全管理に力を入れることを大きな目的に設立された会社でもあるんです。

私たちの親会社は、送迎バスや貸切・観光バスなどを展開する中日臨海バス。以前、私も所属していたんですが、その時期に運転士さんが脳梗塞を発症し、亡くなるというとても痛ましい出来事があったんです。お客様を無事に送り届け、これから会社に戻るというときに起きたということで、会社としても大きな衝撃を受けました。

また、当時、他社さんの高速バスでの居眠り事故があり、高速バスの安全運行が社会的にもより求められていました。ですから、中日臨海バスの高速部門としてベイラインエクスプレスを誕生させる際、運転士の健康と安全が大きなテーマとなったんです

—そうだったんですね。設立後、具体的にはどんな取り組みをおこなってきました か?

森川代表:健康診断は100%実施しており、再検査もしっかり受診してもらいます。ただ、健康診断の結果って数字が並んでいて、ちょっと見ただけではわかりにくい部分がありますよね。ですから、管理栄養士さんに協力してもらいながら、「身体のどの部分がどういう状態なのか」といったことが一目でわかるように作り直して社員に渡しています。

さらに、健康診断の結果、管理栄養士さんとの過去の面談内容、受けている治療などもコンピュータに記録。「今回はここまで数値が改善しています。次は○○を目指しましょう」と目標を設定しながら、PDCAを回せるようになっています。

さらに2019年4月からは自社で保健師を雇用することを決定し、募集活動に入っています。ウチの会社の規模で専属の保健師さんを雇うところは少ないと思いますが、先ほど例示したような管理栄養士さんの親会社と弊社への従業員の健康管理への貢献を目の当たりにしていたので、迷いはありませんでした。

2.最先端ツールと人のダブルチェックで万全の体調管理

—そのほかに何か取り組んでいることはありますか?

森川代表:脳ドックと睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査は、入社時に必ず受けてもらいますし、以後も3年ごとに実施しています。脳ドックについては、運転士に限らず40歳以上の内勤者全員、契約社員も全額会社負担で受けてもらえるようになっています。

また、ウェアラブル端末のFitbitを導入しています。これは、歩行数、心拍数、睡眠時間などのデータを取得し、スマートフォンやPCで自己管理できるのも。「今日どれだけ歩いたか」「しっかり眠ることができたか」といったことをスマホでも簡単にチェックできますから、社員の運動不足や寝不足解消に役立っています。

—すごいですね。Fitbit導入は大企業ではありますが、中小企業では珍しいですね。

森川代表:それと、血圧にも注意しています。運転士という仕事柄、一番恐いのは脳疾患と心疾患。意識が喪失する状態は絶対に避けなければなりません。血圧はアラートの一つになりますから、毎回記録をとり、データ化しています。また、一人ひとりの運転士がどんな薬を飲んでいるかについても把握し、医師からの指示にしたがってきちんと服薬しているかどうかもチェックします。

さらに、運転士の耳に眠気を感知できるセンサーをつけてもらっています。眠くなってきたらバイブレーションが作動し、刺激を与えるとともに、リアルタイムで運行管理者がチェック。無線で「大丈夫ですか? 眠くなっていませんか?」と声かけをするなど、ツールと人でダブルチェックするようになっています。

—そこまでしているんですか! いや、驚きました。

森川代表:いえいえ、まだまだです。これらの取り組みで集めたデータを使い、運転士の体調変化やルートごとの疲労度なども分析できるようにしていきたい。たとえば、「このルートを運行するのは、やはり運転士にとって負担が大きいんだな」「このスケジュールで、この便を担当されるのは避けたほうがいいな」ということもわかってくるようになるでしょう。そのためにも、今、データを蓄積させていくことが重要だと思っています。

将来的には、AIやロボットを使って、運行管理や健康管理もできるようになるでしょう。ルートによる疲労度、運転士の健康状態などを紐付けして、「今日の健康状態だと、このルートの運転は避けたほうがいい」といった判断もAIがしてくれ、最適な運転士のスケジュール管理ができる未来が近づいていると思います。

3.ヘルシーな食事に自慢のフィットネスルーム

—運転士さんは、仕事柄、食事も不規則になりがちですよね。

森川代表:そうなんです。決められた時間の中で、サービスエリアなどで素早く食べざるを得ないというときもあり、食事がどうしても不規則になりがちなんです。それを少しでも解消するため、会社が補助を出し、Fit Food Bizを始めました。Fit FoodBizは、健康状態にフィットしたお弁当を届けてくれるサービスで、社員の利用率も高いですね。

森川代表:そうなんです。決められた時間の中で、サービスエリアなどで素早く食べざるを得ないというときもあり、食事がどうしても不規則になりがちなんです。それを少しでも解消するため、会社が補助を出し、Fit Food Bizを始めました。Fit FoodBizは、健康状態にフィットしたお弁当を届けてくれるサービスで、社員の利用率も高いですね。

—Fit Food Bizはいいですよね。実はウチの会社でも利用させていただいています 。運動についてはどうですか? 運転士さんは仕事中、ずっと座りっぱなしで運動不 足になりがちではないですか?

森川代表:おっしゃる通りです。ですから、会社の中にフィットネスルームを作りました。音楽を聴きながら運動できるようにしてありますし、設備が貧弱だとやる気も起きないだろうと思って、250万円をかけて6種類のフィットネス機器を導入。デザインもカッコいいものを選びました。夜、運転をし、朝方、会社に戻ってから1時間くらい運動で汗を流し、リフレッシュしてから自宅に帰るという人もいますし、当初予想していたより利用率も高いです。

社員の中にフィットネスにやけに詳しく、身体を鍛えることが大好きな者がいて、彼を中心に「今度はこんな運動をしてみよう」「この部位はこうやって鍛えるといい」とか、みんなであれこれ話し合いながら楽しくやってくれています。「次はこんな機器を入れて欲しい」といった彼らの要望や意見を取り入れながら、さらに進化させていきたいと思っています。

4.人手不足を解消することで事業拡大に成功

—これほど健康経営に力を入れていると、対外的にもアピールしていきたくなりますよね。

森川代表:はい。実は健康経営優良法人の認定も、もともと当社の取り組みを発信する方法がないかと探していたときに、親会社の管理栄養士さんから教えていただいたものなんです。すぐに「よし、これなら広く、大勢の人に知ってもらえるぞ!」と取り組みを始め、お陰様で健康経営優良法人に2年連続で認定されています。

—健康経営優良法人の認定を取ろうとなったとき、社員のみなさんの反応はどうでしたか?

宮澤さん:森川から「認定とるぞ!」と言われたとき、正直、私たち社員はよくわかっていない部分がありまして、「やらないよりは、やったほうがいいかな」というレベルでした。ですが、特に最近、世の中の動きとしても、企業の健康経営に注目が集まっていますし、今回の認定では応募企業も約3倍になっています。「早めに取り組んでよかった!」と今頃になって代表の先見の明に気付かされました(笑)。

—人員の確保で苦労されることも少なくない業界だと思いますが、採用面でも良い影響があったのではないですか?

森川代表:ええ。入社後、新入社員に「どうしてウチを選んでくれたの?」と尋ねると、やはり健康面のサポートの充実を挙げてくれますね。「今まで働いていた会社では、こんなにしっかり健康や安全管理をしてもらったことがないので有り難いです」と言ってもらえるとやっていて良かったと思いますね。

宮澤さん:特に大きく変わったのは、離職者の数が大幅に減ったこと。手間やコストを惜しまず、社員の健康づくりや安全管理をおこなうことで満足度が高まっています。社員自身の満足度が高まると、知り合いの人をひっぱってきてくれたりもしますから、人材の確保がしっかりとできるようになっています。

—運転士さんを増やせると路線も増やせますし、事業拡大も可能になりますね。

森川代表:まさにその通りで、社員数が増えるごとに便数が増えています。設立当初は14便だったのが、今は26便。バスも最初は11台だったのが今は20台。売り上げもその度に増やすことができています。

もし人員不足が続くと、「どうやって今の便を維持しようか」と消極的な考えになってしまいます。今は運転手の確保ができていますから、「新しい路線の開拓をしよう」という意欲が湧いてきます。事業展開にも選択肢が出てきますし、経営をポジティブにおこなうことができますね。

5.健康経営で自社ブランドのイメージアップ

仮眠室入り口

—最先端のツールなども導入し、様々なことに取り組んでおられるので、健康づくりや安全管理についてはもう言うことがありませんね。

森川代表:いえいえ、まだまだ学ぶことがたくさんあります。特に他社さんの取り組みは参考になることが多い。たとえば、同じ運輸業の佐川急便さんのトライバーさんたちは、左折するとき、人がいようがいまいが必ず一時停止をします。安全運転の努力を怠らない姿勢はとても素晴らしいし、業界全体に良い影響を与えてくれています。

また、私たちはプロドライバーの労働生活向上に取り組む安全運行サポーター協議会の実証実験にも参加させてもらっていますが、そのことがFitbitを導入するきっかけにもなりました。

業界団体などの集まりに参加すると、大手企業をはじめ、他社さんの取り組みにも刺激を受けます。常にアンテナを張り巡らし、どん欲に新しいものを吸収しながら、健康経営を押し進めてきたいと思っています。

仮眠室(男性用5部屋,女性用2部屋)

—とても心強いです。特に力を入れていきたいことはありますか?

森川代表:大きなテーマの一つになるのは、やはり数値化やデータ分析。個人や会社の健康指数を数値化することで、取り組みの成果などを見える化していくこと。そして、データ収集・分析によって、より効果的な健康づくりや安全管理をおこなっていくこと。

それとともに、実際に取り組みをおこなっていく上で大事なのが、社内の空気や雰囲気づくり。それについては、ある程度、固められたかなと思っています。

更衣室

宮澤さん:確かに、もともと健康経営に対する意識の高い会社でしたが、特に森川が代表になってからは加速しています。最初の頃は「これをやってみよう」と言ったときも、社内の反応が鈍く、浸透していくのに時間がかかっていましたが、今では一つひとつの取り組みが成果をあげ、社員もメリットを実感してくれたことで、「次はこれをやってみよう」と言ったときも反応が良く、浸透するスピードも早くなっています。

森川代表:健康経営を推進できる土台は作れました。次の目標となるのは、世の中の人が当社のピンク色のバスが走っているのを見たとき、「あのバスは社員の健康管理に力を入れているから安心して乗ることができる」と思ってもらえ、「ピンク色のバス=安全」というブランドイメージを浸透させていくことです。

シャワー室

インタビュー後記

今回は、神奈川県川崎市に本社を置き、高速バス・夜行バスの運行をおこなっているベイラインエクスプレスさんに伺い、取材をさせていただきました。ウェアラブル端末を導入しての健康管理、眠気を感知するツールと人の両方での安全管理、自社のフィットネスルーム設置、仮眠室……。デジタル、アナログの両方からコスト、手間を惜しまない取り組みをなされていて、「ここまでやっているのか!」と驚かされることばかりでした。さらにAIの時代の到来など先を見据えられています。これらの取り組みが功を奏し、人手不足で悩まされるバス業界にあってしっかりと人員の確保ができ、事業も拡大。健康経営は、会社の経営全体に良い影響を与えることを証明してくれています。これからも、高速バス業界に限らず、中小企業のフロントランナーとして、日本の健康経営を牽引していってくれることでしょう。

<企業データ>

会社名:ベイラインエクスプレス株式会社
事業内容:高速バス・夜行バスの運行
所在地:神奈川県川崎市川崎区塩浜2-10-1
従業員数:71名

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