【シリーズ:ホワイト企業学生インタビュー】社員をとことん大切にする企業風土。(菊地光学精工株式会社)
匠の技を活かして精巧な光学部品を製造する菊地光学精工さん。特殊な生産工程の土台になっているのが、社員をとことん大切にする企業風土です。その企業風土は健康経営を実践するうえでも頼もしい武器となり、健康宣言からわずか半年でブライト500の認定取得に成功しました。今回は菊地社長と総務部経理課主幹の内田さんにお話を聞きました。なお、当取材はかちぞうゼミ(※)の一環として行われ、関西学院大学の松本ゼミ生がインタビュアーを務めています。
(※)産学連携かちぞうzemiは、一般社団法人そばくりラボ主催の「かちぞう企画」の一つで、産学連携で価値創造にチャレンジする実践的なPBL活動(PBL:Problem Based Learning)。より良い社会の構築を目指して価値創造するための実践的な調査研究活動に、学生がチーム単位で半年間かけて取り組む。
菊地敏則さん(代表取締役社長)
内田秀俊さん(総務部経理課 主幹)
インタビュアー:谷本彩葉(関西学院大学松本ゼミ 3年)
オブザーバー:熊倉利和(健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役 )
目次
1.一人ひとりの匠の技で精巧な光学部品をつくり上げる
――谷本:まず、菊地光学精工さんの経営理念と事業内容を教えてください。
菊地社長:はい。私の父である先代社長が社訓として掲げていたのが、
「仕事は自らの創造と信念によるものである」
この言葉でした。この社訓を今も引き継いでいます。
父の時代は、カメラレンズを中心に大量生産型の事業を行っていました。
私が会社を継いでからは、生産体制を多品種少量生産型に転換しています。
そのなかで新たに私が経営理念としているのは、
「個の力と協の心」
です。これを企業風土としても根づかせていきたいと取り組んでいます。
現在、私たちの会社では、医療機器や測定機器に使われるレンズやプリズム、フィルターなどの光学部品を、お客様のニーズにあわせてつくりあげています。
それらの製品は、ガラスの形を少しずつ精密に変えながら、完成形にします。
加工する工程数は12~16ほど。技術者の手から手へ受け渡しながら製品を完成させていくのです。
ですから、たとえば初工程の人、第2工程の人が完璧な仕事をしたとしても、その後の工程で潰してしまえば、もうそれは製品にならなくなります。
つまり、わが社に大切なのは、社員一人ひとりの「力量」と、社員みんなで1つの精巧な製品をつくっていくのだという「協同、協調の心」です。だからこそ、「個の力と協の心」が私たちの仕事には重要で、これを私自身の経営理念としているわけです。
――谷本:すごい! 匠の技をつないでいきながら、特別な光学部品をつくりあげるのですね。先代の大量生産から多品種少量生産に変えたきっかけは、何かあったのですか?
菊地社長:ありました。最大のきっかけは、カメラレンズが中国や東南アジアでどんどんつくられるようになったことです。
当時、わが社では、レンズをつくるだけでなく、一眼レフのレンズの組み立てもして、完成品で納品していました。
その事業はかなり大変なものでした。カメラの新機種が立ち上がる、旧機種が終了する、また新機種が立ち上がるとくり返されるたびに、当社では人手が足りなくなったり、余ったり、大変な日常を過ごさなければなりませんでした。
さらに追い討ちをかけるように、レンズの生産が海外にどんどん出ていくようになってしまったのです。それによって海外企業と競争も迫られることになりました。
当時、専務だった私は、会社も社員も疲弊させないために、営業の矛先をカメラから医療機器・測定機器に切り替えました。
ただ、これには非常に苦労しました。新規事業の立ち上げに当たり、取引先が1社もないところから始めたわけです。平成14年ごろまで、苦しい思いをしながら仕事をつないできました。
しかし、多品種少量生産に完全に切り替えることに成功したときから、業績が右肩上がりで順当に伸び始め、現在に至っています。
――谷本:大変な時期を過ごされ、「個の力と協の心」という社長の理念が生まれたのですね。この理念は、社員の方々にも共有されていますか?
菊地社長:もちろんです。わが社のホームページに掲載している私の挨拶文にも掲げています。
ただ、言葉だけになってもいけません。わが社は、男性社員が32名、女性社員が26名、男女比率が非常に接近している会社です。
社長である私自身も、「個の力と協の心」で男性の活躍も、女性の活躍も、会社としてどんどん後押ししていきたいと考えています。
2.社員全員が健康であってこそ会社は成り立つ
――谷本:健康経営を行われているのも、社員を応援するという考えがあってのことと思いますが、健康経営を始めたきっかけを教えてください。
菊地社長:同業の企業が健康経営の認定を受けた、という話を聞いたことです。
地元の商工会議所のメンバーも、健康経営に取り組んでいる企業が結構ありました。
私は以前から、若い社員ほど自分の健康にあまり関心を持っていないことを心配していました。若い頃は、健康のありがたさがわからないものですよね。
でも、今は元気でも、10年後、20年後の自分を誰が保証してくれるでしょうか。そう考えると、治療より予防に重点を置いて考えるべきだと思いました。
そうしたなかで、ショッキングな出来事が起こりました。
毎年、健康診断を会社でやってきたのに、ある社員にがんが発見されたのです。
そのとき、「健康診断を受けさせ、健康情報を提供するだけでは、社員の健康は守れない」ということを痛感しました。
そして、「社員に健康の価値を知らしめるためにも、企業として健康経営に挑戦していこう」と考えました。
これが、わが社が健康経営をスタートしたきっかけです。
――谷本:これまでのお話をお聞きするだけでも、社員の健康を何より大切に考えられていることがよくわかります。社員をとことん大切にする企業風土は、工程数の多い製品を一人ひとり個の力でつなぎ、協力して完成品をつくっていく、という御社の事業のあり方とも関係していますか?
菊地社長:その通りです。1人が1つのものをつくるわけではなく、社員みんなで1つの光学部品を生み出していきます。
ですから、全員が元気に仕事をできる状態でないと、私たちの仕事はつながっていかないのです。
――熊倉:匠の技術でたすきをつないでいく。本当に素敵です。それだけに、一人でも欠けてしまうと困ってしまうわけですね。
菊地社長:そうなのです。工程はみんな別の仕事であり、全工程を通らないと製品は完成しません。そういうこともありまして、2021年から健康経営に取り組み始めました。
健康宣言をしたのは、2021年7月。22年度のブライト500の認定をめざそうと始めて、めでたく認定を受けることができました。
ただ、年月の長さでいうと、健康経営の新米なんですよ。手探りでやってきたような感じです。
3.スピード感のある決定・実行こそ中小企業の強み
――谷本:2021年に健康経営を宣言されて、ブライト500に認定されるまでの半年間、何を意識されていましたか。
菊地社長:実のところ、私たちにとって大事なのは、ブライト500の認定を取ることではなく、社員の健康をどう向上させるか、でした。
認定取得に向けて動きましたが、健康経営の目的はあくまでも社員の健康維持にあったわけです。
ですので、取得のために何かを意識して実行する、ということはありませんでした。
内田:健康経営を宣言したのは、新型コロナウイルスの流行によって当社も大変なときでした。
デルタ株までは感染を防げていましたが、オミクロン株に置き換わってから、状況が一変しました。
家族が感染して社員が濃厚接触者になり、1週間休暇を取る社員も多くなりました。今まで経験したことのない事態に陥りました。
――熊倉:コロナ禍では、私たちの想像を超えることがさまざま起こりましたね。「個の力と協の心」で仕事を行う御社の業態では、数人が一度に長期で休むとなると大変だったことと思います。
内田:ええ。本当に、かつてない経験をしました。たとえば、お子さんが多い社員の場合、お子さんが一人ずつ順繰りに感染していき、3週間出社できない、ということもありました。
菊地社長:コロナ禍において、感染はしかたがないことですし、自分が感染したり、濃厚接触者になったりしたら、しっかりと休養をとって治療に専念してもらいたい。そうした大変な状況だからこそ、感染症以外の病気も予防できるよう、みんなで健康への意識を高めていったようにも思います。
――熊倉:そうですよね。新型コロナウイルスの流行によって、私たちは健康の重要性を再確認することになりました。
御社の健康意識の高さは、ホームホームページに表れているように感じます。健康経営年表や健康診断受診率の目標値などが掲載されていて、健康経営の「見える化」がすばらしいです。
健康経営宣言からわずか半年でブライト500に認定されたのは、健康経営を浸透させる体制に秘訣があったのではないですか。
菊地社長:私の他に、内田と他2名で連携して行っています。そこに加えて、健康経営推進メンバーを選びました。内2名は女性です。
女性だけのがん検診があるのは、なぜでしょうか。それほど罹患者が多いからです。
ただ、男である私たちが、女性従業員に乳がん、子宮頸がんの検診を勧めるのは、ためらわれるところがある。そこで、女性のがんについては、健康経営推進メンバーの女性2人に啓蒙してもらっています。
内田:健康診断の再検査のフォローもしています。
以前は、再検査の通知が来ると「再検査を受けるように」と軽く伝える程度でしたが、現在は、総務の担当者のところに一人ひとり呼び出して、「こういう結果が出ました。これはぜひ再検査を受けて、健康状態を確認してください」としっかりと伝えるようにしています。
そうすることで、再検査の受診率もずいぶん上がりました。
菊地社長:中小企業のよいところは、何かを始めようと決めたら、社長が即断即決して、中心になって動いていけるところです。
スピード感を持ってどんどん進めていけるのが中小企業の強みでしょうね。
――谷本:今のお話、本当に共感します。
大企業を想像したとき、たとえば健康経営の部署があったとしても、上の人たちに申請して許可が下りるまで、時間がかかると思います。その間に状況が変わってしまうこともあります。
菊地光学精工さんのスピード感、コミュニケーションの密さは、健康経営を成功させる武器なのだなぁ、と感じました。
菊地社長:そうなんですよ。私たちは人数が少ない会社ですから、健康経営以外にも、どんな活動を行うにしても、みんなで分担してやっていくことになります。みんなでがんばらないといけないんですよ。
それに対して、速やかな決断を下して、形をつくっていくのが、経営陣の仕事とも考えています。
ただ、ブライト500に関しては、実のところ、こんなに早く認定を受けられたことに、私たち自身も驚いているんですよ(笑)。
――谷本:ブライト500の認定を受けるのは難しいと聞きますが、健康宣言からわずか半年で認定されるとは、大変なスピードです。
では、健康経営を行うことで、業績アップにつながった、ということはありますか。
菊地社長:実はですね、健康経営を取り組む当初から、業績アップのためとか、人材確保のためとか、そうしたことは一切考えていないのです。まったく別サイドの話ととらえています。
健康経営の目的は、あくまでも社員の健康維持であり、それが社員の満足度や生きがい、幸福度につながっていけば、これはすごいことです。それだけのことが期待できるならば、会社として一生懸命に取り組む価値は高いといえるでしょう。
――熊倉:なるほど。ただ、御社の一人ひとりを大切にする社風と健康経営の相性は、非常に高いと考えます。健康経営が直接的に売り上げにかかわることはなくても、社員の健康や幸福度が向上して、意欲が高まっていくと、利益の向上もきっとあとからついてくるのだろうな、と感じました。
菊地社長:そうあってくれたらいいなと、思います(笑)
――谷本:本当にそうだと思います。
私も他の企業に健康経営についての取材をしたり、同期が取材をした話を聞いたりしてきましたが、会社ごとに健康経営のカラーが違うことを実感しています。
会社の一体感があるなかで健康経営に取り組まれている御社は、学生の私がいうのはおこがましいこととも思いますが、長期にわたって健康経営を成功されていくのだろうなと心から感じました。
菊地社長:それはうれしいですね。私たちもますます楽しみになってきました(笑)。
4.健康についてオープンに語れる環境づくり
――谷本:健康経営を進めるなかで、「これはよかった」と感じる取り組みは何ですか。
内田:まずは健康診断の受診率100パーセントを目指し、達成していることです。それとともに、先ほどもお話しましたが、再検査率も上がっています。
また、昼食に仕出し弁当の注文を取っていますが、ローカロリーの弁当を注文できるようにし、これも人気です。
これまでは清涼飲料水ばかりだった自動販売機に、トクホ飲料や青汁、野菜ジュース、乳酸菌飲料などの健康飲料を多く置き、特別に1本50円で販売しています。非常によく売れています。朝食を食べずに出社する社員も、健康飲料を好んで飲むようになっています。
さらに、運動の機会が減っていることもあり、卓球台を1台置きました。
すると、お昼休みにみんなでやるんですよね。健康増進だけでなく、コミュニケーションの場にもなっています。
――谷本:すごい! 休憩時間に卓球をしたり、トクホ飲料を格安で飲めたり。うらやましいです。卓球を選ばれたのには、何か理由がありますか。
菊地社長:「卓球台があったらいいのになぁ」という声をたまたま聞いたんですよ。卓球台なら室内に置けますから、「それはいい」とすぐに購入しました。
内田:高血圧の社員もいますから、測定器も置いています。
菊地社長:腕をスッと入れれば、すぐに血圧を測れるタイプの機械です。この血圧計を置いておくと、みんな健康が気になるから、進んで測るようになりますね。
それと、ぶら下がり健康器も設置しました。ひと仕事を終えたら、ぶら下がってもらって、身体をリフレッシュさせる。そんなことも始めました。
内田:今は、健康チェック表もつくっていて、朝だけでなく帰宅時にも記入してもらっています。そうすることで、体がしんどいことがあっても、オープンに相談できる環境づくりをしています。
大切なのは、健康のことをみんなで気軽に語れる環境です。
たとえば、家族に重い病気の人がいたり、親の介護をしたりする社員もいますが、会社で話せる環境が大切だと思っています。
5.残業ゼロ、社員が辞めない居心地のよい会社
――熊倉:かつて大量生産型の事業をされていたときには、海外勢とのコストの叩き合いで大変だったとのお話がありました。そこから現在の多品種少量生産型の事業に転換されたことで、社員の方々の働き方もずいぶん変わられたのでしょうね。
菊地社長:昨年は残業ゼロでした。製造業で残業ゼロはめずらしいと思います。
交代制もやっておらず、朝8時から夕方5時までの1直体制です。5時になったら「早く帰れ」とそんな感じです。
労働に費やす日中の時間帯は、人間にとって活動的ですばらしい時間帯です。
ただ、仕事ばかりの人生になってしまっては、気持ちが寂しくなります。
仕事以外の時間も充実させて欲しいので、残業は極力させません。
「働き方改革より生き方改革を」とうたい、従業員とともに実りのある生き方を考えています。
――熊倉:「働き方改革より生き方改革を」とは、すばらしいですね。
では、離職率はどうですか?
内田:昨年は1人だけでした。その社員は、家業の跡を継がなければならなくなったというのが理由です。
もう長いこと、社員の人数は変わっていません。
契約社員だった人たちには、全員社員になってもらいました。
だいぶ社内の風通しもよくなってきていると思います。
――谷本:私は今、就職活動中なのですが、御社は新卒の採用はされていますか。未来の人材に向けて、どんなことをアピールしたいと考えますか。
菊地社長:そうですね。未来の人材に向けてのアピールとは、それはなかなか難しい質問ですね。
わが社では、まずは契約社員で半年なり1年なり働いてもらい、そこから正社員になってもらうという採用のしかたを多くしてきました。
現在は、新卒採用にも目を向けて、大学のほうへ募集を出していこうかと進めているところです。ですが、若い人へどのようにアピールするとよいかは、なかなか難しいところです。
――谷本:社員をとことん思いやる御社の社風は、それだけで学生たちへの大きなアピールポイントと感じます。離職率が低いのは、社員さんに辞める理由がないからだと思います。
やりがいもあり、居心地のよく、健康にも気遣ってくれて、経営陣と従業員のコミュニケーションも密にとられている。私も就職活動をするなかで、御社のような会社を探していきたいと思いました。
菊地社長:それはうれしいですね。学生さんとはいえ、これだけの話を非常にうまくとらえて、自分のなかでまとめて言葉にされているのがすばらしいです。
――谷本:わぁ、うれしいです。御社の社員さんを思うお話がすばらしくて、感動したからだと思います。
――熊倉:本当にすばらしい会社だと感じます。今後は、どんなことに力を入れていきたいと考えていますか。
菊地社長:新規採用を考えている一方で、シニアアドバイザー制度をスタートさせたいと企画しています。
当社では60歳で定年してから再雇用している人が6人います。再雇用の場合は、定年を設定していません。
ですから、本人が健康で働く意欲があれば、いつまででも働いてくださいという体制を整えています。
その方々には、シニアアドバイザーとなって、匠の技である技術を若手にしっかり引き継いでもらいたいと考えています。
また、来年の1月にはシニアアドバイザー慰労会を企画していて、みんなで一泊旅行を楽しむ予定なんですよ。
【取材後記】
健康宣言からわずか半年でブライト500に認定された菊地光学精工さん。その理由は、「個の力と協の心」が活きる事業形態に、健康経営が非常に合致していたことにありました。多品種少量生産で光学部品をつくる菊地光学精工さんは、生産工程の1つ1つで匠の技が必要とされます。そんな一人ひとりが個の力をあわせて製品を完成させていく一級品は、社員の健康と幸福感が守られてこそ成立します。とことん社員を大切にする企業風土が健康経営を見事に成功させる土台になっていると強く感じました。
<企業データ>
会社名:菊地光学精工株式会社
事業内容:光学レンズ/プリズム/シリンドリカルレンズ/平面基板/レーザー基盤/光学ミラー/光学フィルターなどの精密研磨
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