【レポート】健康経営/ウェルビーング経営のあり方セミナー 時代は従業員満足から従業員幸福へ

2023年4月19日にオンラインで開催された『健康経営/ウェルビーング経営のあり方セミナー』。健康経営の育ての親である江崎禎英氏を始め、健康経営のトップランナー、健保組合、さらには学生も参加し、健康経営やウェルビーングの本質、未来に向けた活発な意見交換がなされました。

〔基調講演〕

江崎禎英(元経産省/社会政策課題研究所 所長)

〔パネルディスカッション〕

鍋嶋洋行(大橋運輸 代表取締役社長)

松藤展和(アップコン 代表取締役社長)

石川武(喜一工具 代表取締役社長)

江崎禎英(元経産省/社会政策課題研究所 所長)

〔座談会〕

井崎茂(愛鉄連健康保険組合 常任理事)

中村公彦(大京化学 代表取締役)

千葉響咲(青山学院大学 2年)

橋本龍八(日本大学 2年生)

〔司会進行〕

樋口功(アクサ生命保険 シニアビジネスディベロップメントエキスパート) 

熊倉利和(健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役)

1.江崎禎英氏 基調講演

まず経産省で健康経営優良法人認定制度の創設に携わるなど、健康経営の育ての親である江崎禎英氏による基調講演が行われました。テーマは『健康経営と働き方改革-Well-beingの実現を目指して-』。

「就活生に“将来、どのような企業に就職したいか”、その親に“どのような企業に就職させたいか”と尋ねたところ、“従業員の健康や働き方に配慮している”と答えた人が大変多くいました」と話す江崎氏。

経産省の調査によると“従業員の健康や働き方に配慮している”と答えた就活生は43.8%で2番目になっており、親に至っては49.6%を占め1番多いという結果に。就活生の回答で1番多かったのが“福利厚生が充実している”、3番目が“企業理念・使命に共感できる”。逆に就活生、親ともに最も少なかったのが“企業規模が大きい”“知名度が高い”といった回答でした。

「これは大変な驚きです。私が社会人になったバブルの時期は、“黄色と黒は勇気の印。24時間、戦えますか”という歌が流れる栄養ドリンクのCMがありました。この歌は“有給休暇に希望をのせて北京・モスクワ・パリ・ニューヨーク。年収アップに希望をのせて、カイロ・ロンドン・イスタンブール”と続きます。つまり、有給休暇と年収アップさえあれば頑張れた時代。『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のように耐えに耐えた後に栄光を掴むという価値観も色濃く残っていました」

そのため、「健康」と「経営」は対立概念にあったと言います。つまり、売上アップのためなら徹夜するのも当たり前で、その分、給料も上がり、豊かな生活もでき、それが従業員満足になっていたとのこと。江崎氏が経産省で健康経営の制度をスタートさせた時点でも、健康経営の本来の趣旨があまり理解されていなかったと言います。

「健康経営とは、従業員への投資であり、従業員の健康が増進すると生産性の向上や組織の活性化、優秀な人財の定着など業績や企業価値の向上に繋がっていくと説明して企業を回りましたが、全くと言っていいほど反応はありませんでした」

そういう状況の中、健康経営が広がるきっかけを作ったのは学生だと言います。

「第一回目の健康経営銘柄の認定企業を発表した途端、学生たちは“政府公認のホワイト企業だ”ととらえ、ネット上で大いに盛り上がりました。そうなると焦りを感じた同業他社から“どうやったら認定を受けられるのか”という問い合わせが殺到しました」

そして「なぜ上場企業、大企業だけなんだ」という声が上がり、中小企業にも認定制度が広がりを見せていったと言います。

「健康経営銘柄、健康経営優良法人認定などを受けますと、企業としてのステータスが上がります。上がるどころか良い人財も集まる。銀行も融資先として優良であると認め金利を下げ、自治体の仕事をもらえる企業も出てきます」

実際、健康経営優良法人や健康経営銘柄に認定された企業の株価は明らかに上がり、不況になっても業績が落ちない。つまりレジリアンス(耐久性)が高いといいます。

成熟社会になっている今、マネジメントのやり方も変えていく必要があると江崎氏は指摘します。

「経済成長期で目的が明確であったなら、恐怖による統治も有効でした。戦争の時などもこれに当てはまるでしょう。ただ、これだと司令官がダメなら全滅しますし、トップのスコープの範囲内でしか仕事ができない。何が起こるかわからない今のような時代においては、信頼による統治のほうが有効です」

経済拡張期であるなら、与えられた業務を懸命に果たす人財が求められましたが、多様性に満ちた成熟社会の今は、課題そのものを見つけ出し、答えを出せる人財が求められるとのこと。

健康経営も社員のコミュニケーションや信頼関係を構築するものであり、社長も入れて全員で議論する職場で、一体感ややり甲斐を醸成することが重要であると言います。企業理念と従業員のやりたいことが一致することが大きなポイントになるとのこと。そして、従業員満足度から従業員幸福度への時代になっていると言います。

「これまで仕事とは、生活の糧を得るための手段だったかもしれませんが、今は自分が幸せになるため、そして顧客、従業員、家族の幸せのためにするものに変わっています」

幸せな人はパフォーマンスや創造性が高く、求められた以上の働きをする傾向があると言います。また、幸せな人は欠勤が少なく、離職率が低い。そのため、社内はもちろん、顧客からの評価も高いと言います。

幸せなキャリアの実現のためには、従業員がやりたいことをやれる環境作り、働き甲斐のない仕事を減らす取り組みが必要であり、専門能力を活かせる職場となることが求められると江崎氏は指摘します。

「自分を磨き、ワクワクし、多様な仲間とともに、前向きに自分らしく自己実現している人が幸せな人。これがWell-Being。より良い生き方です。人生の中で多くの時間を使う仕事でもウェルビーイングを実現できた時、真の働き方改革になる。これが健康経営の次なるステップです」

2.パネルディスカッション(江崎氏×ホワイト企業)

熊倉:アップコンさんは毎年、従業員と障害のある方との触れ合いをされていますね。

松藤展和(アップコン):はい。当社ではウレタンを注入する際に特殊なノズルを使うのですが、そのノズルの清掃を障がい者施設の皆さんにお願いしています。その感謝を込め、クリスマスに私と従業員がサンタやトナカイの格好をし、プレゼントを持って施設を訪問します。すると私たちのことをまるでスターが来たかのように歓声を上げて迎えてくださる。それがクセになってしまい、「今年もあの歓迎を受けたい!」という下心で毎年訪問させていただいています(笑)。

熊倉:施設の方々は仕事をすることが生きがいとなり、アップコンの従業員の皆さんは施設の方々から働きがいをもらえる。そんな構図が垣間見られる大変感動的なお話です。大橋運輸さんも、自社の健康経営のノウハウを地域の方々のために活用されていますね。

鍋嶋洋行(大橋運輸):はい。健康教室やセミナーなどを開いており、ちょうど昨日も幼いお子さんに健康と安全を教えるイベントを行ったところです。また、瀬戸市ですとオオサンショウウオが生息しており、川の清掃などのお手伝いもしています。地域の課題は地域に根差した企業のほうが見えやすいですし、行政の目が届かない、手が回らないことにも継続して取り組めます。

そういう取り組みをしていると、従業員の健康や地域の方に貢献する仕事をしたいと働きがいを求めて、専門性を持った人が入社してくれるケースがとても増えています。今日も精神保健福祉士の人が入社しましたし、来月は社会福祉士でケアマネージャーの資格を持つ人の入社が予定されています。

松藤:当社でも健康経営が人財採用でとても役立っています。例えば、2018年に7名の大学生に内定を出しましたが、彼らは大手企業も含め、3社くらいから内定をもらっていました。入社後、「なぜアップコンに決めたの?」と尋ねたところ、7名中5名が「健康経営優良法人だから」と答えました。特に親は、アップコンが健康経営に取り組んでいる企業だと知ると「ここにしなさい」と言うのだそうです。

熊倉:労働力人口が減る中、人財採用は経営課題の上位になっていると鍋嶋さんも常々おっしゃっています。

鍋嶋:はい。それとともに、これからは長く働く時代になりますが、楽しくなければ長く続けることはできません。仕事を我慢してやる時代ではない。そのため、当社ではユーモア担当やスマイルマイスター、モチベーションスタッフなどを置いています。

熊倉:それはユニークなアイデアですね。石川さんは三共精機で健康経営に取り組み、ブライト500の認定を受けるなど大きな成果をあげられてきましたが、新しい会社に移られてからどうですか?

石川武(喜一工具):はい。去年の8月に喜一工具に入ったのですが、まずは無駄をなくすことから始めています。無駄な会議や資料作りは時間がもったいないだけでなく、やらされるほうのストレスにもなります。ですから、やりたいことを見つける前に、まず無駄なことをやめ、もっと自分自身を大切にしないといけないと思ってもらえる環境を整えるところから始めています。

江崎:あるIT関連のトップ企業の方が、ラジオ体操を始めても従業員が参加しない。もっと野菜を食べようと言っても食べないと悩み、「ラジオ体操の曲がダメなんじゃないか」「サラダのメニューを変えてはどうか」という話になっていました。そこで「そんなの関係ありません。人は周りの人間関係がいいと多少のことは乗り越えていけます。まずはお互いが気持ちよく働ける環境を整えてください」とアドバイスをさせていただきました。例えば「月曜日は怒っちゃだめデー」にするとか、朝は挨拶をしよう、お互いを褒め合おう、誕生日はお祝いしようといったことです。

これって小学校でやることじゃないかと思われるかもしれません。ですが、人が生きるために大事なことは大抵、小学校で習っているものです。もう一度そこに立ち帰れば、相手に気を配る余裕が出てきますし、仕事を楽しめるようにもなってきます。みんなが幸せに働けることが新しい時代のマネジメントであり、健康経営の目的です。

3.座談会(ホワイト企業×健保組合×学生)

樋口功(アクサ生命):大京化学さんには80代の方が現役で頑張っていらっしゃるとのことですね。

中村公彦(大京化学):はい。ある大手企業に勤めた後、60代後半で当社に来ました。現場の仕事を希望し、今も現役です。その人がいつも言っているのが、仕事ができる喜び。奥様と二人暮らしなのですが、家にいて気分が沈んでしまうことがあっても、仕事に来るとそれも晴れると言います。以前、社員旅行から帰ってきて、「こんなに楽しい旅行はなかった」と言うのを聞いた時は社長冥利に尽きると思いました。

樋口:大変いいお話ですね。自分のために健康でいることは意外と難しいものです。誰かのために、何かのためにという目的があるとその手段として健康づくりを進めやすい。今の例で言えば、奥様のためにも頑張ろう。慰安旅行がこんなに楽しかったと感謝を伝えることを忘れない。そして前向きな人生観を持っていること。これらが揃った瞬間、自然と健康になり、ウェルビーイングを実感できるのだと思います。

井崎茂(愛鉄連健康保険組合):そうですね。健康と聞くと体を鍛えるというイメージを持つ人もいるかもしれませんが、幸せということが大事になってくる。私自身、今、働ける環境にあり、人から必要とされることに喜びを感じていますし、お互いに感謝しながら働くことで健康にも繋がる。その点、大京化学さんはまさに理想の会社です。

樋口:学生のお二人は、様々な企業の経営者にお話を聞かれていますが、どんな会社に就職したいと思っていますか?

橋本(日本大学):社長が全社員の健康を心の底から祈ってくれ、その仕組みをつくってくれている会社で働きたいと感じています。そういった会社で働くことで自分の夢を叶え、次の世代の人を支えられる社会人になっていきたいと考えています。

千葉(青山学院大学):自分は働きがいや健康、人間関係よりも、とにかく稼ぎたいと考えていました。それが健康経営を進める企業の皆さんのお話を聞いているうち、まず自分の健康を大切にしないと仕事でも活躍することができないと考え方が変わりました。

中村:人生の先輩としてお話をさせていただくと、心の貯金を貯めることを心がけてほしい。それは、他の人のために何ができるか考える習慣をつけること。すると人が寄ってくるようになり、お金も自然に増えていきます。逆に自分だけが儲かればいいという人は、お金が去ると人も去ってしまいます。

井崎:人生では結婚、出産、子育てなど様々なことが起きますが、病気になるとそれらに影響が出てしまいます。ですから就活でも、健康経営に取り組んでいるかどうかが大きな判断材料になるのではないでしょうか。

中村:それと、まずご自分が興味のあることを探すことです。特に「やりたい」という気持ちは何にも負けない強みになる。その大前提が心身の健康です。

千葉:はい。周りの同じ世代を見ても、給与や人間関係、やりがいをポイントに就職先を選び、そのうちの2つがないと仕事を辞めているように見えます。健康経営は、そのうちの人間関係、やりがいを向上させることができる素晴らしいものであると、今日、学ぶことができました。

樋口:今日のテーマであるウェルビーイング、つまり、生きがい、働きがいは誰かがくれるものではなく、自分で見つけるもの。そのためには、仕事に対する誇りが欠かせませんし、前向きな人生観が必要ですね。皆様、本日はありがとうございました。

【取材後記】

江崎氏の基調講演 ホワイト企業のパネルディスカッション、学生も交えた座談会に共通するのは、仕事とは自分自身と周りの人を幸せにするために行うものであるということ。健康経営は、生産性や売上の向上、良い人財の獲得、金融機関や自治体からの評価が高まるといったことだけではなく、誰の人生にとっても一番大切である幸福を追求するために行うものであるという、大切な視点に気付かされるとても貴重なセミナーとなりました。

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