【IKIGAI企業インタビュー】「くりーむパン」から広がる、八天堂の「人づくり」と健康経営(株式会社八天堂 人事部長 前田 昌巳様)
まるでケーキのような口どけで大人気の「くりーむパン」。このスイーツパンを製造・販売している八天堂さんの基本理念の根幹にあるものは、なんと「パンづくり」ではなく、「人づくり」。「私たちは、食のイノベーションを通した人づくりの会社です」と語る八天堂さんにとって、健康経営は「人づくり」を実現するための重要な土台となっています。そんな八天堂さんのユニークな健康経営のあり方を探ります。
1.逆境から生まれた看板商品「くりーむパン」
―今日は、とろけるおいしさで大人気の「くりーむパン」でおなじみの八天堂さんにお話を伺えるとあって、ワクワクしています! まずは、八天堂さんについて教えていただけますか?
前田さん:ありがとうございます。八天堂は、広島県三原市に本社を構える会社で、創業から90年以上の歴史があります。もともとは地元の皆さまに親しまれる和菓子屋としてスタートしましたが、時代とともに変化し、今では冷やして食べる「くりーむパン」を軸に様々なスイーツパンの企画開発や製造を行っています。また「食」をキーワードに、体験型の食のテーマパークの運営や、カフェ展開、農業・福祉領域に関する事業にも広がっています。
―いつ頃から、「くりーむパン」を主力商品とする会社になったのですか?
前田さん:今から18年ほど前です。八天堂90年以上の歴史の中では、さまざまなことがありました。経営難に陥り、倒産の危機に直面したこともあります。その苦境のなか、三代目である現在の代表が、一品集中で主力商品として「くりーむパン」を開発し、再起をかけたのです。広島県三原市から東京へ、そして全国、さらには世界へと販路を拡大し、今では「八天堂といえばくりーむパン」といわれるほど、多くの方に親しまれるブランドへと成長しました。

―現在、いろいろなところで八天堂さんの商品を目にしますね。
前田さん:おかげさまで、駅ナカのお店やスーパーマーケット、百貨店、空港などで販売しているほか、催事販売も行っています。また、広島空港の前には「八天堂ビレッジ」という体験型施設があり、ワークショップやパンの製造販売、カフェを通じて、食の楽しさを体験していただいています。さらに、三原市内には「八天堂cafe」がオープンし、全国展開を目指しています。
地域とのつながりも大切にしていて、福祉と農業を結びつけて農福連携で地域産業の活性化や課題解決を目指す「八天堂ファーム」や、千葉県木更津市の社会福祉法人と連携した「八天堂きさらづ工場」など、地域の皆さんと共に歩む取り組みも進めています。
―なるほど。おいしい「くりーむパン」を届けるだけでなく、地域との結びつきも大切にしているのですね。それにしても、スーツパンでここまで幅広い事業展開ができる原動力はなんでしょうか。
前田さん:八天堂は、「食のイノベーションを通した人づくりの会社」です。商品や業態の開発でトップブランドになっていこうとの経営方針ですが、それはあくまでも経営の手段に過ぎません。私たちが本当に大切にしているのは「人づくり」です。八天堂の人としての基本理念は、「あなたと出会えてよかったと一人でも多くの人に言ってもらえる人となり、より良い未来へとバトンをつなげていく人になる」。人づくりに事業の根幹を置いている会社、それが八天堂なのです。
2.効率的な経営より「人づくり」を
―1つ気になったのですが、なぜスイーツパン専門店の八天堂さんが、「人づくり」を事業の根幹に据えているのですか? これだけおいしい「くりーむパン」があるのですから、マーケティングを駆使して、もっと効率的に商品を販売する方向に注力するという選択肢もあるのでは?
前田さん:実は、代表が焼き立てパン業態を行っていた時に店舗拡大で日本一を目指した時代がありました。しかし、時代の変化や人づくりが追い付かない中、次第に経営が厳しくなっていきました。その時に社長は「なんのために一生懸命にがんばっているのか」と「志」を自らに問い直したそうです。そして、「会社とは、人を大切にする組織でなければならない」と気づき、仕事を通じて人が成長していける会社にしようと決意しました。そのときに、「八天堂は社員のために お品はお客様のために 利益は未来のために」というクレド(企業の信条)が誕生し、一方で「くりーむパン」が開発されたのです。そこから今日にいたるまで、志は変わっていません。

―なるほど。経営危機という逆境から、会社の社会的価値を見出されたのですね。前田さんは、その当時から社長を支えてこられたのですか?
前田さん:いいえ。実は、前職を定年退職したことをきっかけに、3年前、八天堂に転職してきました。
―えっ? 驚きました。
前田さん:実は、前職はマツダ株式会社の社員で、もともとは技術者でした。そこから、技術者の人財育成にかかわるようになり、最後の10年間は人事を担当。定年退職後もマツダに残る道もあったのですが、マツダ時代に30年かけて学んできたことを外の世界で生かすことに憧れ、ご縁があった八天堂に就職を決めました。
―「車」から「くりーむパン」へ。まったくの異業種へ転職を決めた理由は何だったのですか?
前田さん:八天堂の「人づくり」の理念に共感したからです。前職では、マツダの枠を超えて、日本の技術を発展させていくための人財育成の取組みにもかかわっていました。その中で、「人生の輝きを提供する」という前職のコーポレートビジョンを基に、「感動を与えられる人になろう」と多くの社員に伝えてきていました。その経験が、八天堂の理念と深く結びついた気持ちがしました。
―八天堂さんのクレドが、前田さんの思いと重なったのですね。
前田さん:そうなのです。「八天堂は社員のために お品はお客様のために 利益は未来のために」という当社のクレドは、「三方よし」の考え方で成り立っています。「社員」「お客様」「未来」という三方です。当社の代表の思想の根幹には、渋沢栄一氏の「われも富み、人も富み、而(しか)して国家の進歩発達を助ける富にして、はじめて、真正の富と言い得るのである」という「道徳経済合一(どうとくけいざいごういつ)」があるのです。単に「くりーむパン」をつくって売るだけの会社ではなく、次世代の幸せまで考えて経営している情熱に共感しました。そうして、定年後の第二の人生をここでがんばろうと決意したのです。
さらに、転職を決めた背景には、八天堂がちょうど事業拡大をしているタイミングにあったこともあります。採用や労務という新たな挑戦に携われることも、大きな魅力でした。
3.PDCAサイクルで健康経営を「見える化」
―今の三方よしのお話を聞き、八天堂さんが健康経営に熱心に取り組まれている理由がよくわかりました。健康経営を始めるきっかけは何でしたか?
前田さん:代表は三原商工会議所の会頭をしていまして、そこでアクサ生命様と出会い、健康経営の概念を紹介されました。代表が大切にしている「人づくり」と健康経営の方向性が同じであると気づき、「やってみよう!」と会社に導入しました。社員の働きやすさと健康増進に取り組むことは、まさに「人づくり」の基盤になると考えたのです。
―なるほど。その情熱が、ブライト500を4年連続で取得するという成果につながっているのですね。4年連続でブライト500を取るとは、本当に素晴らしい!
前田さん:ありがとうございます。八天堂が健康経営宣言をしたのが2019年。2021年から毎年、ブライト500を認定いただいています。

―八天堂さんの健康経営の特徴は、どんなところにありますか。
前田さん:私たちは、PDCAサイクルを健康経営で機能させる取り組みを行っています。PDCAサイクルは、現状を分析し課題を明らかにした上で活動計画Plan(計画)に落とし込み実践を繰り返しながら( Do(実行)/ Check(確認))、改善( Act(改善))」を図る手法です。通常はビジネスで活用されるPDCAサイクルを健康経営にも導入し、1つ1つの施策を徹底しています。
また、健康経営の全体像がわかるよう構成した戦略マップを作成し、「何のためにこの施策を行うのか」ということを、関係する要素に紐づけてわかるようにしています。
―八天堂さんの健康経営の戦略マップを拝見しましたが、非常に詳細で、ここまで作成できる中小企業はなかなかありません。前田さんが、もともとが技術屋さんだったというお話を聞いて、実は納得していたところです。まるで設計図のような戦略マップで、健康経営を「見える化」されていますね。
前田さん:ありがとうございます。活動の多くは、元々社内で「人づくり」の活動として進めていたものです。目的から1つ1つ再定義し直していったら、あんなに細かな戦略マップになった、という感じです。健康経営は、「目的に対して、何を、どのように進めて、どんな効果があるのか」を見える形にすることが大切だと考えています。
また、当社では、社員のやる気や働きがいを高める「ワークエンゲージメント」に力を入れています。その指標として厚労書の白書にあったユトレヒト大学の教授が提唱した「ワークエンゲージメントの概念」を取り入れたサーベイを実施しています。
私たちは、これを「食のイノベーションを通した人づくりの会社」の視点から「活力」「熱意」「没頭」の3つの要素を独自に再定義し、社員がどれだけ主体的に(活力)、貢献意欲(熱意)を持って行動し、達成感や成長実感(没頭)を感じているかを測っていきます。
そして、当社独自の設問を作成し、社員を対象にアンケートを実施。このような形で、会社全体のエンゲージメント向上に取り組んでいます。社員一人ひとりが「やりがい」を感じながら働くことで、心も体も健康になれる職場づくりを目指しています。
4.若手中心の会社。健康意識の向上が課題に
―健康経営を進めるうえで、課題はありますか?
前田さん:当社は創業90年以上で「高齢化しているのでは?」と思われがちです。しかし、事業拡大にともなって、新卒採用を本格化したのは15年ほど前。そのため、40代以上の社員がとても少なく、平均年齢が33~34歳と若い会社です。そのぶん、健康に対する意識がまだ低いのが大きな課題でした。実際、定期健康診断の受診率は7~8割とどまっていました。社員全員が主体的に健康管理に取り組んでいく環境づくりが大きな課題でした。

―定期健康診断の受診率を上げるために、どんなことを行いましたか?
前田さん:昨年から検診車に来てもらって、会社で勤務時間内に定期検診を受けられるようにしました。これにより、「時間がなくて」「忘れてしまった」などの理由で受診をさけていた社員も、100%受診するようになりました。ところが、想定外のミスをしてしまったのです。協会けんぽから「特定保健指導の受診率が0%です」と指摘されました。検診車のサービスに特定保健指導の面談が含まれていないことに気づかず、そのままにしてしまったのです。これには驚きました。そこで、今年は検診車に特定保健指導も加えてもらえる予定です。
また、全社員に健康に対してもっと自分事として考えてもらうために、昨年は薬剤師さんを招いで健康セミナーを開催しました。
―ブライト500の取得には、外部からの取材対応も評価項目の1つに入ってきます。代表は、取材にとても積極的ですね。
前田さん:そうなのです。昨年度は、年間で50件ほど取材や講演がありました。
―それはすごい! 取材件数が多いところでも、4~5件ですが、50件とは桁が違いますね。
前田さん:代表は、とにかく多くの人に八天堂を知ってもらい、未来にバトンを繋いでいくために関わる人を増やしていきたいと考えています。私自身も同様に考えており、その結果多くの取材や講演をさせていただくことになっています。その中では必ず健康経営の考え方や取り組みを話させていただいております。
最近は、代表の講演を聞いて、「この会社で働きたい」と採用選考にエントリーしてくれた人もいました。
5.健康経営を事業の力に
―八天堂さんは現在、従業員さんは何人いるのですか。
前田さん:パート社員の方を含め約240人です。私が入社した3年前で200人ほどでした。事業拡大にともなって従業員数も増えているところです。
―離職率はどうですか?
前田さん:実はこの点も悩みの1つです。離職率がだいたい3割ほどあります。若い人が多い会社で、「責任が自分に集まるのは厳しい」と新人の人がプレッシャーを感じて辞めてしまうケースもありました。とても申し訳ないことです。この点も、ワークエンゲージメントを通して改善していかなければならない課題です。

―最後に、今後の目標を教えていただけますか?
前田さん:八天堂は、常に高い基準と理想を掲げ、挑戦し続けています。そのことを社員スタッフ一人ひとりに誇りとしてもらいたい。「私たちはがんばっているよな」と、自らの成長を実感し、自己肯定感を高めていける会社にしたいのです。そのためにも、健康経営を通じて、ワークエンゲージメントをさらに充実させ、皆が思い切った挑戦をしていける環境を整えていきます。
これからも「人づくりの会社」として、全社一丸となって未来への挑戦を続けていきたいですね。
【取材後記】

八天堂さんの健康経営は、まさしく「見える化」と「実行力」の両輪で進められています。戦略マップを活用したPDCAサイクルによる継続的な改善や、ワーク・エンゲージメントサーベイを通じた社員の働きがいの向上など、理想を掲げるだけでなく、実際の行動に落とし込む姿勢が印象的でした。健康経営は、社員一人ひとりのやる気や挑戦する気持ちを引き出し、企業の未来を形づくる大きな力になる。
八天堂さんの取り組みは、「社員の成長が会社の成長につながる」という大切な基本を改めて教えてくれました。
会社名:株式会社八天堂(はってんどう)
事業内容:スイーツパンの製造、企画、販売
所在地:〒723-0051 広島県三原市宮浦3丁目31-7
資本金:1,000万円
社員数:241名