【大橋運輸】ES経営と魅力的なビジネスモデルで人財を育て、地域に貢献していく
日本の健康経営において著名な存在である鍋嶋洋行氏(大橋運輸 代表取締役社長)。この『健康経営の広場』にも度々ご登場願っていますが、今回はビジネスモデルの変遷と人財にテーマを絞りながら採用担当の岡田さんを交え、じっくりとお話を伺いました。(インタビュアー:健康経営の広場/IKIGAI WORKS代表 熊倉 利和)
目次
1.優秀な人財を採用するためにビジネスモデルを転換
――改めて御社の健康経営やES(従業員満足)経営について教えていただけますか?
鍋嶋社長:はい。取り組みを始めたのは今から14年ほど前からです。きっかけは、人財の確保。私たちのいる運輸業は、慢性的な人手不足に悩まされており、どうやって人財を確保していくかが業界全体の課題となってきました。
それも少子高齢化で日本の労働人口が減っていきますし、運輸業も付加価値の高いサービスを提供できなければ、やがて立ち行かなくなります。ですから、単に頭数を確保すればいいというわけではなく、優秀な人に来てもらう必要がありました。
そのためには、ESはどうしても欠かせません。そのESの一つとして、取り組みを始めたのが健康経営でした。そして、ビジネスモデルを転換する必要もありました。優秀な人は会社選びでビジネスモデルを重視します。時代遅れのビジネスモデルのままでは人財が採れませんから、事業の転換も同時に進めていきました。
――なるほど。人財確保とビジネスモデルの変革を両輪で進められたということですね。具体的にはどのようにビジネスモデルを変えていったのですか?
鍋嶋社長:それまでは下請け業務が中心でした。下請けから元請けにどうやって転換できるかと考えたとき、「大手企業が参入しない領域であること」「輸送に特別な技術が必要となるものであること」を意識してお客様の開拓にあたりました。その中で、私たちがいる愛知県は自動車関連の企業が多く、運搬に技術が必要な事業として自動車部品輸送を増やしていくことにしました。
――ビジネスモデルを転換するとなると、社員教育も必要となりますね。
鍋嶋社長:そうですね。お客様の立場からすれば、運転技術もそうですが、きちんと挨拶ができ、マナーや対応の良い人のほうに仕事を頼みたくなるものです。それと安全確認。今は輪止め(長時間停車する際に 車両が勝手に動き出さないようにタイヤと地面の間に器具を噛ませること)や指差呼称を社内で徹底していきました。
2. B to C事業と地域貢献活動のシナジーで人財育成
――運輸業は安心・安全を大前提としたサービス業であると再定義し、ビジネスモデルを変えていったのですね。
鍋嶋社長:はい。そしてB to Bだけでなく、一般の方に向けた引越しサービスをはじめとしたB to C事業も始めました。B to Cに関しても大手さんとの価格競争になるのは避けたかった。瀬戸市は愛知県の中でも高齢者率が高く、単身高齢者の粗大ゴミの収集や部屋のお片付けなどのニーズがあることがわかってきましたので生前・遺品整理といったサービスに力を入れていきました。
――素晴らしい着目点ですね。地域のニーズと言えば、大橋運輸さんは小学校での交通安全教室やオオサンショウウオ生息地の河川清掃など地域貢献活動にも尽力されていますが、始めたきっかけは?
鍋嶋社長:はい。運輸業はとても真面目に仕事に取り組んでいる人ももちろん多いのですが、世間的には、運転手さんの態度が横着であったり、柄が悪いといったイメージを持たれてしまうことも少なくありません。そういった運輸業のイメージを変えたいという想いは強く持っていました。
それと、運輸業ですと自社商品があるわけではありません。どんな会社なのか、どういう人たちが働いているのかといったことは、サービスを受ける当日までわからない。地域活動を通じて会社の考え方や社員のことを知ってもらえますし、私たちも地域の人たちが求めていること、課題を知ることができます。市役所や消防署、警察署との関係性も深まっていき、今では毎月のように地域貢献活動をさせていただいています。
地域の方々に喜んでいただくことで社員のモチベーションが上がりますし、様々な資格を取得しようとする意欲的な社員も増えています。社員のスキルが高まれば、さらに地域のお客様に貢献できることも増えてきます。
3.お客様とビジョンを共有し、付加価値の高い仕事をする
――健康経営、ES経営に加え、ダイバーシティ経営も御社の大きな特徴の一つですね。
鍋嶋社長:はい。私たちは女性、障がい者、外国人、LGBTQなど多様な個性を持った人たちと働いています。ダイバーシティを進めてこられたのも、社内だけでなく、様々な特性を持った従業員を受け入れ、働きやすいように配慮してくださるお客様がいるこそです。
――自社だけでなく、お客様との関係性が重要になっているのですね。
鍋嶋社長:そうですね。私たちの事業は、人がサービスを提供しますので、価格を下げるとそれが直接、働く人の待遇、環境の劣化に繋がってしまいます。お客様に対し付加価値の高いサービスを提供することはもちろんですが、お客様自身が付加価値の高い事業をされていなければコストダウンを余儀なくされ、負の連鎖が起きてしまいます。
一方、付加価値の高い事業をされているお客様は必要なものに必要なコストを支払うことができる。私たちはお客様から選ばれないといけませんが、僭越ながら私たちもお客様を選ぶということが必要です。お客様とビジョンを共有しながら、一緒に成長していくことが大切です。
それと、下請けから元請けの比率を高め、付加価値の高い仕事に移行していく過程で売上が大幅に下がる期間がありました。その時、大事だったのが金融機関との信頼関係。付加価値の低い仕事から高い仕事にシフトさせていくことを金融機関さんにご賛同いただけ、力強くサポートしてもらえたことも大きかったですね。
4.人への投資は先が読めないが腹を括ってESを徹底
――付加価値の高いサービスを提供するために人財が必要。そのために健康経営、ES(従業員満足)経営に取り組んできたということですが、振り返ってみてどうですか?
鍋嶋社長:そうですね。ESなどは社員からはなかなか言いづらい面もあるでしょうから、まず経営者側から提案・実行し、社員の評価が高いものは継続し、評価が低いものは改善していくという方法をとってきました。
難しかったのは、先が読めないこと。例えば設備投資ですと、投資したことでどんなリターンがあるかが読める。一方、ESへの投資は、これだけの金額を使えばこういう効果が必ず出るとは言い切れません。ですが、付加価値は人が提供するのだから、ESあってのCSだと考え、腹を括ってESを徹底していきました。
――社員の皆さんの反応はどうでしたか?
鍋嶋社長:最初の頃は、さまざまな福利厚生を行なっても反応は思わしくありませんでした。例えば、1年間無事故だったら、自分で選べる形式のギフトを送っていましたが、「ギフトではなく、お金でもらえませんか」という声も聞かれました。
ギフトにしたのは、社員の中には、もらったお金をパチンコに使い、30分でなくしてしまう人もいたから。社員が無事故で仕事ができたのもご家族の協力があってのこと。ご家族の皆さんで楽しみながら好きなものを選んでほしいという想いがありましたし、季節の野菜や果物といった体に良い食材、食品などを渡したいと続けてきました。すると最初は「こんなものをもらっても」という社員の反応も少しずつ変わっていきました。
――なるほど。そうやって健康経営やES経営を時間をかけて社内に浸透させていったのですね。採用面でも良い影響が出ているのではないですか?
鍋嶋社長:おっしゃる通りで、当社が健康経営、ES経営を実践している企業であるということで応募してくれる人が多いですね。特に既婚者の方が多いかな。
岡田さん:そうですね。奥さんなどがご本人に「良さそうな会社があるよ」と進めてくれるケースも多いですね。それと、当社はダイバーシティを進めていますので、様々なタイプの人が働きやすい環境があることも応募者の方が増えている要因かもしれません。
――求人広告などでも御社のそういった取り組みを打ち出していますか?
岡田さん:はい。他社さんは年収や休日数などが謳われている中で、当社は「健康で長く働きたい人に来てほしい」「多様性を大切にしています」といったことを打ち出すことで差別化ができていると思います。
5.運輸を若い人たちが憧れる仕事にする
――経営や事業についてどんなビジョンをお持ちですか?
鍋嶋社長: 運輸業に対しては、依然として「勉強があまり好きでなかった人が体を使ってする仕事」というイメージを持たれることが多い。ですが、私たちの仕事は、体力だけでなく、個のスキルが高くないとお客様に良いサービスを提供できません。
例えば、生前・遺品整理は人生の先輩に対して提供するものですので、表面的なサービスではなく、お客様に寄り添い、本当に考えに考え抜いたものでないとご満足いただけません。ですから、運輸業、サービス業であるとともに、そのようなサービスを提供できる人を育てる人財教育の会社であるべきだと考えています。
採用においても、今は運輸と聞いただけで新卒の大学生の就職先から消えてしまいます。それを、「運輸だからこそ地域課題に挑戦できるんだ」「自分を成長させることができるんだ」とどの業界よりも運輸業で働きたいと思ってもらえるようにしていきたい。
――自社のみならず、地域や業界全体のことを考えながら挑戦を続けていることに頭が下がります。
鍋嶋社長:これまで大橋運輸は様々なことに取り組んできましたが、何に挑戦しているのだろうかと改めて考えてみたところ、社会の無関心に対してではないかと思い当たりました。
地域活動にしても、地域の課題に誰かが取り組まないといけないが、誰かがやるだろう。ダイバーシティにしても、労働人口が減る中、多様な視点を活かしながら付加価値の高い仕事をしていく必要があるのに以前と同じ組織運営、人財活用をしている。そんな状況を打破したくて社会の変化や地域の課題に挑んでいたのだと思います。
これからも新しいことに挑戦するためには人財が何よりも大切。愛知県の近隣だけでなく、広く募っていきたい。違った価値観、情報や知識を持っている人が集まってきてくれるほうが仕事も楽しいですし、人生そのものも楽しくなるのではないでしょうか。
【取材後記】
「健康経営やESに力を入れ、付加価値の高い仕事をすることで、人財も集まりやすくなるし、地域にも貢献できる」とそれまでの運輸業界の常識を打ち破る取り組みに挑んできた鍋嶋社長。独自の視点でビジネスモデルの転換や人財活用を行う手腕や創造性に驚かされますし、リスクを恐れず可能性に賭ける経営者としての勇気にも感心させられます。そして、その根底には「働く人が仕事だけでなく、人生そのものを楽しく、豊なものにしてほしい」という熱い想いがあることが伝わってくるインタビューとなりました。
<企業データ>
■大橋運輸株式会社
事業内容:自動車部品輸送、引越、生前・遺品整理など
所在地:愛知県瀬戸市西松山町2-260
従業員数:約100名