データヘルスの取組み事例:人材派遣健康保険組合(前編)

データヘルスの取組み事例:人材派遣健康保険組合(前編)

短期・断続就労による派遣社員の生活において、生活習慣病の予防など、元気に働ける身体作りをサポートしている人材派遣健康保険組合。今回は、常務理事の伊藤 康子さん、業務部長の佐藤 貴弘さん、業務部保健事業課係長の野村 恒さんにお話を伺いました。インタビュアー:株式会社セルメスタ 代表 熊倉 利和


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1. 人材派遣健康保険組合について

─ 御組合の概要について教えていただけますか。

佐藤 貴弘さん(以下、佐藤さん):私共の健康保険組合は、加入していただいている事業所が人材派遣会社であり、人材派遣会社の社員の方もいらっしゃいますが、全体の1割程度。残りの9割は、派遣先の企業で働いている派遣社員の方です。

─ 規模感としてはどのくらいなのでしょうか。

佐藤さん:加入していただいている事業所は全国に点在しており320ほど。被保険者数は、およそ1,400ある健康保険組合の上位2、3番目くらいの数で、42万人ほどです。ただ当組合の場合は、被保険者の資格取得や喪失が頻繁にあり、年間に20万人くらい入れ替わるという特徴があります。人材派遣という形態なので、被保険者の平均在籍期間は約2年半と他の健康保険組合と比較してかなり短めです。

─ 被保険者が派遣社員という点で、他の健保さんとは違った課題もあるのでしょうか。

佐藤さん:健保には、単一型と総合型があります。単一型は自社が作っている健保なので、人事を通したデータヘルスやコラボヘルスなどが出来ると思います。一方で、我々のような総合型の健保は、様々な事業所に加入していただいているため、なかなかうまくいかない部分もあります。例えば、データヘルス計画書に「就業先の職場環境の整備」といった項目がありますが、同業他社が複数存在する総合健保で、特に当組合の場合には、就業先が派遣先企業であり、その派遣先企業が多岐に亘っているため難しい。さらに、先ほど申し上げたとおり在籍期間も短いため、データヘルス・コラボヘルスの面でも、42万人全員にアプローチをかけるのは困難です。そもそもデータヘルスは、今後発症しうる疾病を抑制していくものと認識しておりますので、人材派遣という形態の中でも、ある程度長い在籍が見込める方にターゲットを絞っています。

2. データヘルスの取り組みについて

─ データヘルスの対象として、具体的に被保険者をどのように絞っているのでしょうか。

佐藤さん:2年以上在籍している方を対象にしています。データ分析によって、2年以上在籍している派遣社員の方は、その後も長く在籍しているという分析結果によるものです。

─ なるほど。では、第1期データヘルス計画の御組合の取り組みについてはいかがでしょうか。

佐藤さん:第1期データヘルス計画書は、平成27年度から29年度までの3カ年計画として、全健保組合に義務付けられたものでした。当組合では、データヘルス計画という言葉が出てくる以前から、医療費抑制対策として実施していた施策が、それに先駆ける形となりました。幸いなことに、当組合の施策が、先行組合のデータヘルス事例集に取り上げられ、モデル的データヘルス計画策定組合にも選定いただきました。
第2期データヘルス計画においても、今年(2017年)1月に、ポータルサイトを活用した保健事業の評価・見直し事業に選定いただき、実際にポータルサイトを使用して使い勝手などをフィードバックするという作業も行いました。

3. 情報提供通知のアプローチとその効果について

─ 御組合がデータヘルスの取り組みをしている派遣社員に対して、具体的に何を行っているか教えてください。

佐藤さん:42万人の加入者のうち、健康診断を受けていただいた方の中から、生活習慣病に大きく関わる「血圧」「血糖」「脂質」についてリスクがあり、かつ2年以上在籍している方 にアプローチをしています。この条件に該当する加入者は年間2万人を超える人数になり、この方々に対して「情報提供通知(健診結果付き)」をお送りしています。重症疾患の発症に関して、ちょっと生活習慣に気を付けていかないと危ないなといった方から、緊急を要する方までいますので、リスクレベルに基づいて全6パターンの情報提供通知を作成しています。

もっとも高いリスクレベル向けの通知

─ リスクレベル分けは独自基準でなさっているのですか。

佐藤さん:委託先の医師のコンサルを受け、血圧がいくつ以上だと何レベル、といったように細かく分けています。実際、当組合の場合、高緊急度レベルの方は、健康診断を受けてから3年のうちに脳梗塞や心筋梗塞などの入院を伴う重症疾患を発症してしまう割合は、14人に1人。発症してしまうとご本人も大変ですが、我々健保組合も大変です。およそ300〜400万円の医療費がかかりますので、未然に防ぐためにも通院を開始してください、というものが情報提供通知の一環です。

─ 14人に1人の事例として考えると、医療費の健保負担は大きくなってしまいますからね。

佐藤さん:費用負担の観点で言えば、医療費が高額になってもご本人には高額療養費制度があり、一定の負担で留まります。一方、健保負担は高額になり、入院医療費はもとより、退院後の通院、調剤費、傷病手当金など様々な負担が発生します。実例として、情報提供通知の取り組み効果として、「重症疾患を発症して入院した方」と「情報提供通知でアプローチして通院を開始した方」の負担額を比較したところ、自己負担額で6倍以上、保険者負担額で38倍以上もの差となることも確認しています。

人材派遣健康保険組合資料より

─ 発症して入院した方と早めに通院を開始した方の差が明白ですね。リスクのある方に情報提供通知でアプローチをすることで、これだけ医療費が抑制できるということがよく分かります。

佐藤さん:中には、医療機関への受診勧奨をすると、「病院にかかるから、逆に医療費がかかってしまう」とおっしゃる方もいます。しかしこの事例を見ていただくと、重症疾患を発症した場合の額に比べて、早期に通院を開始していただいたほうが、結果的に医療費を抑制できるといえます。さらに、データヘルス介入前後で比較すると、健康診断を受けてから重病疾患(入院)を発症するまでの期間・発生率が大きく下がっています。3年間で新規発症223人抑制、入院医療費で5.1億円もの医療費抑制効果があったと分析しています。

人材派遣健康保険組合資料より

─ 派遣社員であっても、在籍年数やリスクレベルで対象をうまく絞ってアプローチすることで、5.1億円も削減できるということですね。

佐藤さん:在籍期間で絞らなければ、リスクがある方の数はもっとたくさんいることになります。因みにこの5.1億円は入院費のみですので、傷病手当金などを入れたら、さらに数字は上がっていますね。

─ 対象をぐっと絞ってもこれだけ削減できるのはすごいですね。

伊藤 康子さん(以下、伊藤さん):派遣就業者の平均在籍期間は2年半ほど。以前は、エンドレスに契約を更新できる職種もありましたが、派遣法の改定により、いまでは3年ごとに就業先を変えなければなりません。私たちが伝えたいのは、健康でさえいればいろいろな仕事に就くチャンスがある、だから定期的に健康診断を受けて日頃から働ける身体を作っておきましょう、ということ。もちろん何かあったときには傷病手当金などが出ますが、一度そういうことがあると、派遣先の企業は契約の更新をためらうことも多いと思います。やはり、休みがちな人よりも健康でしっかり働いてくれる人と契約したいと思いますから。ですから私たちは「健康と雇用を守る」をキャッチフレーズに掲げ、取り組みを実践しています。

─ 特にリスクレベルで高緊急度の方は、契約更新にダイレクトに関わってきますね。

伊藤さん:数回通院する程度でしたら問題はないかもしれませんが、つい無理をして、重症疾患を発症し入院ということになると、そこで契約終了になってしまうこともありますからね。そのリスクを理解していただくのがなかなか難しいです。もちろん、退院して復職を待っていてくださる企業もいらっしゃるとは思いますが、そう甘くはない。派遣社員は、自分の好きな企業を選んで働けるメリットもあれば、入院などで契約終了になってしまうリスクもあります。たとえ6カ月の契約期間でも、その間しっかり勤め上げられる体力・健康がないといけませんよね。

─ ちなみに派遣会社Aに登録して働いていた方が、のちに派遣会社Bに登録して働き始めた場合、AとBが御組合に所属していても、一度資格喪失した方が再度加入するということになるんですよね?

伊藤さん:そうです。ですので、なおさら健康でいてくださらないと再加入いただけない。派遣という業態を考えるといろいろ難しい部分も多いのですが、国の取り組みにあわせて試行錯誤し、いまのデータヘルス介入に至っています。

─ リスクレベルが高緊急度の方には、情報提供通知以外で積極的に介入を行うんでしょうか?

佐藤さん:委託先に保健師の方がいらして、電話で介入を行っています。派遣社員は、派遣契約に基づいて、派遣先企業で働いていますので、平日の日中にかけても、なかなか離席が難しく出られない。そのため、平日の夜か土曜日に電話をしてもらっています。

─ 何人くらいに電話をしているのでしょうか。

野村 恒さん(以下、野村さん):年間6,000人ほどです。毎月、健診機関から送付されてくる健康診断の結果データを受領してすぐに処理し、保健指導をしていますので、情報提供通知を毎月送り、その都度電話をしています。

─ いいですね。健康診断を受診した後、忘れた頃に電話がかかってきても、保健指導の効果は薄れてしまいます。

野村さん:リスクレベルによっては、健康診断を受けてすぐに病院へ行かないと、手遅れになってしまうこともあります。通知が遅すぎると、ご本人も覚えていないかもしれませんし。

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後編では、ご加入いただいている事業所へのアプローチについてお話しいただきます。

<企業データ>

名称:人材派遣健康保険組合
所在地:〒112-0013 東京都文京区音羽2-10-2 音羽NSビル
加入事業所数:319事業所
被保険者数:418,961人
被扶養者数:67,439人

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