【IKIGAI企業インタビュー】働きながら心身を整えられるオフィスを開発。自社の健康経営を起点に新規事業を生み出す(株式会社オカモトヤ)
文具店として創業し、110年を超える歴史を持つオカモトヤさん。本社に健康をテーマにしたライブオフィスを作り、オフィス空間を提案する事業を展開しています。4代目の鈴木社長と社員のみなさんに、健康経営を事業につなげる戦略などを伺いました。(インタビュアー:健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役 熊倉 利和
〔株式会社オカモトヤ〕
鈴木 美樹子さん(代表取締役社長)
小笠原 正寿さん(営業本部 アカウントセールス一部部門長)
野上 柚香さん(マネージメント本部 管理部総務G)
目次
1.すべては従業員の健康あってこそ
――まず、オカモトヤさんについて教えてください。
鈴木社長:当社は1912年の創業当時から、文房具・印刷物を扱ってきました。現在は事務用品、OA機器、オフィス家具等に加え、オフィス空間・仕組みをトータルでサポートし、オフィスそのものを構築するお手伝いをしています。
――110年以上の歴史があるのですね!オカモトヤさんが健康経営に取り組もうと思ったのはなぜですか?
鈴木社長:当社は商社ですから、物作りをしているわけではありません。商社の仕事は、従業員がお客さまにさまざまな提案をすることによって、はじめて成立します。ですから私たちにとって人財は何よりも重要なのです。
当社では健康経営以前にも、働き方改革を積極的に行ってきたので、以前より働きやすい環境は整ってきたと思います。しかし安定して働きつづけるためには、働きやすさだけではなく、まず従業員が健康であることが大切です。そこで健康経営にチャレンジすることにしました。
――鈴木社長は以前から、従業員の健康管理に関心が高かったのですか?
鈴木社長:いいえ、そうではありませんでした。私は以前「健康管理は自分で行うことであって、会社が関わる必要はない」と考えていました。病気の時に速やかに病院に行ったり、体調の変化に気を配って病気の予防をすることは、個々に行うべきではないかと思っていたのです。
でも最近は心の病を抱える人も多くなり、そういうケースでは特に、家族に勧められてもなかなか病院に行かないこともあります。それならば会社として心身の健康管理の仕組みや休暇等を設定し、従業員の健康を守っていく方が良いと考えるようになりました。それが従業員本人や家族のためになるし、会社にとってもリスクを避けることにつながるからです。
私自身も出産してから腰痛や生理痛が酷く、そこからさらに過呼吸になったこともあります。その時はしっかり寝て、ご飯を食べて、運動を続けるように心がけたことで、ようやく過呼吸はおさまり、腰痛も良くなりました。こうした自身の経験を通し、身体が健康であれば、思考回路も健やかになってポジティブになれることを体感し、従業員の健康は会社として大きなメリットであると改めて感じました。
2.「健康で楽しく働く」新しいオフィスの提案
――その思いは会社経営にも反映されていますか?
鈴木社長:はい。このたび本社を移転しましたが、新しいオフィスは「誰もが健康で楽しく働ける場所」をテーマにしています。
当社は100年以上に渡ってオフィスで働く人を支え、いつの時代もその時代の「働く」ということを提案してきました。いまは多くの会社が働き方改革に取り組んでいますし、コロナ禍を経てさらに社員の健康や仕事をする環境の大切さについて皆さんが考えていると思います。
この新オフィス「palette パレット」は、心身ともに健康に働ける様々な仕組みを兼ね備えたライブオフィスです。“ライブ”つまり“生”で、実際に従業員が働く姿をお客さまに見ていただきながら、様々な提案をしていくショールームとしての機能も兼ね備えています。
――新オフィスには、具体的にどのような仕組みが作られているのですか?
小笠原部門長:このオフィスの大きな特徴の一つが、セルフメンテナンスルーム。つまり自分自身をメンテナンスするスペースです。
仕事をしていると誰しも、落ち込んだり、イライラしたり、泣きたくなることがあるのではないでしょうか。従業員に話を聞くと、そういう時はトイレの個室で気持ちを落ち着けていることがわかりました。
パレットではオフィス内にセルフメンテナンスのスペースを設けることによって、一時的に仕事を離れてリラックスしたり、気持ちを切り替えたり、リフレッシュできる仕組みを作りました。従業員は1日2回、合わせて15分まではその部屋で休んだり、自由に過ごすことができます。
野上さん:アメニティーバーという所には、ストレッチや筋トレ器具、アロマ、家庭用の小さなプラネタリウムなどが設置してあり、これらを利用してリラックスタイムを過ごすことができます。他にも汗拭きシートやマウスウォッシュ、ストッキングなども用意してあります。個室でストッキングを履き替えることもできるので、とても便利です。
――おお!それは新しい仕組みですね!従業員のみなさんはそのスペースを利用していますか?
小笠原部門長:はい。誰がいつ利用しても良いスペースという考え方なので、細かい管理はしていませんが、部屋の使用中はランプがつくようになっています。比較的、夕方の利用が多いようです。また朝もよく使われています。
個室は3つあり、セミクローズが2部屋とフルクローズが1部屋です。フルクローズは防音になっているので、泣いても叫んでも大丈夫です。各個室とも入口と出口が別になっていて、出口からは入れない仕組みです。次に利用する人と顔を合わせなくてすむように設計しています。
――心理的な安全性がしっかり担保されていて、素晴らしいですね!ほかにも健康に働くための工夫があるのですか?
野上さん:当社は、オカモトヤC.C.というゴルフ場を運営しているのですが、健康経営の一貫として、オフィス内にもシュミレーションゴルフができる部屋を設けました。運動不足解消と社内コミュニケーションの活性化に役立っていますし、特に、週に一度の女子プロによるレッスンは従業員に好評です。
小笠原部門長:それとフリーアドレスを採用し、オフィス内の好きな場所で働けることも、ストレスの軽減につながっているのではないかと思います。総務など一部の部署は、個人情報を扱うため固定席になっていますが、社長を含めたほかの従業員の席は決まっていません。その日の業務によって自由に選ぶことができます。PCもモニターも、モバイルバッテリーを使用するので移動も簡単です。
野上さん:また非常時に備え、当社が女性活躍に特化したFellne(フェルネ)ブランドで展開している災害用レディースキットを置いています。これは、生理用品などの衛生用品が災害時に不足することのないよう、社内の小さなスペースに備蓄できる商品です。あらゆる場面を想定して性差による働きにくさを解消することで、より安心して働ける環境に近づくことができると考えています。
3.健康経営を軸にした“コト売り”へのシフト
――“安心”というのは健康経営にとっても大事な要素ですね。ショールームとしての役割を果たすため、何か工夫していることはありますか?
小笠原部門長:お客様が見て、体験し、自社に取り入れた際のことを想像できるように、オフィスで使用している家具は、あえて多種多様なメーカーの商品を採用しました。全体的な色合いは統一感を持たせてありますが、椅子の形も、机の天板の素材もそれぞれ違います。敢えて様々なカーペットを小さく敷いているコーナーは、床の素材の見本用です。
――このライブオフィスを作って、実際の売り上げは変わりましたか?
鈴木社長:はい。オフィス案件の単価はとても大きくなりました。おそらくお客様に、一つ一つの商品だけではなく、トータルコンセプトを見ていただけているからだと思います。オフィスという空間全体を任せられる会社だと考えてもらえるようになったことは大きいです。
――それは素晴らしい!従業員の健康のための取り組みと、オカモトヤさんのオフィス事業がうまく結びついていますね。
鈴木社長:当社が健康経営を始めた頃、小笠原部門長から「健康経営を軸に営業活動を進めていきたい」という話があり、これまでやってきた健康経営の取り組みを託すことにしました。小笠原部門長は健康経営推進委員会の委員長も務めています。
小笠原部門長:お客様にオフィスの提案をするにあたり、どのように他社との差別化を図るかは常に課題でした。しかしハードやデザイン面だけで特徴を出していくのは、なかなか難しい部分があります。そこで、健康経営をオフィスに取り込むことを考えました。いまやどの会社にとっても、健康に働くことは関心の高いテーマだと思います。
――健康経営を軸にした営業によって、オカモトヤさんの営業スタイルは変わりましたか?
鈴木社長:はい。いわゆる“モノ売り”から“コト売り”へのシフトということは以前から言われてきましたが、当社としてどのように“コト売り”をやっていくかという方針は、これまで明確になっていませんでした。
そんな中、働き方改革をし、健康経営に取り組みながら、当社なりの「健康に働く」という形をこのオフィスで実現したことが私たちにとって非常に大きな転換点でした。このライブオフィスを実際に見ていただいたり、お客さまに私たちのストーリーを生の声で伝えられる、これこそが当社の“コト売り”だと考えています。
4.時間をかけて、やりがいと自信を育む
――ライブオフィスには大きなメリットがあるのですね。
鈴木社長:はい。事業に対してだけではなく、従業員にとっても大事なポイントがあると考えています。
このライブオフィスにはオカモトヤの歴史や事業を紹介するコーナーもあるのですが、お客さまは従業員の説明を聞き、オフィスをご覧になって「すごいですね」とおっしゃいます。
人に褒めてもらえれば、誰でも嬉しいものですよね。従業員はオカモトヤの良さを自分で話すことによって、改めてそれを実感できますし、お客さまに褒めていただくことで、自己肯定感も高まります。
――なるほど。このオペレーションが、従業員のやりがいにもつながるということですね。
鈴木社長:はい。それを一つの目的として行っています。ただし、私の実感としてはまだ充分ではありません。
これは私が普段から言っていることでもありますが、誰かに何かを伝えようとこちらが努力しても、それが相手の心に刺さるタイミングは人それぞれ違います。ですから、お客さまでも従業員でも、人の心を動かし、多くの人に浸透させるにはコツコツやるしかありません。
――腰を据えて取り組むという姿勢に100年企業の器の大きさを感じます!
鈴木社長:たしかに当社は、成長や利益に対するスピード感はありませんが、それがなくても110年続いています。短期で利益をあげることだけが会社経営のやり方ではないのです。それは当社の風土であり、ずっと変わらないスタイルです。
5.オフィスも会社経営もさらに変わっていく
――鈴木社長にとって、このライブオフィスpalette(パレット)の位置づけはどのようなものですか?
鈴木社長:先程も言いましたが、オカモトヤが創業以来、商社として“モノ”を売ってきたことを“コト売り”と結びつけていくためのハブとなるのがこのパレットという空間だと考えています。ここを使って、どのようにお客さまとコミットしていくかが重要です。
ここがオカモトヤらしいオフィスであるように、どの企業にもその会社に合ったオフィスがあります。palette (パレット)を参考にしていただきながら、その会社らしさをオフィスに散りばめていき、お客さまの求めるオフィスの形を提案するのが当社の“コト売り”です。そういった私たちの考えや、スタイルに共感していただけるお客さまに選ばれることが理想です。
――なるほど。働き方が変わっていくと同時に、オフィスの形も変わっていくのですね。
鈴木社長:その通りだと思います。どの会社でも働き方改革に取り組んでいると思いますが、コロナ禍を経てさらに健康に対する考え方は変化してきました。会社が健康管理の大きな仕組みを変えていくと同時に、従業員も健康に対する意識を高め、一人一人がセルフメンテナンスをしていく。会社はその取り組みに対して、お金を出して環境を整える。そのようにしてオフィスの空間も変わっていくと思います。
またオフィスだけでなく、会社経営も変わっていかなくてはなりません。お客さまはもちろん、仕入れ先、新卒や中途で求職中の人たちにも、いわゆる“ホワイト企業”でないと評価されない時代です。そういった意味で健康経営も、いま会社がやらなくてはならないことの一つだと思います。
当社は現在、内定者の入社率が100%です。オフィスの移転効果もあるかもしれませんが、これも「健康で楽しく働ける」というコンセプトを実現するために、コツコツ積み上げてきた成果だと考えています。
【取材後記】
健康経営に取り組む企業が増えてきましたが、そのアプローチは様々です。オカモトヤの鈴木社長は、健康経営を「本来の事業とは別に、従業員のためにやらなくてはならないこと」と捉えるのではなく、自社事業の発展に組み込むことを考えました。独自のアイデアで従業員が健康に働く仕組みを実現し、それをオフィス事業の新しい展開に結びつけています。また働き方改革、SDGs、女性活躍など時代に求められていることにどんどん取り組みつつも、成果が出るまで時間をかけてコツコツ積み上げるスタイルに、110年の歴史を持つ老舗企業の力強さを感じました。
<企業データ>
会社名:株式会社オカモトヤ
事業内容:文具、事務用品、OA機器、オフィス家具の仕入、販売/コピー機、加算機の修理/印刷物の販売
所在地:〒105-5509 東京都港区虎ノ門2-6-1 虎ノ門ヒルズステーションタワー9F
資本金:7,000万円
社員数:133名