大塚製薬2019年健康経営実践セミナー 講演編

1.働く人たちの高齢化にどう対応するか

驚くべきスピードで少子高齢化が進む日本。岡田邦夫氏の講演も、まずは少子高齢化の問題からスタート。

改めて日本の人口に占める65歳以上の割合を見てみると、1980年に9.1%であったものが、2000年に20.2%、2017年には28%という超超高齢化社会となり、さらに2055年には38%になるという推計が出ています(※1)。それは、労働生産人口も少なくなり、必然的に定年なども延長され、働く人の高齢化が進んでいくことを意味すると言います。

「アメリカのニューズウィーク誌でも、“一生働く時代が来た”という特集が組まれています。今、欧米では失業ということが社会問題になっていますが、それは、仕事も何もせずに家に引きこもる生活だと、うつ病、アルコール依存、薬物依存などに陥る可能性が高まるからということも大きいんですね。ですから、年齢が高くなっても、働いたり、ボランティアをしたりと社会参加することがとても大切であるという考えが広まっています」と岡田氏は言います。

そんな中、日本の働く人たちの意識はどうかというと、「何歳まで働きたいですか?」という質問に対し、「働けるうちは働きたい」と多くの人が回答。実際、60~64歳で働いている人の比率は男性で73.4%であり、これは世界一。65~69歳でも韓国に次いで世界二位の50.5%となっています(※2)

このように、年齢が高くなっても元気に働く人が増えていくと「高齢者の定義も変わってくる」と岡田氏は指摘します。

人生100年時代と言われる中、アクティブシニアが増えることは、本人だけでなく、社会にとってもとても良いこと。ですが、その障害となるのが、生活習慣病、認知症、ロコモシンドロームといった健康の問題。ですから、医療の役割も重要となってきます。ただ一口に健康と言っても、一般の臨床医と、働く人を診る産業医とでは役割、視点が変わってくると岡田氏は言います。

「臨床医は、体に異常がなければ、それ以上は関与しません。一方、産業医は、体の状態だけでなく、働けるかどうかという点に着目します。病気がないのに今、働けていないのはなぜだろう。仕事の仕方がわからないのではないか。あるいは、上司に問題があるのではないかとパラハラといった労働災害の可能性まで考える。ヘルスリテラシーだけでなく、ワークリテラシーも視野に入れます」

つまり、体の健康だけでなく、働きやすい環境といったことも含め、やりがいを持って仕事をしていくことが、従業員の心身の健康を創造する。それが健康経営のあるべき姿であると言うのです。

(※1)内閣府『高齢者白書』(平成30年7月1日)
(※2)2014年の各国の就業率:労働政策研究所・研修機構「データブック国際労働比較(2016)」

2.人が集まる魅力ある職場づくり

少子高齢化が進むとともに、労働生産者人口も減少していっていますが、その弊害もすでに出ており、2018年の人手不足倒産は153件発生。これは前年比で44.3%という大幅な増加となっています(※1)。

こういう状況においては、人が集まる魅力ある企業づくりが不可欠であると岡田氏は言います。

「職場環境の改善も必要です。例えば、高齢者に活躍してもらうためには、転倒、転落などの安全対策も考えないといけない。また、兼業、副業OKといった柔軟な雇用の形も取り入れ、より働きやすい体制を整えることが大切になってきます」

また、人手不足対策として、労働生産性を高めることも大事だと岡田氏は言います。

「労働生産性を高める人的要因として、ホーソン効果と呼ばれるものがあります。それは、トップダウンではなく、従業員からの提案や権限委譲などによるボトムアップ型組織への改革。長時間労働の是正。昇進・報酬制度、モチベーション向上などが労働生産性を高めていくというものです」

その中には、子育て・介護と仕事の両立支援といった女性の働きやすい環境づくりも含まれます。しかし、女性活躍推進が盛んに叫ばれているのにも関わらず、年齢階級別労働力率を見て見ると、女性は35歳くらいから急に落ちます。それはなぜかというと、育児などがあり、働きたくても働けないというもの。そして、死亡原因の第一位のがんなどの病気の問題。これらが女性の社会進出を阻み、とても大きな社会的損失にもなっています」

それはデータとしても出ていて、仕事に就くことを希望しならも、仕事を探していない理由として病気を挙げている女性が、45~54歳で26.8%。55~64歳でも23.1%もいるのです(※2)。

(※1)帝国データバンクによる「人手不足倒産」動向調査
(※2)中小企業庁『中小企業白書』(2018年版)

3.長時間労働は健康を蝕み、労働生産性を下げる

健康の問題の中でも、着目すべきものの一つが睡眠。今、睡眠が足りていない人が多く、特に40代、50代では5~6時間未満の人が35%を超えています(※1)。

「睡眠不足の人たちにありがちなのが、夜遅くに夕食を食べ、寝不足のまま起き、朝食は食べないというもの。こういう生活を続けていると、ホルモンの変化や動脈硬化などを引き起こし、心筋梗塞にかかるリスクもぐんと高まります」

実際、「朝食抜き、寝る前2時間以内の夕食」という生活をしている人は、死亡、心筋梗塞再発、心筋梗塞後狭心症の発症リスクが高まるというデータも出ています(※2)。

「では、病気のリスクが高まるにもかかわらず、なぜ十分な睡眠や朝食がとれないのか。それは、長時間労働など、仕事でそうせざるを得ないということが大きい。ですが、寝ぼけたり、疲れたりしたまま出社し、頭や体がよく動かない状態で働いていても、労働生産性は著しく落ちてしまいます」

また、座っている時間が長いと糖尿病になるリスクも高まると言います。7~9時間の人は、7時間未満の人に比べ1.34倍、9時間以上の人にいたっては2.55倍発症率が高まります(※3)。座っている時間が長いとメンタルの不調も引き起こすと言います。5.7時間以上の人は、3.5時間の人に比べ約2倍になると言います(※4)。

一方、休日に運動するなど活動的な人は、非活動的な人と比べ、2型糖尿病の発生リスクが0.55倍に下がります(※5)。通勤での歩行時間も、高血圧発症リスクと関係があると言います。通勤で11〜20分歩いている人は、10分以内の人と比べると、高血圧発症リスクが0.88倍、21分の人では0.71倍となります(※5)。

(※5)The Osaka Health Survey:Ann Intern Med.1999;130:21-26
(※6)The Osaka Health Survey:Ann Intern Med.1999;130:21-26

4.健康経営は人づくり事業

今後、健康経営を日本に広め、推進していく上でとても大切になるのは、トップの役割だと岡田氏は言います。

「『国富論』で知られるアダム・スミスも、国を豊かにするためには、親方の理性と人間性がとても大事だと言っています。親方が農民や職人など働く人の健康状態をしっかりと観察して、調子が悪そうであれば早く帰らせる。そして自宅でゆっくり休養を取れば、翌日も元気に働ける。そうやって、一年を通して元気に働いてもらうことが生産性を高めることになる。逆に、無理に働かせたら体調を悪化させ、翌日以降の生産性がぐんと下がってしまうということを言っています」

健康経営は一朝一夕にできるものではなく、トライ&エラーを繰り返しながら、経験値を集積し、その会社に合ったものを創り上げていくことが大事だと岡田氏は言います。

例えば、今は食べられるキノコと毒キノコの違いがわかっていますが、それは失敗も含め、大勢の人たちの経験値で「このキノコは食べられない」ということがわかってきたもの。健康経営もそれと同じで、すぐに完璧にできるものではない。まずは取り組みを始めて、そこから軌道修正をしながら最も効果的なものを創り上げていくものだと言います。

「欧米では、失業が健康を害すると考えますが、日本では働くことが病気の要因にもなってしまっています。従業員の健康をどう守ろうかという段階に止めるのではなく、これからは“働くことこそが健康の源。働くことで健康になる”という考えが浸透していくべきなんです」と岡田氏は私たちにメッセージを送ります。

【参加者との質疑応答】

Q:当社では社長が健康経営のための投資を惜しみますが、どう説得すればいいでしょうか。

A:健康投資とは、お金をかけるだけではありません。投資には、時間投資、空間投資、そして利益投資があります。まずは健康診断に時間を使うなど、あまり費用をかけずにできることをしっかりやる。それができたら、空間投資。例えば、手洗い、うがいなどが習慣化している空間や環境なら、その人のためにもなりますし、他の人にうつさない感染予防にもなります。

Q:健康経営を推進することで利益を生み出したという事例はありますか?

A:アメリカではジョンソン&ジョンソンの事例があります。日本でも、「健康経営を始めてから2年後に収益が増えた」「社員の体力づくりによって利益が1.5倍になった」「人材採用で良い影響が出た」といった報告や研究が学会でもされるようになっています。

5. (埼玉県)大きな目玉となるのが健康経営

県を挙げて、健康長寿に取り組んでいる埼玉県。その大きな目玉が、平成30年からスタートした埼玉県健康経営認定制度。これは、健康経営に取り組む事業所・団体を認定するもの。健康経営を推進する企業を見える化し、働く世代の健康づくりに力を入れることで、県民の健康寿命を延し、医療費の抑制に繋げるものだと言います。

埼玉県に本社を置く企業はもちろん、本社はなくても、事業所があれば対象になるとのこと。令和元年9月30日現在で、218社(支店等を含めると1,265事業所)が健康宣言をしており、そのうち58社677事業所が認定を受けています。

埼玉県コバトン健康マイレージなどの県事業への参加、健康長寿サポーターの養成、従業員へのがん健診の受診の促進なども評価の対象となると言います。認定を受けると、認定証・認定ロゴマークを交付されます。また、県のホームページや事例集などでも紹介され、企業のPRにも繋がるとのこと。

事例として、「社員食堂での朝食やヘルシーメニューの提供」「定時退社日の設定」「ウォーキング大会、ラジオ体操イベントなどの開催」などの取り組みが紹介されていて、それを見た参加事業者からは「健康経営をどうやって推進すればいいかというノウハウがわかる」「認定制度の存在が担当者のモチベーションになっている」「人手不足の解消に期待が持てる」と好評だと言います。

6. (埼玉県)健康長寿埼玉プロジェクトを推進中

埼玉県健康経営認定制度に先駆け、県が推進しているのが「健康長寿埼玉プロジェクト」。これは、平成24~26年度に7市でモデル事業を実施し、そこで医療費抑制効果が実証された「毎日1万歩運動」「筋力アップトレーニング」を平成27年度から埼玉モデルとして県内市町村に展開しているものです。

平成28年度からは、「埼玉県コバトン健康マイレージ」もスタート。これは、ウォーキングや特定健診の受診などでポイントが貯まり、抽選により商品が当たるもの。さらに、自ら健康づくりに取り組み、家族などに健康情報を広めるサポーターを養成する「健康長寿サポーター事業」も展開。もちろん、「埼玉県健康経営認定制度」も健康長寿埼玉プロジェクトに含まれています。

7. (埼玉県)認定までの流れ

では、「埼玉県健康認定制度」の認定を受けるためにはどうすればいいのでしょうか。

▼健康宣言(登録)
まずは、「健康宣言」をし、従業員の健診受診、長時間労働対策、有給休暇の促進、健康的なメニューの紹介、運動機会の提供など自社の取り組みを登録します。

▼実践
登録後、実践に入ります。取組期間は原則1年間。県も「コバトン健康メニュー」「コバトン健康マイレージ」などで健康経営をバックアップします。

▼実践事業所(認定)
見事、認定されると、認定証・認定ロゴマークが交付され、県のホームページなどで認定事業所とその取組が紹介されるのは先ほど説明した通り。国の健康認定などを受けている場合は、提出書類などの負担も少なく、より簡潔な手続きで認定が可能だそうです。

埼玉県では、これからさらに健康宣言事業所(登録)、健康認定事業所(認定)を増やすし、健康長寿プロジェクトの中核として「埼玉県健康経営認定制度」を推進していくとのことです。

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