シリーズ『私の生きがい組織』(第二回) 仕事が生きがいになる時、強い会社が生まれる

社長就任後の茨の道の中、事業方針を大きく転換

「ここで大きく舵を切らないと、会社という船はやがて座礁してしまう」
大橋運輸に来てから、私がそう思い始めるのにそれほど時間はかかりませんでした。

大橋運輸は1954年に愛知県で設立された企業。しかし、私が入社した頃は、業績が振るわず、何年も赤字が続いていました。当時の社長は妻の父。体調が思わしくないこともあり、会社の立て直しをお願いするのは難しい状況にありましたし、今のままのやり方で経営を続けていたのでは、遅かれ早かれ会社が倒産するのは目に見えていた。

そこで、意を決し「社長を交代してください」と義父に直談判。義理の母にも、今、大橋運輸が置かれている状況を話し、委任状を書いてもらい、私が社長に就任したのは、入社6か月目のことでした。

しかし、大橋運輸は義父の父が作った同族会社。義父の弟たちも会社にいましたし、私が社長になることを好ましく思っていない人も少なくなかったでしょう。

会社の立て直しは、まさに茨の道。社長になってから5年間はまさに不眠不休の状態。1日の休みも取れませんでした。

そもそも大橋運輸がなぜ赤字に転落したかというと、一つは規制緩和。運輸業は1990年の規制緩和によって、4万社の国内事業者が6万社以上に増えました。扱う荷物の数は平成12年をピークにそれほど伸びていない。競争は激化。しかし、そういう状況の中でも、大橋運輸は依頼を受けた仕事をするという従来のスタイルのままでした。

経済が右肩上がりの時代や景気の良い時期はそれでもいいかもしれない。しかし、高度経済成長は終わり、競争相手が増える中、付加価値の高い仕事をしなければ生き残ってはいけない。価格競争に巻き込まれてしまう。

では、価格競争に巻き込まれない、付加価値の高い仕事をするためにどうすればいいか。私は事業戦略の大幅な見直しに取り組みました。

規模ではなく、付加価値と働きがいを重視

経営者になった時、「売り上げや事業規模を大きくしたい」と拡大が会社の成長だと思いがちです。私も社長就任当初は、事業拡大を目指し、従業員を増やことに注力していきました。

ですが、規模を求めていくと、どうしても大手のお客様との取引をする必要が出てくる。大手のお客様の仕事は、ロットが大きい分、売り上げが伸びますが、値下げへの要請を断ることが難しくなる。また、大手だと経営陣、キーマンが定期的に代わってしまい、当社の良さ、付加価値をご理解いただけずにコスト優先になりがち。薄利多売のコスト重視では、社員たちにやりがいのある仕事をしてもらえない。

ですから、大手ではなく、オーナー企業にアプローチしていきました。オーナー企業だとじっくりとお付き合いできますし、コストだけでなく、付加価値もしっかりとみてくれるからです。

そして地域戦略を重視。会社を起点にある程度の距離にあるお客様に限定しました。遠方のお客様ですと、移動時間もかかり、社員の拘束時間も伸びてしまう。また、地域のシェア率を高めることで、口コミ効果も高まります。このように社長就任から7年目くらいから方針を変え、量ではなく、質に拘った事業に変えていきました。

事業方針を転換した理由として、付加価値の高い仕事をして利益率を高めていくということがありましたが、それ以前に売り上げや社員を増やしていく量の経営が、私自身、面白くなかった。感動がなかったんです。

それより、社員が自分の好きな仕事に懸命に取り組む姿であったり、入社時点では何もできなかった社員が「こういう判断ができるようになったのか」「お客様や地域にこれほど貢献できるようになったのか」と成長した瞬間を見た時に、胸が熱くなるような感動を覚えるんです。

「生きがい組織」としての成長戦略

では、実際、どのようにして付加価値を生み出していったのか。競争相手が増えている運輸業界ですが、他の業界と比べて遅れている点もある。ですから、そこにしっかり取り組めば、競合他社と比べた時の付加価値になるのではないか。チャンスも大きいと感じていました。

当社はB to Cでは、遺品整理や引っ越し。B to Bでは、自動車部品の輸送などを行なっていますが、きちんと挨拶をするという当たり前のことが、運輸業ではできていないケースが少なくない。ですから、お客様の元に行った時に気持ちよく挨拶をする、身嗜みをきちんとする、ホスピタリティを大切にした接客をするといったことでも差別化に繋がります。また、運輸業は運ぶものを変えれば、運賃も違ってきますから、どこでもできるものではなく、スキルや資格が必要な事業に絞っていきました。

逆にいえば、マナーやホスピタリティ、技術はなくてもいい。ただ安く運んでくれればいいんだというお客様の仕事はお断りしました。そういうお客様の仕事では人は育たないし、逆に良い人材が辞めてしまうからです。

私たちの仕事をコストとしてみるお客様の仕事ばかりしていると、価格競争に巻き込まれ、利益を出せない。それでは、良い人材を迎えられる環境も整えられなくなってしまうんです。

最終ゴールは良い仲間と感動を味わうこと

運輸とは、もともと人が付加価値を作る仕事です。ですから、優秀な人材に来ていただくことが何よりも大事。そのためには、やりがい、生きがいのある仕事をしてもらうこと。ES(従業員満足)を高めてもらうこと。

一口にESと言っても、様々なものがあります。まず表彰制度や福利厚生の充実に力を入れました。社員の成長支援をするのもES。そこで、2つ目として、大型免許やフォークリフトなどの資格取得支援、図書購入の支援などの制度を整えていきました。3つ目が健康経営です。運輸業は何と言っても、体が資本。今後、年金を受給できる時期も後ろ倒しになるでしょうし、社員が長く元気に働けるためにも健康経営は欠かせません。

4つ目が地域貢献活動。地域貢献と聞くと大企業の社会的責任のイメージがあるかもしれません。ですが、中小企業だからこそ地域課題に身近で触れやすいという側面があります。

そこで、地域の皆さんに喜んでもらう活動をしていきました。例えば、川の清掃、幼稚園児や小学生を対象にした交通安全教室、中学生の職場体験、大学生もインターンや卒論を書くために毎年30人くらい来ます。

人には貢献欲というものがあります。人に喜んでもらうと、自分も嬉しくなる。ですから、地域貢献活動も社員のやりがいを高めることに繋がります。実際、地域貢献活動を始めてから、特に若い人たちからの入社希望が増えています。また、有り難いことに地方の中小企業でありながら、国内9県、海外8ヶ国から求人応募が来ているんです。

とはいえ、経営をしていると常に反省の日々です。経営をすればするほど自分の無力さを感じる。私一人の力はたかが知れている。だからこそ、いい仲間を増やしたいと思いますし、いい仲間が来てくれ、満足いく仕事をしてもらうためにも、まずは自分自身の人間性、人間力を磨かないといけないと痛感しています。

人は仕事を通じて大きく成長していくことができます。成長すればするほど、お客様や地域に貢献できるようになる。社員がお客様や地域に貢献する姿、仕事に生きがいを感じ、成長を遂げながら働く姿を見ることが、経営者としての何よりもの喜びです。

【私の生きがい組織のインタビューを終えて】

熊倉さんは事前学習で 当社の取組みについて、理解していたのだとおもいます。そのため取材もスムーズに進み、テーマは健康経営と生きがい組織でしたが、話が進むにつれて、社長に就任した21年前を思い出すことができました。社長就任した時に強く決めたことは社員にとっていい会社にするでしたが、今も目的は同じでした。
いい人財を蓄えてお客様や地域に貢献でき、地域に必要と思われる会社を今後も目指します。
熊倉さんも同じ経営者であり、その視点からのインタビューだったので、 このような原点に立ち戻る気づきが得られたとおもいます。この機会を頂きセルメスタの熊倉社長に感謝申し上げます。

【編集後記】

シリーズ『私の生きがい組織』の第二回目は、大橋運輸の鍋嶋洋行氏にご登場いただきました。本編ではご紹介できませんでしたが、大橋運輸では、LGBTの方々も積極的に採用されています。ですが、何ら特別なことではないと鍋嶋社長は言います。

それは、社員が10人いれば10通りの個性がある。たまたまLGBTの方が入社してくれ、どうやったら働きやすくなるかと環境を整えていったことで、LGBTの方が続いて入社してくれるようになったとのこと。まさに社員を数や量として見るのではなく、一人一人に光を当て、その個性を伸ばす経営をされています。

そんな鍋嶋社長の座右の銘が「夢とともに眠り、目的とともに目覚める」。「人はイメージできないことには辿りつけない。イメージすることができたら必ず近づいていける。社員の未来の可能性を信じ続けることが大切なんだ」と熱く語ります。そんな鍋嶋社長の姿に、会社を生きがい組織にするためには、まず経営者自身が会社経営に感動や喜びを感じていることが、何よりも大事であることに改めて気づかされます。

<企業データ>

会社名:大橋運輸株式会社
事業内容:自動車部品輸送、引越、生前・遺品整理、学校給食配送など
所在地:愛知県瀬戸市西松山町2-260
従業員数:約100名

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