各分野のフロントランナーが集結 今、健康経営がリアルに動き出す

1.広まる健康経営。だが、課題も見えてきた

まずは、今回の集いの発起人であり、メディアサイト『健康経営の広場』を運営する株式会社セルメスタ代表取締役の熊倉利和さんから、現在の健康経営の状況、健康経営を日本全体に広める取り組みをしている理由、想いについてのスピーチがありました。

熊倉さん:今日はお忙しい中、お集りいただき、本当にありがとうございます。私は株式会社セルメスタという会社を経営しておりまして、セルメスタは健康保険組合さんを通じて、組合員さん、つまり、企業で働く人たちに常備薬や郵送でおこなえる検診など、健康に関わる製品やサービスを提供しています。つまり、企業で働いている方々が健康で元気に仕事をし、暮らせるお手伝いをさせてもらっているわけです。そういった仕事の関係もあり、みなさんの健康にさらに貢献できることはないかと考えていたところ、健康経営という言葉に俄然注目が集まり、一つのムーブメントとなっていきました。

今日、お出でいただいているアップコン代表取締役の松藤展和さん、大塚製薬の健康管理室長の田中静江さん、オムロンヘルスケアの人事総務部の大家明子さん(https://kenkoukeiei-media.com/articles/6)などは、まさに、健康経営に企業の第一線で取り組んでいる方々。企業関係以外でも、ヨガ・瞑想ティーチャーの中島正明さんをはじめ、様々な分野の方に今日はお集りいただいています。

ヘルスケア関連の事業を展開されているオムロンヘルスケアさん、大塚製薬さんなどは、自社製品や事業の理念を体現するように、自らも積極的に健康経営に取り組んでいらっしゃいます。アップコンさんであれば、施工管理という仕事柄、「社員の病欠で工事に支障が出て、施主さんや一緒の現場にいる他の会社さんにご迷惑をおかけするわけにはいない」という想いから健康経営に取り組み始め、それが生産性の向上やお客様からの信頼となり、業績向上に繋がっていっています。

『健康経営の広場』のインタビューを通じ、そういう方々のお話をお聞きし、頼もしく感じていますし、健康経営の認知度も高まり、年々認定を受ける企業が増えていることを嬉しく思っています。ですが、その一方、認定を取ることが半ば目的化し、「健康診断の受診率を100%にしなければならない」「社内禁煙を徹底しなければならない」「残業をなくなさいといけない」といった義務感、やらされ感が先に立ってしまうケースも見受けられるようにもなっています。

健康経営とは本来、働いている人が元気になり、仕事に対するモチベーションやパフォーマンスが高まり、プライベートも充実して過ごすことができるようになるもの。働く人はもちろん、企業やご家族にとってもメリットが大きい。良いこと尽くめで、本当は楽しいこと、ワクワクすることのはずが、必ずしもそうなっていない現状もあったりしています。

認定制度などの仕組み、枠組みも整い、広がりを見せている健康経営ですが、今後さらに良いものにしていくためには、どう押し進めていけばいいのか。健康経営の次なるステップとしてどういう形が考えられるのか。そんなことを、今日お集りの方々とざっくばらんにお話したいと思っていますし、それぞれ違った分野で活躍される人たち同士の出会いが、どんな化学変化をもたらすかとても楽しみにしています。

2.心身の健康の大切さを自らの経験で知る

熊倉さん:グループディスカッションに入る前に、私自身の人となり、そして、なぜ健康経営に取り組むようになったかについて、お話させていただけたらと思います。

私の趣味は、ヨガ・瞑想やマラソンですが、始めたきっかけとしては、社会人となり、心身に不調を感じことがあります。大学卒業後は銀行に就職しましたが、バブル崩壊の後の時期だったので、不良債権の回収など少し後ろ向きな仕事をメインでおこなっていました。その影響があり、メンタルや体調を崩してしまい退職します。

その後、父親が創業したセルメスタに入り、会社を受け継ぎます。当時、健保組合の財政難を危惧する声が高まる中、当社の事業も悪化していった時期。そのため、親父の時代から働いていた社員のリストラなどもせざるを得ない状況になっていました。「自分でこの会社をなんとかしなくてはならない」との使命感から必至でがんばってはいたのですが、従業員には想いは伝わらず、経営の立て直しもうまくいきませんでした。

銀行員時代の後ろ向きの仕事、うまくいかない会社経営に心身とも疲れてしまい、自分自身を鍛える必要性を感じ、瞑想やヨガ、空手を始めるようになっていきました。一緒に空手をやっている人たちの多くが走っていたので、私も影響を受け、少しずつ走り始めました。それが今では、100キロマラソンや山などを走るトレイルランまでするようになっています。私は見た目も短髪でお坊さんのようだと言われますが、まさに修行僧のような活動が大好きなんです。ときどき、「何を目指しているんですか?」と聞かれることがありますが、そんなときは、亀仙人(『ドラゴンボール』の登場人物)です、と答えるようにしています(笑)。

運動をすることで体調も良くなり、メンタルも強くなっていきました。それとともに会社の業績も良くなっていったんです。もっと健康になろうと糖質制限を2年くらいやりました。とはいうものの、ビールだけは飲んでいたのですが(笑)。ですが、何事もやり過ぎは良くなく、糖質制限を続けていたら基礎代謝が下がってしまい、冷え性や不眠になり、再び体調を崩してしまったんです。

そんな経験を経て、改めて自分の健康づくりを見直すようになりました。今日、食の専門家である武藤麻代さんにも来ていただいていますが、日本食育協会に入ったり、断食(ファスティング)などもやるようになりました。そうやって自分の健康づくりに取り組んでいくと、食事って大事なんだな、とか、体調が崩れるというのは交感神経と副交感神経のバランスが悪くなることなんだな、といったことを理論的に理解できるようになっていきました。このように専門家の力も借り、正しい方法で体と心の健康づくりをしていくことが、とても重要であることに気付かされていったんです。

3.健康経営に取り組むきっかけを作りたい

熊倉さん:自分の健康づくりに取り組んでいくうち、ほかの人たちにも広めていきたいという気持が生まれてきました。まずはセルメスタで健康経営に取り組み始めましたが、みんなヘルスケア業界で働いているわりには、メタボであったり、煙草を吸っていたりと不健康な人もいて、ちょっと情けないんです(笑)。でも、そんなところも含め、私は社員が大好きなんですが。

社員に「ダイエットしたら」「煙草を止めたら」と言ってもなかなか聞いてもらえないんですが、これって日本の縮図でもあると思うんです。どんな会社、たとえば私たちと同じようにヘルスケア関連の事業を展開している会社でさえ、メタボの人もいれば、煙草を吸う人もいる。でも、逆に言えば、それは健康に無関心な人たちにどう対応していけばいいのかという材料が、身近にあるということ。どうすれば無関心層に興味を持ってもらえるか。どういうステップで何に取り組めばいいのかを知り、実践していくことは、日本のほかの企業が健康経営に取り組むときのお手本やヒントになるんじゃないかと思っています。

今、日本の医療費は40兆円を越えていますが、戦前は2000億円くらいでした。今の日本の人口は約1億2千600万人ですが、戦後すぐは7000万人くらい。ですから、人口の伸びは2倍弱なのに、医療費は200倍以上になっている。高度医療などでお金がかかるといえども、なぜ200倍にもならなきゃいけないのかと私自身、医薬品などを提供している立場ではありますが、これはちょっとおかしいなと疑問を感じています。

なぜ医療費が200倍になっているかというと、やはり生活習慣病やそこから発生するガンなどの病気が大きな原因になっています。ですから、個々が生活習慣を見直すことで、医療費も削減されていきます。

とはいっても、一人ひとりに健康の大切さを実感してもらい、健康づくりを実践してもらうのは、簡単ではありません。ネットにも情報が溢れていますが、正しいものを取捨選択するのがなかなか難しい。メディアサイト『健康経営の広場』を始めたのも、健康づくりや健康経営のための正しい情報や知識、学べる機会を提供したいと思ったから。「こうやったら、ウチの会社ではうまくいったよ」という各社の事例であったり、ノウハウであったりをみなさんと共有し、「このやり方は良いかもしれないな。ウチでもやってみようかな」と始めるきっかけ作りができればと思っているんです。

私も年齢が50歳近くになっていますし、恩返しする時期にさしかかっているのかなと考えています。より良い社会、世の中にために貢献できる動きを、みなさんと一緒にしていけたらいいなと思っています。

私も年齢が50歳近くになっていますし、恩返しする時期にさしかかっているのかなと考えています。より良い社会、世の中にために貢献できる動きを、みなさんと一緒にしていけたらいいなと思っています。

4.熊倉さんスピーチ後の質疑応答

熊倉さんのスピーチ後、参加者の方との質疑応答となりました。

中家良夫さん(内田洋行健康保険組合 事務長):確かに、熊倉さんが言うように、今、日本の企業の多くは健康経営の本質を考えずに、「認定を取りにいくぞ」と認定に必要な要件をクリアすることばかりに力を入れる傾向がありますね。でも、大事なのは健康経営の本質は、あくまでも経営であるということ。健康経営によって社員が元気でイキイキと働いてくれると生産性も高まり、会社も利益を出せる。利益が出せるものだとなると、経営者も本気で取り組む。経営者が本気になれば、健康に無関心な社員もやらざるを得なくなるのではないでしょうか。

熊倉さん:中家さんがおっしゃる通り、健康経営とは、「健康」だけでなく、「経営」であるんだ、そして、トップが覚悟を決めればできるんだというお話、とても納得がいきます。たとえば、今日は残念ながら出席いただいていなのですが、『健康経営の広場』にもご登場いただいた、高速路線バスを運行しているベイラインエクスプレスさんなどは、まさに健康経営によって会社経営もうまくいくようになったモデルケースです。

今、高速バスの運転手は3Kと言われていて人が集まらない。でも、そんな業界にあって、ベイラインエクスプレスさんは、社内にフィットネスルームや仮眠室、シャワー室を設置。運転の前は脳疾患や心疾患のアラートとなる血圧をチェック、運転中も眠くなるとそれを感知し、バイブレーションが作動したり、本部から「大丈夫? 眠くなってない?」と連絡が入る仕組みを構築。このように、社員の安全と健康づくりに力を入れていることが功を奏し、入社希望者が増えるとともに離職率が大幅に減り、運行本数を増やすことに成功。業績向上に繋がっています。

た、出版事業を展開しているテニテオさんは、紙媒体が減り、Webやイベント事業に業態展開を図っていく中で健康経営に取り組みました。一般に編集の仕事だと昼夜逆転の生活。それがイベント事業だと、朝早くから現場に行って準備をしますし、働き方を変え、規則正しい健康的な生活ができる仕組みづくりに成功。健康経営と事業戦略がとてもうまくいっている事例となっています。

中家さんがおっしゃったように、経営者に強い想いがあれば、それを実現する方法は必ずあると思いますし、認定や健康経営のブームとは関係なく、「社員に健康になってほしい」という気持ちは経営者に必要ですし、それぞれの会社ならではの方法を見つけていってほしいですね。

5.グループディスカッションと発表

この後、参加者は3グループにわかれ、ディスカッション。そして、それぞれのグループで話し合われた内容の発表へと進んでいきました。

〔グループ1〕
・坂本崇博さん(コクヨ 働き方改革PJアドバイザー)が代表して発表
私たちのグループは、企業の人事や健保組合の人など、熱い想いをもって健康経営を推進している人が集まりました。だからこそ、今の健康経営のあり方に課題も感じています。その一つが管轄する省庁や団体が複数あったり、企業内においても健保組合、人事、健康管理室などが、それぞれに違う取り組みをしようとしたりしていて、一枚岩ではないこと。健康経営では、まず一人ひとりに健康に対する意識を高めもらうことが大事になるわけですが、プロモーションするにしても、推進する側が一枚岩になっていないと、混乱が起きる恐れもあります。こういう乱立状態はなぜ起こるのか。どうやれば解消できるのかということも課題の一つだということになりました。

〔グループ2〕
・大門俊輔さん(普及プロデューサー)が代表して発表
私たちのグループは、ヨガの先生がいたりと、それぞれ専門分野を持った人たちが集まりました。ですから、「自分たちの持つ専門スキルやノウハウを、いかにして健康経営に役立てていこうか」といった話になるかなと思っていたら、それ以上にお一人おひとりのキャラクターが面白かった(笑)。たとえば、今、健保のお仕事をされている方も、実は芝居をやっていて劇団を立ち上げたがすぐにつぶれてしまったといった、個人的に興味深いお話も聞かせていただき、これからも何度もお会いしたくなりましたし、ずっとお付き合いしていきたいメンバーでした。

〔グループ3〕
・松藤展和さん(アップコン代表取締役)が代表して発表
私たちのグループは、自己紹介の後、私の会社の事例も含め、それぞれがどのような取り組みをしているのかについて話し合いました。企業ごとに置かれた環境や事情が違う中、みなさんがいろいろな想いをもって、情熱的に取り組まれていることに感心しました。

・有田直美さん(長湯ホットタブ副社長)
特に松藤さんのアップコンさんは、成功事例をたくさんお持ちで、とても参考になりました。それに、健康経営うんぬんという前に、社員のみなさんの人生の悩み、生き方のサポートや解決の窓口までを用意しようとしているんですね。さらには、どうやったら日本全体で人々が仲良く、楽しく生きることができるのだろうかといったことまで考えていらっしゃって、本当に感銘を受けました。

違った分野の人たちが、ぞれぞれの意見や事例を交換することで、まさに化学反応とも呼べる変化、盛り上がりを見せたグループディスカッションの後、熊倉さんからの最後のスピーチとなりました。

熊倉さん:正直、最初は、本当に人が集まるのかと心配もしていたのですが、たくさんの方に来ていただき、ほっとしていますし、健康経営はもちろんのこと、人としての生き方ということも含め、みなさんと共鳴できる部分が多くあったことをとても嬉しく感じました。今回の集まりでいろいろな可能性も見えてきましたで、ぜひ次に繋げていきたいと思っています。詳細はまだ決まっていないのですが、8月6日にも集まれる機会を予定しています。もし、タイミングが合いましたら、またみなさんとお会いできたらと思っています。本日はお忙しい中、本当にありがとうごいました。

【取材後記】
健康経営を推進する企業、専門的なスキルやノウハウによってそれをサポートするエキスパートのみなさんが一堂に会した今回の集い。19時から3時間近く開かれたましたが、特にグループディスカッションは大いに盛り上がり、時間が足りないほどでした。
その中で、健康経営の様々な課題も見てきました。その一つが、認定取得に主眼が置かれ、健康経営本来のメリットが十分に享受できていないということ。それはつまり、骨組みはできたのだが、まだ肉付けがされておらず、血が通っていないと言い換えてもいいかもしれません。今の健康経営を、人の温もりが感じられるものに昇華させていく役割を担うのが、この日に集まったメンバーであることは間違いありません。次回の集いも予定されているとのこと。今回からさらに前進し、どんなものになるか楽しみになってきました。

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