ヘルスケアIT セミナー12選⑨:- 国を挙げて押し進める健康経営 – ヘルスケア産業は巨スケア産業は巨大市場に成長する

1.国を挙げて“健康”を押し進める理由とは?

「今、厚生労働省だけでなく、経済産業省や総務省、農林水産省、スポーツ省なども含め、国全体で健康関連の取り組みを押し進めようとしています。それと言うのも、これから日本は世界に先駆け、超高齢化を迎えていくからです」という話から西川氏の講演がスタート。

70歳のことを「古希」と呼びますが、これは「70歳まで生きるのは稀(まれ)である」ということから来ているのはよく知られたところ。ところが、バブル崩壊後あたりから65歳以上の人口の割合が増えていき、2015年のデータでは、全人口に占める65歳以上の割合が26.0%を占め、2位フランス(22.4%)、3位ドイツ(21.1%)を上回り、世界第一位となっています。

この傾向はさらに進み、2060年には65歳以上の人口が4割にのぼる「超高齢化社会」になるとの予想が出ています。

人類初の人生100年時代が現実味を帯びてきた今、歓迎する声が多い一方、「長生きするのは嬉しいけれど、いつまで働けるだろうか?」「年金は大丈夫なのだろうか?」といった心配の声も少なからず聞こえてきます。経済の専門家などからも「このまま医療費が増え続けると財政がパンクしてしまうだろう」といった高齢化社会の暗い側面を指摘する人も多くいます。

ですが、さまざまな課題はあるにしても、それらを一つ一つ解決し、みんながイキイキと暮らせる、明るく、活気のある社会を目指し、努力していくことが重要であるのは言うまでもありません。では、具体的には、どうすればいいのでしょうか。年金や医療費などのお金の問題ももちろん大切ですが、「一番のポイントとなるのは健康である」と西川氏は指摘します。

「人生100年時代、生涯現役社会を目指す」「長い人生をイキイキと充実したものにする」ということになると、やはり高齢者の健康に目が向きがちです。ですが、一口に高齢者と言っても健康状態はさまざま。同じ年齢であっても、一人で何でもでき、自立して生活をできる人もいれば、日常生活のあらゆる側面でサポートが必要な人もいます。生涯現役で仕事や趣味に取り組む人もいれば、途中で重篤な病気にかかり、亡くなる人もいます。

健康は個人差がとても大きなもの。そして、65歳時点で健康である人はその後も健康に過ごせる割合が高いというデータもあります。そうなると、若い段階、さらに遡っていけば赤ちゃんの頃から将来を見据えた予防・健康づくりに取り組むといった、今までとは違った観点も必要になるでしょうと西川氏は言います。

2.健康な人が増えればGDPも押し上げる

人生100年時代を迎え、生涯現役社会を実現するためには、働くことに対する価値観やスタイルを変えていくことも大切だと西川氏は指摘します。

例えば、一昔前の日本のビジネスパーソンといえば、「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMのキャッチコピーに象徴されるように、自分の身を削り、たとえ健康を害してまでも仕事に没頭する姿が褒め称えられるような風潮がありました。そうした価値観から脱却し、「いくら仕事ができても、身体を壊したらプロじゃないよね」といった価値観、企業や働く人の意識の転換も大事になってくると言います。そのために、国や行政としても健康情報や働き方、労働環境への考え方をしっかり提供していく必要があると西川氏は言います。

そして、生活習慣の改善も欠かせません。人類はこれまで生命に危険をもたらす感染症や重い疾患などを、薬を開発することで乗り越えてきました。ですが、超高齢化社会を迎えるにあたり、薬によって健康を維持していくのには限界があります。そこで、大事になるのは、やはり食事や運動といった生活習慣からのアプローチだと言うのです。

それと、高齢になっても元気でいるためには、社会とコミットしていることが大事だと西川氏は言います。高齢の方は、どうしても家に閉じこもりになりがち。ですが、それでは心身の健康に良くありません。積極的に社会への参画することで生き甲斐も増えますし、そのことで高齢者な旺盛な消費者ともなり、日本の経済の活性化にも貢献してくれることになります。

もちろん、元気に暮らす高齢者や生涯現役で活躍される方が増えることは、医療費や介護費の削減にダイレクトに繋がっていきます。仮に病気になったときも、素早く治療を受ければご自身はもちろん、社会全体にも良い影響をもたらします。

例えば、日本人の2人に1人がなると言われるがん。がんを早期発見したとき、治療を受ければその時点では医療費はかかります。ですが、その方が健康を取り戻し、社会に復帰してくれれば、貴重な労働力にもなってくれますし、消費者になってくれる。そして、広い目で見れば、日本のGDPをも押し上げてくれることに繋がっていくと言います。

そういう点を押さえた上で、改めて健康経営ということを見ていくと、従業員の予防・健康づくりの取り組みが、各企業はもちろん、将来的に国全体の生産性、収益性を高める投資であるという捉え方もできます。そのため、健康管理を経営的な視点から考え、戦略的に実践していくことが重要であると国も考えているのです。

3.企業も健康経営に取り組み始めている

積極的に健康経営に取り組む企業も増えています。それは、従業員の健康状態が良くなると活力に満ちた状態で仕事ができるようになりますし、その結果、生産性も高まり、会社全体の業績や価値も向上していくからです。

また、従業員が元気にイキイキと働ける環境があり、業績の良い会社には、自然と良い人材も集まってきます。するとさらに業績も良くなるという好循環が生まれます。そうなると、投資家や金融機関といった回りの目も変わり、健康経営に力を入れている企業へ投資をしたいという人が増えていきます。

そのため、健康経営をどれくらいの水準でおこなっているのか、つまり、健康経営に取り組む優良な法人を見極めるためにも、“見える化”が必要になってきます。それが「健康経営に係る顕彰制度」です。

経済産業省の後押しで、優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する「健康経営優良法人認定制度」がすでに制定されています。これは、健康経営に取り組む優良な法人を見える化することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから、しっかりとした評価を受けることができる環境を整備することを目標としています。

また、健康経営に取り組む企業の顕彰や健康経営の促進のためのディスカッションをおこなうことを目的に、「健康経営アワード2019」も開催。戦略的に取り組んでいる上場企業から選定した「健康経営銘柄2019」を発表し、大規模法人部門に820法人、中小規模法人部門に2503法人を認定しています。

健康経営に積極的に組んでいる企業の一つに丸井グループがあります。企業の一般的な健康対策は、生活習慣病やメンタルヘルス不調などの病気にならないことをめざすディフェンス(守り)的な活動が中心ですが、丸井グループでは、企業が成長し続けるためには、変化に適応して自ら考え行動し、活力の高い状態をめざすオフェンス(攻め)の健康対策も必要だと考え、「ディフェンス活動」と「オフェンス活動」を連携させながら、様々な健康対策を進めています。

例えば、健康推進に向けたオフェンス活動「レジリエンスプログラム」の導入。これは、2016年2月から開始した取り組みで、健康は労働生産性に影響するという考え方のもと、「身体(食事・運動・睡眠)」「情動」「精神性」「頭脳」の4つの活力を高める習慣形成をめざすプログラムです。現在は、企業風土への影響が大きい、部長・店長クラスの上位職者を対象に実施しているとのこと。

大和証券グループでも、社員の健康が生産性へ波及し、それが企業価値を高めるという認識のもと、健診・レセプトデータ、ストレスチェック、株価などの多面的なエビデンスに基づく定量評価制度を構築。関係機関と連携しながら、健康経営に係る評価制度の創設に向け、研究会を立ち上げる予定でいます。

中小企業でも取り組みが始まっていますし、自治体でも青森県、茨城県、横浜市、静岡県などは、保険者(協会けんぽ、健康保険組合連合会など)や商業会議所、医師会や保険会社、金融機関などと連携しながら積極的に健康増進の活動を押し進めています。

4.認知症対策では官民連携で枠組み構築へ

超高齢化社会を迎えるにあたって、忘れてならないのが認知症の問題。2012年には65歳以上の7人に1人が認知症とされ、2025年には5人に1人がなるという推計もあります。

そんな状況の中、官民での協力が大切であると西川氏は言います。新薬開発にも期待がかかりますが、それ以外でも何をすれば認知症のリスク要因を減らすことができるのか、抑制できるのかを探っていくことが必要となってきます。

例えば、メタボ対策なら、「運動や食事に気をつけて」いったやり方が浸透していますが、それに比べて認知症は具体的な対策がまだわからない部分が大きい。とは言うもの、認知症予防に関する可能性について、国際的に権威あるランセット委員会でも、「11~12歳までに教育が終了」「高血圧」「肥満」「聴力低下」「喫煙」「抑うつ」「運動不足」「社会的孤立」「糖尿病」の9つの危険因子を挙げるなど、認知症は世界中で研究が進められています。

日本においても、医療、介護、脳科学、ITなどの研究者、自治体、介護事業者などが協力し、認知症の実証プロジェクトをおこない、要因や対策を見つけていくことが必要になってきます。

認知症対策で大事なことの一つが、周りの環境。認知症になって脳機能の低下した場合でも、ご本人にはしっかりと意識があります。周りの人たちが優しく対応したりして、ご本人が安心して暮らせる環境があれば、徘徊や暴力なども起きにくくなります。そういう認識を社会全体に広めていくこともとても大事であると西川氏は指摘します。

認知症対策に役立つデバイスも登場してきています。東北大学、日立ハイテクノロジーによる脳科学カンパニーである株式会社NeUでは、微弱な近赤外光を活用し、脳活動の見える化を実現するデバイスを開発。日常生活での脳活動を見える化し、より効果的な認知機能トレーニングを提供できるようになっています。

また、高齢者でも聞き取りやすいクリアな音を発するスピーカーなども、高齢者・認知症の方が頻繁に利用する医療機関・薬局、自治体、金融機関の窓口などで多く導入されるようになっています。

5.経済産業省もヘルスケア産業を力強く支援

公的保険外サービスである民間のヘルスケア産業も拡大を続けています。「健康経営関連」「運動」「予防」「衣食住」「睡眠」「遊・食」「民間保険」「要支援・要介護者向け商品・サービス」などの市場規模は、2016年で約25兆円であり、2025年には約33兆円にまで拡大するという推計が出ています。

ヘルスケア産業が育ち、社会に浸透していく上で大事なことの一つが、しっかりとした流通構造を作ること。つまり、仲介者の存在です。例えば、百貨店や専門店などの小売店では、プロが目利きした商品やサービスが提供されており、「老舗百貨店の商品だから品質は大丈夫だ」と消費者は安心感を持つことができるのです。その点、高齢者・認知症向けの商品・サービスなどでは、高齢者にとって、どれが本当に良い製品やサービスなのかがわからないというのが実情です。

現在でも、病気予防や健康作りに効果的があるとする商品の広告などでも「医者が薦める」といったキャッチコピーが使われていたりしますが、情報の精度や商品の効果は曖昧なことも少なくありません。そのため、業界団体などがガイドラインを整備し、ユーザーにわかりやすい情報を提供し、「この人、この店に頼めば安心だ」と頼める仲介者を作っていくことが欠かせないのです。

その点、アメリカでは、世界最大の非営利会員組織であるAARP(全米退職者協会)が、世界中から高齢者のために良い商品を集め、会員に喜ばれる事業を展開するなど進んでいます。また、ヘルスケアIT関連ベンチャーへの投資額の比較でも、アメリカが圧倒的多く、続くのが中国です。中国は、医療インフラが不足し、医療へのアクセスが難しいケースも多く、逆にそのことがオンラインで薬を提供する仕組みなど、ヘルスケアITへの投資が進む要因となっています。

それらに比べると日本は遅れをとっていますので、質の高い医療サービスを提供できるイノベーション、つまり、IoTを使った器量機器や新しい治療法、新薬の開発のため新技術の創出などがより一層求めれているのです。

経済産業省でも、情報を集約し、幅広くベンチャー企業などからの相談を受け付ける窓口「Heatlcare Innovation Hub」(通称:イノハブ)を2019年4月に設置。官民ファンドや民間VC(ベンチャーキャピタル)を巻き込みながら、資金調達や人材確保、事業の立ち上げ・拡大、海外企業の日本進出や日本企業の海外展開などを支援していきます。

このように官民挙げて健康経営が押し進められ、ヘルスケア産業は社会貢献度の高いビジネスを展開しながら、さらに巨大な市場へと成長していくことでしょう。

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