【座談会:ホワイト企業】健康経営は人財育成を強化するベースになる
愛知県に本社を置くホワイト企業3社のトップと、健康経営のスペシャリストが一堂に会しての座談会。仕事には対価だけでなく、誇りややりがいが大事であり、健康経営は社員の人生観を育む土台になるといった話など、健康経営と人財育成の重要性を心ゆくまで語りあいました。
〔ブライト500企業〕
中嶋洋子(株式会社トップライン 代表取締役)
鍋嶋洋行(大橋運輸株式会社 代表取締役)
木下力哉(三幸土木株式会社 代表取締役)
樋口功(アクサ生命保険株式会社)
平野治(NPO法人健康経営研究会 副理事長)
〔司会進行〕
熊倉利和(健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役)
目次
1.健康経営の土台は「愛」と「思いやり」
熊倉:健康経営をスタートさせてから大橋運輸さんは約15年、トップラインさんと三幸土木さんは約8年がたちます。ブライト500企業の中でも健康経営をとくに早く始められ、トップを走ってこられた皆様です。社内には健康経営がすでに根づいていると思いますが、最近、大きな変化はありましたか。
鍋嶋:はい。大橋運輸では、「時間がなくて運動できない」という社員のために、勤務時間中にバランスボールやヨガ、太極拳などを行える環境を整えていますが、現在、運動の参加者を地域の人たちにも広げています。大変に好評で大勢が参加してくださり、社協(社会福祉協議会)の広いホールを借りるほどです。また、市役所と社協と連携して、当社の管理栄養士が地域の方々に健康相談や介護相談も行っています。
私たちが地域の健康プロジェクトに取り組んでいる背景には、大橋運輸の地元である瀬戸市の高齢化率が3割強と非常に高いことがあります。社内で培った健康経営のノウハウを役立てて、地域の方々の健康寿命をのばしていきたいと考えました。こうした活動が評価され、昨年は、「健康寿命をのばそう!アワード」にて厚生労働大臣最優秀賞をいただくこともできました。
中嶋:私たちトップラインも運輸会社です。以前、ドライバーの方々の食事は、手軽さゆえに菓子パンやカップラーメン、コンビニ弁当、牛丼などに偏りがちでした。お腹をいっぱいにすることが大事で、栄養バランスを考えない食事です。そこで、健康経営の一環として熱心に取り組んだのが、食育でした。「青汁大作戦」「ゆで卵大作戦」「スープ大作戦」「リンゴ酢ドリンク大作戦」と名づけ、健康増進によいものを配り、仕事の合間に摂ってもらうことにしたのです。こうした地道な活動がドライバーさんに少しずつ受け入れられ、現在では「健康にはあの食品がよいらしい」「コンビニで食事を選ぶならこれがいい」「加工食品は、裏面の原材料を見てから買う」などの会話を自然にするほど健康意識が高くなってきています。
食育の活動は、協力会社のドライバーさんにまで広げています。運輸業は横のつながりが重要で、みなさんが健康であることが、業界全体を活性化させていきます。また、社員の奥さんや協力会社の方々も自由に参加できる形で、栄養士の講師を招いてオンラインで食育講演会なども開催しています。
熊倉:なるほど。大橋運輸さんは地域へ、トップラインさんは協力会社さんへ、健康経営を広げていかれているのですね。すばらしいです。三幸土木さんはどうでしょうか。
木下:はい。三幸土木では、昨年の5月、研修施設「レジリエンスセンター」をオープンさせました。レジリエンスとは、「回復力」「弾性(しなやかさ)」という意味があります。今の若い人たちは、私たち世代にない魅力的なところをたくさん持っていますが、一方で打たれ弱い人も増えています。人が成長していくうえで壁にぶつかるのは自然なことです。それを突破すると、また一回り成長できます。そうした打たれ強さを育てていくことが、私たちの健康経営の1つのテーマになっています。
レジリエンスセンターにはオープンキッチンを設置してあり、自社農園で採れた野菜をみんなで調理しています。和気あいあいと楽しみながら活動し、それぞれが心と体を癒していく場所です。心の支えとなる人や場所があると、精神的な落ち込みからの立ち直りも早くなります。また、レジリエンスセンターは、地域の災害拠点としても活用できます。
先ほど、中嶋社長が話されていた「スープ大作戦」ですが、私たちも自社農園で採れた野菜を調理して行っています。寒い日には温まると好評ですよ。
中嶋:スープは喜ばれますよね。私たちも冬場は毎日、「スープ大作戦」を行っています。夏は、「かき氷大作戦」です。かき氷の機械を置き、自分で好きにつくって食べられるようにしています。こうすると、熱中症対策にもなるんです。健康経営には愛情が大切ですよね。
鍋嶋:健康経営は愛! いいですね、人への思いやりが伝わりやすい言葉ですね。
熊倉:本当に素敵な言葉です。こうした言葉が出たり、その言葉を聞いて共感したりするのは、みなさんが社員のために試行錯誤しながら健康経営を続けられ、大きな成果を上げてきたからなのだと感じます。
2.健康経営で人的資本を強化
熊倉:樋口さんはアクサ生命保険にて、300社ほどの企業に健康経営の導入支援を行われています。ここまでのお話は、「これから健康経営を始めよう」という会社との違いも大きいと思います。どのように感じられましたか。
樋口:私たちの会社では、約4万人のビジネスパーソンから「なんのために働くのか」というアンケートを取っています。約6割の人は「生活の糧のために働いている」と答えました。一方、社会をよくしたいと答えた人は約1割、自分の能力を高めたいという人が約1割いました。後者の2割の人たちは、利他的な行動をとれます。ここまでのお話をお聞きして、社員や地域、協力会社の人たちの健康をよくしていきたいという利他的な思いが、健康経営と深く結びつき、それが結果的に業界や地域にイノベーションを起こしていく原動力になっていくのだなと感じています。
熊倉:なるほど。では反対に、アクサさんが支援しているなかで、健康経営がなかなか進まない企業の特徴はありますか。
樋口:先ほどのアンケートにて、全従業員が「生活のために働いている」と答えた企業もありました。こうなると、社員は他に待遇のよい会社を見つければ、移ってしまうため、健康経営が進みにくくなります。また、経営トップが財務諸表ばかり見ていて、「売り上げが前年よりよくなった」とばかりいっているような企業は、残念なことに「会社も仕事も好きではない」という従業員が多くなります。こうした企業も、健康経営の実行は困難です。
ただ、健康経営を導入することで、「社員を大切にしよう」とトップの意識が変わってくると、会社全体が変わっていきます。健康経営とは、社員に長く働いてもらうだけでなく、仕事に対する誇りや志、仲間との良好な人間関係、人生に対する前向きな気持ちなども高めていくと感じています。
熊倉:なるほど。データに基づかれた樋口さんの今のお話は、非常に説得力があります。平野さんは、健康経営研究会の副理事長としてこれまでのお話を聞いてきて、いかがでしょうか。
平野:はい。今、国は人的資本を経営戦略にすべきと推し進めています。人をコストではなく、資本と考えよ、ということです。その対策に多額の投資が行われることになっていますが、何をどうするのかという具体策が、まだはっきりと見えてきていません。そうしたなかで、従業員を大切にする健康経営の実行は、人的資本を強化していくうえで、最良の取り組みになるはずです。
先日、経済産業省の担当者と話した際、日本は2048年には人口が1億人を切り、それにともなってGDPも大幅に失われることが話題に上りました。一方で、インターネット技術はますます進んでいくことになります。これが何を意味するのかといえば、「健康経営に追い風が吹いている」ということです。人口が減り、インターネットが発展を続けていく社会では、人の動きが流動的になります。これまでのように企業が社員を抱え込むことが難しくなり、一人の人間がいくつもの役割を担うことになる。こうした社会で企業が発展していくには、人から選ばれる会社になる必要があります。健康経営の実行は、「社員を大切にする企業である」という最高のアピールにもなります。
熊倉:社員をコストとしての「人材」ととらえるか、あるいは財産としての「人財」ととらえるか。社員を会社の財産としていかに守り、輝かせていけるかが、今後ますます選ばれる企業の条件になることは間違いないでしょう。
3.成長のカギは、社員を信じ大切にすること
熊倉:ここにお集まりの3社は、人財育成を大変熱心に行われています。それぞれの現状をお話しただけますか。
鍋嶋:はい。大橋運輸はもともとES(従業員満足度)の向上のために、健康経営を行ってきました。運輸業とは安全第一で、健康あっての安全だからです。ただ、かつては男性中心の会社でしたから、よい健康習慣を身につけてもらおうとしてもうまくいきませんでした。そこで、女性の視点を入れるために、女性が働きやすい労働環境を整えていきました。
女性が働きやすい環境は、すべての人にとって働きやすい職場になります。現在、当社では、障害のある人、外国の人、LGBT(性的少数派)の人など、多様な方々が働いています。ダイバーシティ(多種多様な人の活用)に力を入れることは、中小企業にとって大きなビジネスチャンスにもなります。
また、健康経営を行っていると、異業種からも人が集まってきます。当社には、医療関係の方も「働きたい」と応募してくれるようになりました。
ただ1つ、採用活動において気になるのは、学校の先生が「この生徒は、勉強は好きではないが体力はある」とすすめてくることです。生徒にも失礼ですし、「成績がよくない生徒は運輸業へ」という発想もおかしい。こういう発想が出てこないくらい、社員を大切に輝かせていくことが、これからの運輸業界の課題と考えています。
木下:建設業も同じですよ。外から見たときに、社員の地位を低く見られてしまうことが多くあります。だからこそ、私も鍋嶋社長と同じく、建設業を社員や家族の方々が誇りを持って働ける産業にしていきたい。「お父さんは、どこの会社で働いているの?」と尋ねられたとき、「三幸土木だよ」と子どもが胸を張って答えられる会社にする、という思いが私の原点にあります。
仕事に誇りを持つことはどんな職業であっても大切です。「給料が高い」「休みが多い」「会社の立地がいい」ということを就活の優先順位にする人もいますが、ぜひ仕事に誇りややりがいを見つけて欲しいと望みます。また、仕事にやりがいを求める人に集まってもらううえで、健康経営はすばらしい下地になります。今回の座談会のように「健康経営に力を入れている会社」とスポットライトを当てていただくことで、たくさんの人に「この会社は、自分を大切にしてくれる」と捉えてもらえるでしょう。
中嶋:ブルーカラーだから、中小企業の社員だからと、人を低く見るというのは、大変な時代遅れですよね。私も起業した当初、大企業と中小企業の間に感じられる縦の関係性に悩まされました。協力会社は、大手も中小も関係なくビジネスパートナーという横並びの関係であるべきです。そのために、大手に頼らずともよいビジネスモデルを築くことに力を注いできました。
人財育成という面では、社員みんなが仕事を平等に回していくことで一人ひとりの地位を高めていきました。エースもいないけれども、補欠もいない。一人の社員に仕事の負荷が必要以上にかかることもない。数々ある運行コースを全員が運転できるように平準化していったのです。365日24時間、平等に仕事を回していけるようになると、誰か1人の負担が重くなることも、突然の病欠で困ってしまうようなことも、なくなります。年功序列も撤廃し、給料も休暇も基本的に平等です。社員同士の区別がなくなると関係性もよくなり、メンタルも安定していきました。ボーナスは、評価項目を明確にし、プラス方式で加算していきます。子どもの成績表と一緒で、「自分がきちんと評価されている」と明確にわかると、社員のやる気にもつながります。すると、会社の雰囲気も非常によくなり、離職者も著しく減りました。
社員1人ひとりが仕事に誇りを持つようになって、ありがたいことに仕事の依頼も増えていきました。現在、当社では大手の下請けとなる仕事をしていません。会社を成長させるには、まず社員を信じ、大切にすることですね。
熊倉:信頼と愛情で健康経営を行われている中嶋社長のお話を聞いていると、まるでお母さんのような気持ちで社員の方々に接していることがよくわかります。みなさん、それぞれ個性的な健康経営を行われながら、その根底には「社員を全力で幸せにしたい」という強い思いがありました。では最後に平野さん、健康経営の専門家としてまとめの言葉をいただけますか。
平野:そうですね。みなさんのお話を聞いていて、会社経営には、哲学が必要ということを改めて感じました。「自社の売り上げこそ、もっとも大事」という会社は淘汰されていく一方で、社員をとことん大切にし、協力会社とともに業界を発展させ、それによって社会に貢献していこうとする企業にこそ、人が集まってくるのだと思います。そんなゲームチェンジが起こっている、まさにつなぎ目に私たちはいるのでしょう。そうしたなか、社員を「人財」として育んでいける健康経営は、会社が発展していくための入り口になるのだと思います。
【取材後記】
健康経営には、地域や協力会社との輪を広げていく力があります。地域や協力会社の人たちの健康増進を支援したところで、対価があるわけではありませんが、「ありがとう」という感謝の気持ちは返ってきます。その喜びが、社員が誇りや志を持って働いていく原動力にもなっていきます。人はやりがいがあって、居心地のよい会社でがんばり続けたいと思うものです。少子高齢化が問題になる社会において、健康経営こそ人財育成のベースとなる、と改めて実感した座談会でした。
〈企業データ〉
会社名:株式会社トップライン
事業内容:一般貨物自動車運送業/貨物軽自動車運送業/貨物利用運送事業/特別管理産業廃棄物収集運搬業/PCB廃棄物収集運搬
所在地:〒485-0082 愛知県小牧市村中葭池1244-1
資本金:1,000万円
社員数:35名
会社名:大橋運輸株式会社
事業内容:自動車部品輸送、引越、生前整理・遺品整理、レンタルコンテナなど
所在地:〒489-0912 愛知県瀬戸市西松山町2-260
資本金:3,000万円
従業員数:96人(2022年3月末時点)
会社名:三幸土木株式会社
事業内容:土木建築一式工事/建築資材の販売/砕石、砂利の採取及び販売/産業廃棄物処理業/全各号に付帯関連する一切の業務
所在地:(日進本店)〒470-0103 愛知県日進市北新町北鶯91-5
資本金:3千万円
社員数:103名
会社名:アクサ生命保険株式会社
事業内容:生命保険業
所在地:〒108-8020 東京都港区白金一丁目17番3号 NBFプラチナタワー
資本金:850億円
社員数:7607人(2021年)