【シリーズ:私の生きがい組織】(第八回)逆境を乗り越え、辿り着いた感謝の境地 株式会社SANYO-CYP 代表取締役社長 山村 健司

大阪市中央区に本社を置く印刷会社SANYO-CYPの社長を務める山村健司さん。職業性胆管がん問題という大きな危機に直面しながらも真っ向から受け止め、パーパス経営や健康経営に取り組みながら見事、会社を立ち直らせました。その原動力となったのが、働く仲間に対する感謝の想いです。(インタビュアー:健康経営の広場/IKIGAI WORKS代表  熊倉 利和)

1.職業性胆管がん問題で矢面に立つ

当社の従業員に胆管がんが見つかったのは、2012年のこと。

印刷機のインクを拭き取るために使っていた洗浄剤に含まれる化学物質1,2-ジクロロプロパンが原因であると強く疑われました。

当時、このことは報道でも大きく取り上げられ、朝、会社に来ると取材陣が待ち構えていました。そんな中、理不尽な思いもたくさんしました。例えば、私たちは洗浄剤のメーカーではなく、購入して印刷機の洗浄に使っていた立場。この規制対象外物質が含まれる洗浄剤を使用している使っていた会社は、ほかにもありましたが、最初にこの洗浄剤による胆管がん問題のケースを報道されたのが当社であったことから、大きく取り上げられることになりました。

その洗浄剤は広く使われており、当社の責任を追求する記事を書いた新聞社でも使っていました。顔見知りになった記者さんにそのことを伝えると、「えっ、ウチも使っていたんですか!」と逆に驚かれていました。記者さんは普段、印刷をする場所には行かないでしょうし、行っていたとしても、洗浄剤の成分まで知ることは不可能だったでしょう。

厚生労働省の調査チームの長となられた大阪市立大学(現大阪公立大学)の圓藤吟史名誉教授先生は、印刷労働者にみられる胆管癌発症の疫学的解明と原因追及の発表の中で、1,2-ジクロロプロパンでのハムスター毒性試験では、発生頻度・発生数に有意な変化が認められなかったとの報告を出されていました。

ですが、古い洗浄剤は保管しておらず、原因特定することはできませんでした。結局、厚生労働省の検討会では、この胆管がんの原因物質について、1,2-ジクロロプロパンを含む洗浄剤である蓋然性が高いいう結論にとどめましたが、発症に業務起因性は認めらえるとして、労災が認定されました。正確な原因はわからないとしても、被害を受けられた方やご家族だけなく、多くの方々からのお叱りの声を弊社として真摯に受け止め、二度と労働災害を起こさないことを誓い、安全衛生活動を行い続けていきます。

いずれにしろ、その洗浄剤を使っていた人は胆管がんを発症する可能性があります。まずは何よりも従業員の健康を守らなければなりません。私自身、学生時代に現場でアルバイトをしており、洗浄剤を使っていたので検査を受けたいと思っていましたし、働いていた人全員に受けてもらいたいと考えました。

検査を受けてもらうためには、何が起きたのかありのまま正直に話さないといけません。そうすると「なぜそんな危険な洗浄剤を使っていたのか!」と私を責める人も出てきました。ですが、将来、後ろめたい気持ちにならず、次世代の人たちにも包み隠さず全て正直に話せる状態にしておきたかったんです。

2.社員一丸となって逆風に立ち向かう

この問題に対応していた当時、私は35歳。会社の代表は父が務めており、私は営業担当に過ぎませんでしたが、気づくと矢面に立ち、問題解決のために奔走していました。マスコミや世間からバッシングを受ける中、業績もダウン。いわば、負け戦を強いられており、私自身、このような状況から会社を立ち直らせることができるとは到底思えませんでした。

勝ち戦には人は集まります。戦利品ももらえますし、得をするから。ですが、負け戦には誰も参戦したくないものです。戦っていても何の得もしないばかりか、失うものばかりなので逃げるのも当然です。

実際、社員の引き抜きの電話が続々とかかってきていました。「会社を守る自信がない。他社から誘われたなら遠慮せずに行ってくれ」と私は正直に社員に話しました。ですが、一人ひとりが私のところにやってきては「健司さんが辞めないなら自分も辞めない。最後まで会社に残る」と言うのを聞いた時は嬉しくて涙を堪えることができませんでした。

「今は苦戦を強いられているが、何とか乗り越えていこう。少なくても最後まで戦おうじゃないか」とみんなの気持ちが一つになったからこそ、今があるのだと思います。

3.医学界の協力も得られ事態が好転

そうやって悪戦苦闘する中、次第に良いことも起き始めていました。

2017年の春、胆管がんになった当社のある社員が末期の状態となっていました。血液検査の数値も悪く、手の施しようがない、と。その社員からある日、電話がかかってきました。「新しいがん治療薬の治験を受けられるかもしれないとのことでしたので、その件で今、東京に来ています」。それなら東京支社の人間をすぐに迎えに行かせると言うと、「それには及びません。結局、治験を受けられる薬がないことがわかったので、今から大阪に帰ります」

ですが、私はどうしても諦めきれませんでした。大阪市立大学(現大阪公立大学)の久保医師より「この方のがん細胞を検査したところ、2014 年に世界初の免疫治療薬として承認され話題となった「オプジーボ」が有効ではないか。との説明をうけました。ただ、胆管がんに対しては健康保険適応外になります。それに「やってみないとオプジーボが必ず効くという保証もありません」とのことでした。ですが、人の命はお金に代えられません。

それと、どこの病院でオプジーボを打つかということも課題となりました。もしオプジーボを投与して問題が起これば、病院として責任を問われかねないからです。久保医師のご協力により一週間後、大阪市立大学医学部付属病院(現大阪公立大学医学部付属病院)にてオプジーボの投与をその社員に始めることができました。

そうしているうち、本人から「数値が正常になりました。家族も喜んでいます」というメールが来て、数ヶ月後にはがんが体内からなくなりました。現在、彼は職場復帰を果たしています。

さらにオプジーボを製造・販売する小野製薬工業へ久保医師が「SANYO-CYPの患者さんにオプジーボが効きました。医師主導型臨床試験へ移行を進めてほしい」と依頼してくれ、小野製薬工業さんが職業性胆管がんの治療に協力してくれることになりました。

当社は洗浄液による職業性胆管がん発症の発端会社になりましたが、それを治す薬を提供する体制の構築にも貢献することができ、患者さんや医学界の方々からも喜んでいただけています。辛いこともたくさん経験しましたが、こうしたいい話が続いているのは本当にありがたいことです。

4.健康経営の根本にある感謝の気持ち

この経緯をご理解してもらえると、当社になぜ「社員が退職する時にこの会社で働いてきて良かった、さらに自分の子供や孫にもこの会社で働いてもらいたい」というパーパスが生まれたのか。「わたしたちは彩りのプロフェッショナル集団として豊かな生活を創造します」という理念が生まれたのか。そして、なぜ健康経営に力を入れているのかがわかっていただけると思います。困難を乗り越え、前に進むためにパーパスや健康経営が余計に必要だったんです。

健康経営の中でも一番力を入れているのは、人の部分です。項目で言えば、「管理職・従業員への教育」「適切な働き方の実現に向けた取り組み」「コミュニケ-ションの促進に向けた取り組み」「私病等に関する復職・両立支援の取り組み」の4つ。

教育や働き方、コミュニケーション、病気からの復職や仕事との両立などに取り組む際、自分だけの利益を考えたり、ビジネス上のスキルだけでは人は動いてくれません。情や思いやりがなければ、人はついてきてくれませんし、体調面の配慮などもできないものです。

大阪で講演をさせていただいた時、ある方から「御社は職業性胆管がん問題を契機に健康経営に取り組み、ブライト500の認定を受けられています。病気と仕事の両立支援などもできている。私もスタッフ10名ほどの会社を運営していますが、同じような問題を抱えた時、とても山村さんのような対応は取れないと思いました。御社がされてきたことは、他社に真似ができない事例なのではないですか?」と言われました。

それに対して私は「それは違います。社員を大切に思い、感謝の気持ちがあれば、病気になった時、労災かどうかも抜きにして、何とかしてあげたいと考えるのは人として当然のことです」と答えました。

この抽象的とも言える感謝という言葉をより具体的に説明したものがパーパスです。当社で言えば「その人が定年退職するとき、働いてもらえてよかった。ここで働けてよかった」と両者が思えることなんです。

私がまず言いたいのは、経営者が社員から感謝されているか。感謝されるような行動をしているのか。ここが抜け落ちているから、真似ができないという言葉が出てくるのではないでしょうか。

実際、何をするにしても、ここが一番重要なところです。雇ってやっている、働いてやっているという関係性では何をやってもうまくいきません。一緒に働いている仲間を思いやり、感謝するという人として当たり前のことができていなければ、健康経営もパーパス経営もただのお題目になってしまいます。

そう言う意味では、健康経営もパーパス経営も、シンプルな活動であるとも言えます。特に健康経営優良法人認定は、各項目に分かれているので、何をすればいいかわかりやすいですし、男性の育休制度や女性への妊活支援など今、何が求められているのかといった世の中のトレンドを理解するツールとしても活用することができます。

5.新しい経営のカタチを追求していく

ありがたいことにこの数年、講演や取材の依頼を多く受けますが、実は私は性格的にあまり表に出たくないタイプ。本音を言えば、社員に辛い思いをさせたこの問題を振り返ることもしたくありませんし、当社が職業性胆管がんの発端になったということも言いたくありません。

ですが、こういう労働災害を再び起こさないように、当社と同じような辛い思いをする会社が出ないようにする活動をすることは、胆管がん問題時にご指導してくれた専門家先生への恩返しで、また、世の中のためになると考えています。私が講演をしたり、取材を受けることでこの問題について考えるケーススタディとしても役立つのではないかという希望を持っているからです。

会社というのは、人のかたまりです。日々、仕事をする中で、一緒に働く仲間に感謝するというのは当たり前の話です。そのことに会社の規模も業種も関係はありません。方法論は様々あると思います。健康経営から入ってもいいですし、パーパスを決めることから始めてもいい。最終的に「この会社で働いていて良かった」とみんなに思ってもらえるようにすればいいと考えています。

近年は年棒制や成果主義などが合理的な経営とされ、それを良しとする風潮もあります。私自身、ビジネススクールで学び、MBAを取得したので合理的な経営のメリットも理解できます。ただ、人と仕事をするには、合理的だけでは足りないと考えます。

日本人はみんなで力を合わせて頑張ることに生きがいを感じます。先ほどの当社の例のように、それが合理的な考えでなくても、時として、人と人の絆を重んじ、損得抜きに自分の所属する集団のために命をかける。それは日本だけの文化なのではないでしょうか。欧米は契約社会ですので、「自分の契約ではここまでです。それ以上の仕事はやりません」となります。

私と社員の間では、運命共同体になるという契約はしていません。自分が所属する共同体への忠誠心を持つのは日本の文化です。欧米の合理主義がいいのか。終身雇用に代表される古き日本のやり方がいいのか。時代に合わせてそれをどうミックスしていくかを今後しっかり考える必要があると思います。

【取材後記】

職業性胆管がんの発症という大きな問題を社員と一緒になって乗り越えてきた山村健司さん。MBAを取得するなど、先端のビジネス理論を学びながら、人の情、人への感謝を大事にしています。最近、盛んに言われる人的資本経営(人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方)をパーパス経営や健康経営によって実現させ、これからの経営者のあるべき姿を私たちに見せてくれています。

<企業データ>

会社名:株式会社 SANYO-CYP

事業内容:印刷に関わる企画・デザイン・データ加工・試作・印刷・加工・サポート/WEB、VR/ARなどデジタルデータの企画・制作・販売/一般写真および商業写真・動画撮影

所在地:〒540-0014 大阪市中央区龍造寺町8番15号

資本金:5,000万円

社員数:108名

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