ウェルビーイング経営とは?健康で幸せな働き方をするためのポイント

1. ウェルビーイング経営とは?

皆さんは、「幸福経営学」という言葉を耳にしたことがありますか?昨今、働き方改革や健康経営に注目が集まっていますが、「社員の幸福に関する視点が足りていないのではないか」と語るのが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科、研究科委員長・教授である前野隆司氏。幸福経営学とは、従業員の幸福度を上げることで、企業全体のパフォーマンスを向上させようという学問です。

もともと前野氏の専門は、機械工学や設計工学。その後はロボットの研究に取り組みました。ロボットの身体と心を作るために、人間の身体と心を研究し、倫理学にも触れ、「人間はどのように生きれば幸せになれるのか」に興味を持ちました。そこで「幸福学」の研究をスタートし、「幸福経営学」という学問が生まれたそうです。

「宗教や哲学的なニュアンスを感じるかもしれませんが、幸福経営学は、あくまでも学問である」と前野氏。幸せや幸福という言葉には、どのような意味があるのか、詳しく語ってくれました。幸せや幸福という言葉は、英語では、Well-beingやHappinessと訳されることが多いでしょう。ただし、Happinessは、「感情としての幸せ」のみを表す言葉であり、非常に狭い意味合いしか持ちません。

一方で、Well-beingとは、「身体的・精神的・社会的に良好な状態」を表す言葉です。心理学では「幸せ」と解釈し、医学では「健康」と解釈し、また、「福利」や「福祉」と解釈されることも多いです。

幸福経営学で言う「幸福」は、「Well-being」に近い意味を持っていると言えるでしょう。そのため、幸福経営は、ウェルビーイング経営と言い換えることができます。従業員がウェルビーイングであること、つまり、体も心も良好な状態にあることが、経営において極めて重要なわけです。

また、前野氏は、ウェルビーイングの研究は予防医学だとも語っています。病気の人を治療するのが医学なら、予防医学とは、健康な人をより健康にすること。「幸福な状態にある人を、さらに幸福な状態にすること、幸福な状態を保つために予防すること」、これこそが、幸福学研究の目的だと言えるでしょう。

さらに、「ウェルビーイング経営の実施は、企業経営や人事のあらゆる面で大きなメリットを生みます」と前野氏。幸せな社員は、そうでない社員と比べて、うつ病になりにくく、創造性やパフォーマンスが高いそうです。また、幸せな社員は、利他的で組織を活かし、離職しにくく、健康で長寿であることも分かっています。少子高齢化・労働力人口の不足が加速する日本において、ウェルビーイング経営の重要性は、ますます高まっていくでしょう。

2. 働き方改革とウェルビーイング経営

皆さんご存知の通り、多くの企業が、働き方改革を着実に進めています。長時間労働の解消・正規非正規労働者の待遇格差の是正・高齢者の就労促進などに取り組んでいる企業も多いでしょう。しかし、前野氏は、「ちゃんと働き方改革できていますか?ただの改善になっていませんか?」と問いかけます。

「日本人は部分的な改善は得意だ」と前野氏は続けます。しかしながら、「改革は苦手だ」と言います。大局的な視点を持ち、俯瞰的に物事を捉えることは、日本人の得意分野ではないそうです。例えば、労働時間の縮小は、部分的な改善に過ぎません。労働時間を縮小することで、何がどう変わるのか、どのようなメリットがあるのか、従業員の働き方は好転するのかを、巨視的に考える必要があるわけです。

前野氏は、「働き方改革におけるウェルビーイング経営の重要性」についても語ります。無理やり労働時間の短縮を進めた場合、企業全体には「やらされ感」が生じ、従業員の幸福度は低下するでしょう。そのため、創造性や生産性は下がり、欠勤率や離職率は上昇します。

この場合、本当に必要なのは、労働時間の無理な短縮ではなく、従業員の幸福度を高めること。つまり、身体的・精神的に健康になってもらい、幸せを感じてもらうことです。従業員の幸福度が上がれば、創造性や生産性は向上し、欠勤率や離職率は低下します。

よって、本当の意味での働き方改革を行うためには、ウェルビーイング経営が必要不可欠だと言えるでしょう。

さらに、「従業員幸福度は全体・総合指標である」と前野氏。一方で、従業員満足度は、単なる部分指標でしかありません。たとえ労働時間の短縮を進めたとしても、従業員の一時的な満足度は上がるかもしれませんが、幸福度が上がるとは限りません。

労働時間に対する部分的な満足、福利厚生に対する部分的な満足は、長期的に見れば、重要性は比較的低いものだと言えます。部分的な満足度よりも大切なのは、従業員が心身共に良好な状態であるかどうか、つまり、全体的な幸福度です。従業員の幸福度は、生産性や創造性、リーダーシップ、モチベーション、人間関係やチームワークに大きな影響を与えます。

実際、数々の研究で、「幸福度とパフォーマンスの関係」について言及されています。リュボミルスキー、キング、ディーナーによれば、幸福感の高い社員は、そうでない社員と比べて創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高いそうです。

また、幸福度が高い社員は欠勤率が低く[George,1989]、離職率も低い[Donovan,2000]ことが分かっています。皆さんも、従業員幸福度について改めて学び、ウェルビーイング経営を実践してみてください。

3. 幸福学の基礎について

前野氏は、「幸福学の基礎」についても説明してくれました。まず紹介したのが、イリノイ大学名誉教授であるエド・ディーナー氏。「幸福学の父」とも呼ばれるディーナーは、幸せの要因について、数々の研究を実施しました。さらには、現在でも幸福学の研究に使われることの多い、「人生満足尺度」を開発しました。

「人生満足尺度」では、5つの質問に対して、1(全く当てはまらない)・2(ほとんど当てはまらない)・3(あまり当てはまらない)・4(どちらとも言えない)・5(少し当てはまる)・6(だいたい当てはまる)・7(非常によく当てはまる)の7段階で答えます。そして、各項目の合計点で、人生の満足度や幸福度を測ります。5つの質問とは、以下の通りです。

a.ほとんどの面で、私の人生は私の理想に近い
b.私の人生は、とてもすばらしい状態だ
c.私は自分の人生に満足している
d.私はこれまで、自分の人生に求める大切なものを得てきた
e.もう一度人生をやり直せるとしても、ほとんど何も変えないだろう

ちなみに、日本人の平均合計点は、19点前後だそう。皆さんも、試しに、人生満足尺度を計算してみてください。

続いて前野氏は、経済学者であるBruno S. Freyを紹介し、幸せと寿命の関係について語りました。Freyの研究によれば、先進国において、幸せを感じている人は、そうでない人と比べて、7.5~10年寿命が長いそうです。

また、修道院の尼僧180人を対象とした研究もあります。修道院に入所した段階で幸せを感じていた尼僧の寿命は94歳、入所する時に幸せを感じていなかった尼僧の寿命は87歳だったそう。「幸福な人は長寿である」という研究データは、他にも数多く存在します。ゆえに、幸せはある種の「予防医学」だと言えるでしょう。

また、前野氏は、ノーベル経済学賞を受賞したカーネマンの研究にも言及しました。カーネマンが行ったのは、年収と感情的幸福の関係についての研究です。この研究によれば、年収が800万円になるまでは、年収が上がれば上がるほど、感情的幸福も上がります。つまり、年収と感情的幸福は比例します。しかし、年収が800万円を超えると、年収と感情的幸福に相関はなくなるそうです。

前野氏は、「長続きする幸せ」と「長続きしない幸せ」についても説明してくれました。皆さんは、地位財と非地位財という言葉をご存知でしょうか?地位財とは、他人と比較できる財のこと。例えば、お金・物・地位などです。一方で、非地位財とは、他人とは比較できない財のことを言います。

例えば、安心・健康・心などです。一般的に、地位財による幸せは、短期的な幸せであり、長続きしません。反対に、非地位財による幸せは、長続きする傾向があります。皆さんも、他人と比較できない非地位財を増やし、「長続きする幸せ」を手に入れてください。

4. 幸せのメカニズムにおける4つのポイント

前野氏は、講演の最後に、「幸せのメカニズムにおける4つのポイント」を紹介してくれました。以下の4つの因子を満たすことで、幸せを得られるそうです。

第1因子:自己実現と成長の因子
第2因子:つながりと感謝の因子
第3因子:前向きと楽観の因子
第4因子:独立と自分らしさの因子

それぞれの因子について、詳しく触れていきます。

4.1. 第1因子:自己実現と成長の因子

まずは、第1因子である「自己実現と成長の因子」です。前野氏は、この「自己実現と成長の因子」のことを、「やってみよう因子」とも呼んでいます。

日本人は、外国人と比較して、「自己実現と成長の因子」が圧倒的に少ないそうです。マニュアルやルールを作り過ぎ、「やらされ感」を持ちながら仕事をしている人が多いためです。

夢や目標を叶えた人は、もちろん幸せでしょう。しかし、夢や目標を持っている人も、(まだ叶えていなくても)幸せなのです。「努力し成長している人は幸せだ」という研究結果も出ています。ぜひ皆さんも、成長意欲やチャレンジ精神を持ち、やりがいを感じながら仕事をしてみてください。

4.2. 第2因子:つながりと感謝の因子

続いて、第2因子である「つながりと感謝の因子」です。色々なことに感謝する人は幸せであり、親切で利他的な人は幸せだと言います。「幸せな人は、やっぱり性格が良い人が多い」と前野氏。

さらに、多様な友人を持っている人ほど、幸福度も高いそうです。友人の数は少ないよりも多い方が幸せであり、均質よりも多様な方が幸福を感じやすいのです。

また、前野氏は、ボランティア活動への参加意欲と幸福度の関係についても説明してくれました。皆さんの想像通り、ボランティア活動への参加意欲が高い人ほど、幸福度も高いことが分かっています。社会的課題解決のための活動に関わりたいと思わない人は、既に関わっている人と比べて、幸福度が圧倒的に低いそうです。

4.3. 第3因子:前向きと楽観の因子

続いて、第3因子である「前向きと楽観の因子」です。前野氏は、「前向きと楽観の因子」のことを、「なんとかなる因子」とも呼んでいました。例えば、以下に該当する人は、幸福度が非常に高いそうです。

・自己受容できている人
・楽観的でポジティブな人
・細かいことを気にしない人

もちろん、あまりにも楽観的過ぎるのは良くありません。「適当に資料作ればいいや、なんとかなるだろう」みたいな状態では、当然幸せにはなれないでしょう。良い意味で、前向きにポジティブに過ごしてください。

また、ミシガン州立大学の研究により、人間は、笑顔を作るだけで幸せな気分が高まることが分かっています。さらに、フロリダ・アトランティック大学の研究により、人間は、上を向いて大股で歩くと幸せな気分が高まることが分かっています。

もちろん、幸せな状態だから笑顔になり、幸せな状態だから上を向いて大股で歩く場合もあるでしょう。しかし、その逆も起こり得るのです。落ち込んでいる時でも、無理やり笑顔を作るだけで、幸福度は高まります。皆さんも、人間の特性を活かし、幸せな気分を高める癖をつけてみてください。

4.4. 第4因子:独立と自分らしさの因子

最後に、第4因子である「独立と自分らしさの因子」です。別名、「ありのままに因子」です。自分らしさを持っている人や、自分のペースを守る人は、幸福度が高いそうです。周りからの評価も大切ですが、人の目を気にし過ぎないことも大切だと言えるでしょう。

また、前野氏は、上記で紹介してきた「幸せのメカニズムにおける4つの因子」を、2つのタイプに分類しています。「個人の在り方」に焦点を当てたタイプと、「他者との関係性」に焦点を当てたタイプです。

「個人の在り方」に焦点を当てているのは、以下の3つの因子。
第1因子:自己実現と成長の因子
第3因子:前向きと楽観の因子
第4因子:独立と自分らしさの因子

一方で、「他者との関係性」に焦点を当てているのは、以下の因子のみです。
第2因子:つながりと感謝の因子

もちろん、幸福度を高めるためには、「個人の在り方」も「他者との関係性」も、どちらも重要視しなければなりません。しかし、「個人の在り方」にのみ焦点を当てながら、幸福度を高めようとする人が多い、と前野氏。

「個人の在り方」のみを追求した場合、第2因子である「つながりと感謝の因子」は満たされません。どちらか一方を追い求めるのではなく、「個人の在り方」と「他者との関係性」の両方を重視しながら、幸福度を高めていってください、と前野氏は締めくくりました。

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