自然に健康になれる社会を構築するには?健康経営の重要性について

1.人の幸せにおける「健康」の重要性

「皆さんは、幸福の要素について考えたことがあるでしょうか?」と質問を投げかけたのが、厚生労働省健康局健康課・課長補佐である藤岡雅美氏。藤岡氏は、まず、人の幸せは何によって決まるのか、簡単に説明してくれました。

内閣府「国民経済計算」「国民生活選好度調査」等によれば、約30年で、日本の一人当たりGDPは2倍近く伸びました。しかしながら、国民の生活満足度は、少しも上がっていません。

もちろん、貧しい国で経済成長が進めば、国民の幸福度も上がるでしょう。しかし、ある程度の経済水準に達した国においては、一人当たりGDPが向上しても、個人の幸福度は上がらないのです。極端な言い方をすれば、日本において、経済政策ばかりを進めても、人は幸せにならないわけです。

では、人の幸せは何によって決まるのでしょうか?「ある程度の一人当たりGDP」以外で、幸福の構成要素の大部分を占めるのは、「他者とのつながり」と「健康寿命」です。当セミナーのテーマのひとつである「健康」が、人の幸せにとって重要な一要素であることは、明らかな事実だと言えるでしょう。

藤岡氏は、人の幸せにおける「健康」の重要性を説くとともに、人が陥りやすい「健康」のワナについても説明してくれました。皆さんは、「現状維持バイアス」という言葉をご存知でしょうか?

「現状維持バイアス」とは、簡単に言うと、変化によって得られるリターンよりも、変化によって失うかもしれないリスクに対して、過剰に反応する傾向のこと。人は、何かを得るときよりも、失うときの方が、その価値を高く感じるのです。

「健康」においても同じことが言えます、と藤岡氏。普段の生活において、健康状態であること、健康状態を得ていることの価値を感じる機会は少ないでしょう。怪我をして、病気になってはじめて、失った健康の価値を大きく実感するはずです。

また、藤岡氏は、モノの価値は時間とともに減少し、将来得るモノは価値が低くなる、と言います。これは、健康においても同様だそうです。将来の健康は、現在の健康よりも価値が低いのです。そのため、若者に対して、「将来の健康のために」と訴えかけても、若者はその価値を感じにくいと言えるでしょう。

上述した通り、人は、失わないと、健康の価値を高く感じません。さらに、現在の健康と比較して、将来の健康には価値を感じません。つまり、私たちは、健康に対する意識があまりにも低いのです。

そこで、藤岡氏は、「健康を別の価値に置き換える」ことが大切だと言います。「健康になりたい」ではなく、「営業成績を上げたい」「美しくなりたい」「お洒落な生活を送りたい」と思わせるのです。そういった個々人の価値に合わせて、健康につながるような行動を自然に促すわけです。つまり、「健康を意識せずに健康になれる環境」を作ることが重要だと、藤岡氏は力説します。

2. 働き方改革の本質

続いて、藤岡氏は、「働き方改革の本質」について、詳しく説明してくれました。具体的には、以下の3つのテーマに触れました。

・人口減少のインパクト
・第四次産業革命とは?
・人生100年時代の到来

まず、「人口減少のインパクト」です。皆さんご存知の通り、日本の生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は、年々減少していきます。2015年時点での生産年齢人口は7,700万人ですが、2065年の生産年齢人口は4,500万人だと予想されています。

例えば、12人の労働者が在籍している部署を想像してみましょう。50年後には、労働者の数は7人に減っている計算になります。12人の労働者で成り立っている部署から、5人の労働者がいなくなった場合、当然仕事は上手く進みません。しかし、人口の減少は、避けられない事実です。足りない5人分の労働力を、どのような形で埋めていくのか、全ての企業が真剣に考えなければなりません。

次に、「第四次産業革命」です。第四次産業革命とは、一言で言うと、「自律的な最適化」を意味します。

第一次産業革命:動力の獲得(蒸気機関)
第二次産業革命:動力の革新(電力・モーター)
第三次産業革命:自動化(コンピュータ)
第四次産業革命:自律的な最適化

データ量の増加、処理性能の向上、AIの非連続的進化により、目まぐるしいスピードで技術革新が進んでいます。第四次産業革命により、これまで実現不可能だと思われていた社会が実現するかもしれません。

それに伴い、産業構造や就業構造が劇的に変わる可能性もあるでしょう。「米国の小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に、今は存在していない職業に就くだろう」(Cathy Davidson教授,NewYorkTimes,2011年)という発表もあります。私たちは、予測できない変化に対応する術を身に付けなければなりません、と藤岡氏。

また、藤岡氏は、人工知能の発展についても語りました。「人工知能vs人」という対立構造に注目する人も多いですが、問題の本質はそうではありません。大切なのは、「人工知能を使いこなせるかどうか」だそうです。「人工知能を使いこなせる人vs人工知能を使いこなせない人」という構造が生まれるだろうと、藤岡氏は予想しました。

最後に、「人生100年時代の到来」です。ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授によれば、「2007年以降に日本で生まれた子の50%以上は、107歳まで生きることになる」そうです。実際、日本では、高齢化社会が年々進んでいます。

しかし、高齢者が働く場は用意されず、社会的な活動を行う高齢者も少ないのが現状です。内閣府の調査によれば、就業を希望している高齢者の1割程度しか、常勤の職に就けていません。また、7割の高齢者は、地域における活動にも従事していないそうです。つまり、何もしていない高齢者が多く存在するわけです。人生100年時代が到来するにもかかわらず、高齢者が活躍する社会が整っていなければ、日本の未来は明るいものではなくなってしまうでしょう。

人口減少が進む日本において、労働時間を短縮するだけでは、企業の成長は見込めません。高い付加価値を生み出すために重要なのは、「生産性」と「エンゲージメント」です。働き方改革の一環として長時間労働の是正を進めている企業は多いでしょうが、「生産性」と「エンゲージメント」に着目することも忘れないでください、と藤岡氏は語りました。

3. 企業と個人の対立

続いて、藤岡氏は、「企業と個人の対立」について説明してくれました。上述したように、企業にとって、生産性の向上は欠かせません。実際に、マニュアル化・業務提携・アウトソーシング等を進め、生産性の向上に努めている企業も多いでしょう。しかし、企業における生産性を突き詰めた先に、個人の「働く幸せ」はあるのでしょうか?「企業の成長」と「個人の成長」は、時には対立するものなのです。

藤岡氏は、まず、日本の社会構造について話をしました。以前の日本は、政府・企業・メディア・宗教等を中心とした「組織中心社会」でした。「組織中心社会」は、以下のような特徴を持ち、何よりも「権威」が重要視されました。

・社会は安定している
・窮屈だが安心できる
・課題は「お上」が解決してくれる
・個人は情報受信のみ

その後、資本主義や資本経済が浸透し、都市化やグローバル化が進み、技術が発展したことで、「組織中心社会」から「個人中心社会」へと変化しました。「個人中心社会」では、「権威」の重要性は薄れ、「個人の決断やリスクテイク」がより重視されるようになりました。「個人中心社会」の特徴は、以下の通りです。

・変化が前提
・自由だが不安
・自己責任
・相互に情報発信

「個人中心社会」の問題点は、自由であるが不安でもあること。そこで、これからの社会が目指すべきは、個人が安心して思い切った選択ができるような「秩序ある自由」だと、藤岡氏は言います。その一方で、「組織中心社会」に戻る選択肢も残されています。「秩序ある自由」か「権威への回帰」か、現在の日本社会は、2つの道への分岐点に差し掛かっているのです。

このような社会構造の変化に伴い、企業と働き手の関係も、大きく変化してきました。従来は、個人が会社に依存する、いわゆる「メンバーシップ型」の雇用形態が多く見られました。「就社」という言葉がぴったりでしょう。従来の雇用形態は、以下のような特徴を持っていました。

・職務無限定 → 長時間労働の温床
・年功序列、終身雇用 → 成果ではなく在社期間で評価
・新卒一括採用、OJT → 人材育成は会社次第

しかし、従来の雇用形態は崩壊しつつあり、企業と働き手の関係も変わってきています。今後は、働き手個人の自由度が増し、いわゆる「ジョブ型」の雇用形態が多くなるでしょう。実際、「就社」ではなく、文字通り「就職」する個人が増えています。今後の雇用形態では、以下のような特徴が期待されます。

・社内外の多様な人材を活用 → オープンイノベーション、人手不足への対応
・主体的な個人のスキルアツプ → 働き手自身でキャリアをつくる
・職務内容の明確化と公正な評価 → 長時間労働の是正、成果に基づいた評価

藤岡氏は、「企業の成長」と「個人の成長」について、それぞれのベクトルを擦り合わせることが重要だと語ります。

企業は、個人が適切な心身の状況を維持できるような環境を整え、個人は、高いパフォーマンスを発揮できるよう心身の維持に努めます。お互いの成長ベクトルを擦り合わせることで、個人の幸福を最大化させながら、企業の生産性も向上させてください。

4. 健康経営の重要性

藤岡氏は、「健康経営の重要性」についても語ってくれました。健康経営とは、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること。企業が経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等、組織の活性化をもたらします。

つまり、健康経営は、最終的に、業績向上や組織としての価値向上につながるわけです。「従業員の健康保持・増進は、将来的に収益性や生産性を高める投資である」と藤岡氏は語ります。

実際、様々な研究により、個人の健康関連リスク(生物学的リスク・生活習慣リスク・心理的リスク)と生産性には、高い相関があることが分かっています。健康関連リスクとは、以下の基準で判定されるリスクのこと。

・生物学的リスク(①血圧、②血中脂質、③肥満、④血糖値、⑤既往歴)
・生活習慣リスク(①喫煙習慣、②飲酒習慣、③運動習慣、④睡眠・休養)
・心理的リスク(①主観的健康観、②生活満足度、③仕事満足度、④ストレス)

それぞれの健康関連リスクが高い人ほど、当然医療費は高くなり、欠勤の可能性も高くなります。そして、健康関連リスクが高ければ高いほど、生産性が低くなることも分かっています。

5. 「健康を意識せずに健康になれる環境」を作る

最後に、藤岡氏は、「健康を意識せずに健康になれる環境」を作ることの重要性について、解説してくれました。適切な健康経営を実践していくためには、健康無関心層へのアプローチが必要です。そのために大切なのは、「健康」に固執しないこと。「健康のために」と思わせないことです。その上で、自然に、健康につながるような行動を促すわけです。

例えば、イギリスでは、以下のような「減塩に向けた取り組み」が、国民には内緒で行われました。

・国が、加工食品中の食塩含有量を40%低減するという目標を設定
・その目標を達成するために、食品企業が共同して、パン・シリアル等の代表的な加工食品について、期限を決めながら食塩含有量の低減目標を自主的に設定
・国民が無意識のうちに減塩できるよう、段階的に食塩含有量を低減
・国が、食塩含有量の低減に関する食品企業の取り組みの状況を、国民に向けて公表

国民は、「健康のために減塩している」という意識がないまま、減塩していたわけです。上記の取り組みによって、24時間尿中ナトリウムの有意な減少(7年で15%ダウン)が見られました。さらに、医療費の大幅な削減につながったそうです。

また、「健康を意識せずに健康になれる環境」における、行動科学を活用した事例もあります。

・自転車をこぐことで携帯電話の充電ができる機械
・スクワット30回できたら地下鉄の切符が無料になるサービス
・思わず上りたくなるような階段のデザイン

皆さんも、ぜひ、身の回りの「健康を意識せずに健康になれる環境」を見つけてみてください、と藤岡氏は締めくくりました。

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