【講演&ディスカッション】健康づくりの未来 ~2040年に向けた挑戦~

[参加者]
■コーディネーター:あいち健康の森健康科学総合センターセンター長 津下一代
■経済産業省:ヘルスケア産業課 課長 西川和見
■スポーツ庁:健康スポーツ課 課長 安達栄
■厚生労働省:保険局医療介護連携政策課 課長 山下護

1.生涯現役社会の実現に向けて

「今後、国の施策としても、生活習慣病や老化による疾患への予防に力を入れていきます。その中で、公的保険外のヘルスサービスも活性化し、民間企業の皆さんからイノベーションが起こることを期待しています」と西川和見氏(経済産業省 ヘルスケア産業課 課長)。

人生100年時代と言われる今、若いうちから健康に気にかけ、長く元気に働き、人生を充実して過ごせるようにすることが大切になっています。企業においても、従業員の健康に投資する健康経営に注目が集まり、取り組む企業が増えています。

それというのも、従業員の健康に投資すれば、従業員が元気に生きがいを持って働けるようになります。そのことによって、生産性や創造性も高まり、組織の活性化、イノベーションが起こる可能性も高まるからです。

また、企業価値やブランド力も向上。外部からの評価も高まり、優秀な人材も獲得しやすくなるとともに、人材の定着にも繋がるなど様々なメリットを生み出します。実際、健康経営をしている企業は業績が伸び(※1)、離職率が低い(※2)傾向にあることがデータとしても出ています。

これは世界的傾向。2019年6月に大阪で開かれたG20サミットに関連したビジネス会合『B20東京サミット』でも、経済のインフラとしての健康経営が重要なトピックスとして取り上げられました。

また、今、注目すべきワードとして、「ESG投資」があると西川氏は言います。

ESG投資とは、従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと。企業の長期的な成長のためには、ESGが示す3つの観点が必要だという考え方が世界的にも広まってきていると言います。

健康経営もこのESGの中のS(Social)やG(Governance)に位置付けられるもの。

「健康経営でも、国から民間主導へ移行し、健康経営が自走化していくことが望まれています。そのためには、健康投資の見える化をしていく必要がありますし、評価制度も自治体やESG投資などによって行われるようになることを期待しています」

健康投資をする際に基準となるのが、健康投資管理会計ガイドライン。

「健康投資管理会計ガイドラインは、健康経営にすでに取り組んでいて効果分析や評価方法を模索している企業が利用すれば、効果的な投資方法や投資の拡大方法などについての分析・評価する際に役立つものです」

健康投資としては、人的投資、環境投資、外注費に分けられると言います。人的投資は、業務時間における健康活用、内製的に生じる人件費など。環境投資は、ジムや診療所等の設備投資、職場環境の改善などのマネジメントを実施する定性的なもの。外注費は、定期健診や産業医など法律で定められた取り組みや、サービス事業者などを活用する自主的な取り組みにかかる費用です。

企業による健康投資の具体例として、健康コンサル、エンゲージメントサーベイ、オンライン医療相談など全体戦略・管理に関連するもの。ジムやウェアラブル、健康セミナーなど健康的な生活を奨励するもの。さらに、がんなどの法定外検診、産業医(外部委託)、人間ドック、メンタルヘルス分析・介入、病気からの復職支援などの診断・検診関係が挙げられます。

これらから生まれるヘルス産業(公的保険外サービスの産業群)の市場規模は、2016年は約25兆円、2025年には33兆円になると推計されていると言います。

健康保持・増進に働きかけるものだけ見ても、健康経営を支えるサービス(診察事務代行、メンタル対策 等)、知(ヘルスケア関連アプリ 等)、運動、食、予防、睡眠、癒(エステ・リラクゼーション 等)、学・遊(健康志向旅行・ヘルスツーリズム)など多岐に渡ります。

生命保険会社では、契約者の健康度や行動変容に応じて、保険料の還元などを行う新たな保険商品を発売する動きが活発化していると言います。

例えば、東京海上日動あんしん生命『歩く保険』は、ウェアブル端末とスマホアプリを連動させ、歩数を記録。1日平均8000歩以上歩くと半年ごとの達成状況に応じて保険料の一部が還元される仕組み。第一生命『健康診断割引』は、健康診断の結果を提出すると最大2割保険料が安くなるものです。

「今後、これらのビジネスが活気づき、ヘルス産業の市場はさらに巨大なものになるでしょう。その中で、それぞれの業界が自主基準を設けながら、利用者(消費者)が安心してサービスを利用できる環境整備を図っていってほしい」と西川氏は言います。

(※1)健康経営度調査上位20%の総合得点過重ポートフォリオを、2014年3月末から保有した場合、TOPIX指数を比較すると5年間で30%程度の超過リターンが示された。

(※2)全国平均11.6%のところ、健康経営優良法人2018の離職率は3.8%、健康経営銘柄2018の離職率は2.7%。

2.スポーツを通じた健康増進の取組

平成27年10月に設置されたスポーツ庁。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会などの開催国として,政府一丸となった準備が必要だったからというのが設立の一つの理由。そして、

「アスリートだけでなく、全ての国民の皆さんにスポーツをする機会を確保すること。それによって、健康長寿社会、地域や経済の活性化を実現させ、スポーツで社会をより良く変えていくという大きな目的があります」とスポーツ庁の安達栄氏(健康スポーツ課 課長)。

第2期スポーツ基本計画2017年4月~2022年3月)でも、国民がスポーツをすることで、「人生」が変わる! 「社会」を変える! 「世界」と繋がる! 「未来」を創る! という4つの指針を打ち出しています。

特に、2019年からの3年間はオリンピックだけでなく、メガスポーツイベントも目白押し。ラグビーワールドカップ(2019年9月20日~11月2日)は社会現象となるほどの大きな盛り上がりを見せ、日本流行語大賞に『ONE TEAM(ワンチーム)』「ジャッカル』『にわかファン』『笑わない男』などがノミネートされました。

観戦などでは大いに盛り上がりを見せるスポーツですが、一方、運動不足が原因で亡くなる人が毎年5万人もいると言います。

特に、20~59歳という仕事が忙しい世代では、週1回以上スポーツを実施する人が約半分。逆に60~69歳は62.5%、70~79歳は75%と年齢が高くなると時間に余裕もでき、運動する人の割合が多くなります。

また、スポーツをしない・できない理由としては、「仕事や家事が忙しいから」が45.1%。続いて「面倒くさいから」(28.4%)、「年をとったから」(26.4%)。

「現在、成人全体の週1回以上のスポーツ実施率は55.1%ですが、これを65%程度にするということが、第2期スポーツ基本計画における目標となっています」

スポーツ実施率を向上させるための施策の一つが、『スポーツ・イン・ライフ プロジェクト』。
例えば、朝に運動する「あさ活」、夕方から運動をする「ゆう活」などを推奨。

ウォーキング、水泳、ヨガといったものはもちろん、通勤時に歩いたり、階段を使ったりするなど「生活の中にスポーツを」というのがコンセプト。

ビジネスパーソン向けの取り組みとしては、『FUN+WALK PROJECT』。これは「歩く」に「楽しい」を組み合わせて、「歩く」を習慣化するプロジェクトです。底が柔らかく歩きやすい革靴やビジネスシューズ、スニーカー、リュックサック、ストレッチ素材のスーツなどのスタイルで、通勤時間や休憩時間、昼休みなどの隙間時間を活用して、歩くことからスポーツのきっかけづくりを図るというものです。

厚生労働省とスポーツ庁が連携し、『健康寿命を伸ばそう!アワード』や横浜スタジアムでヨガのイベントなども開催。これからの5年間でスポーツの価値をさらに高め、日本の未来にレガシー(遺産)を残す施策に積極的に取り組んでいくとのことです。

3.健康産業に関わる皆様と考えるこれからの特定健診・特定保険指導

「10年後、日本の総理大臣が誰か? 日本の円は、対ドルでいくらか?といった質問に正確に答えられる人はいないでしょう。未来はなかなか予測できない。ですが、10年後、確実に起こることがあります。それは、今より10歳年をとるということです」と語りかける山下護氏(厚生労働省 保険局医療介護連携政策課 課長)。

その中で、年齢を重ねても、「明るい未来が待っている!」と思える社会にしていくことが大事であると言います。

「2008年4月より始まった特定健診・特定保険指導も、保険者さん、ヘルスケア事業者さんなどの努力で広がりを見せ、経済産業省さんやスポーツ庁さんとの連携などもあり、健康への意識が高まってきています。

特定健診・特定保険指導についても、これをしないといけない、という義務感ではなく、こうしたら面白い、成果が出るんじゃないか、と保険者さん、ソリューション提供者さんなど皆さんと意見交換をしながら、より良い施策を打ち出していけたらと思っています」

山下氏はアジアの市場にも注目していると言います。

「というのも、10年後、10歳年をとっているのは人類の共通のこと。特にアジアでは、高齢者の数が2020年に4億人を超え、将来的には13億人にもなります」

アジアの途上国の中間所得層が増え、衣食住が足りてくると健康や教育に投資するようになり、アジアはヘルス産業においても巨大な市場になってくると言います。

「世界に先駆け、高齢化を経験する日本は、将来のアジアの国々の未来の姿でもあります。ですから、どんなサービスや仕組みを作っていくのか、どんな社会を作っていくのかといったことにアジアの皆さんも注目しています」

4.ディスカッション

津下:皆さんから大変貴重なお話を伺うことができました。明るい話題も多かったですね。これからさらに健康づくりを推し進め、発展させるためにはどうすればいいかとお考えになっていますか?

西川:一つには、民間主導にしていくこと。JISやISOのように業界ごとにテストをするなどして基準、ガイドラインを設け、商品やサービスの質を向上させていく。そのことで、ユーザーも安心して商品やサービスを利用できるようにしていくことが大切です。
そういった取り組みはすでに始まっていますので、私たちも後押しをさせていただきたいと思っています。

津下:なるほど。糖尿病や高齢者といったふうに、それぞれが自分の健康状態や年齢などに合わせて最適なソリューションがすぐに見つかるような仕組みになるとより良いですね。それと、運動は大事だとわかっていてもなかなかできない。

安達:そうですね。週1回以上している人の割合が55.1%ですからね。スポーツそのものを楽しむのもいいですが、例えば、商業施設に買い物に行ったとき、ついでに運動ができる環境があったりすれば、日常生活の中で自然と運動することが習慣化し、気がつけば健康になっていたというのもいいですね。

津下:特定健診・特定保険指導などは、データを活用することでさらにできることが広がっていくのではないですか?

山下:はい。今、PASMO、Suicaなどは交通機関だけでなく、買い物やレストランでの支払いに使えますから、どんな行動をしたか、食事をしたかということも記録され、個々の活動量や摂取カロリーなどもわかるようになっています。ですから、「こんなライフスタイルにしたら健康になれますよ」といったこともさらに提案できるようになるのではないでしょうか。健診についても、こうあるべきだ、という時代ではなく、もっと自由に柔軟に行えるようになると思います。

津下:現在でも、特定健診で2800万人のデータもありますし、今後、ビッグデータで様々なデータが集まると活用の仕方も変わってきますね。

西川:全くその通りで、以前は使えるデータそのものがあまりありませんでしたから、そういう意味でも特定健診があって本当によかった。そして、特定健診でわかってきたこともたくさんあります。当初はメタボ対策に主眼が置かれており、それは中年のワーカホリックなタイプの人の対策としてとても効果的でした。その一方、若い女性の場合、メタボというより、月経やメンタルヘルスの対策が大事であることがわかってきています。2040年に向け、フレイル(加齢により心身の機能や活力が低下した状態)、認知症、女性の健康づくりなどに役立つデータを集めていくことも大事になりますね。

山下:本当にそうですね。40歳以上の女性は、特定健診でデータを集めることができますが、それ以前から病気の兆候が始まっている人も多くいることでしょう。働き始めたら、何らかの健診は受けるので、今あるデータでも、できることがありますね。データ分析によって、20代、30代の人のリスクがわかれば、もっと早く保険者が介入することもできるようになります。

津下:そうですね。愛知県では30歳、35歳全員に健康教育を行っていますし、若いほど健康強度を高めることができますから、それはとても重要なことだと思います。皆さんのお話を聞き、2040年に向け、データを活用することで様々な可能性が開かれていくことを確信しました。本日はありがとうございました。