健康経営の名づけ親による健康経営実践セミナーの講演レポート(第2回)
1. 睡眠不足はアルコールによる酩酊状態と同じ?
睡眠について、アメリカではgood sleepと呼ばれていて、その取り組みが早くから取り入れられています。1993年にアメリカで行われた良い睡眠のためのキャンペーンである『Wake Up U.S.A』を元に田中氏が名付けたWake Up Japanという言葉をキーワードにしている、と田中氏は話しました。今回のセミナーでは日本人のための心地よい睡眠と目覚め、コツやポイントなどについて実践的な解説を中心に行われました。
人間は、16時間続けて覚醒していると酩酊状態、つまりアルコールを摂取して酔っている状態のパフォーマンスしか発揮できないと言われています。睡眠不足の状態に陥ると、睡眠負債を2〜3日の間に解消しないと体に負担がかかってしまいます。
健康をつくるために欠かせない睡眠についての知識を向上させることが、健康経営となり企業戦略ともなり得るのです、と田中氏は説明しました。
人はなぜ眠るのでしょうか。睡眠には、体と脳の疲労を回復させる、ホルモンの働きを促す、免疫機能を活性化させる、記憶を固定・整理させるなどの役割があります。
そのため、問題のある睡眠は健康上の大きなリスクとなってしまいます。睡眠不良に陥ると、高血圧、うつ病、肥満、糖尿病、脳卒中、心筋梗塞などのリスクが高まります。
不眠と労働負荷とメンタルヘルス不調には、非常に密接な関係性があります。心理的ストレス、長時間労働、生体リズムの乱れが起きると、睡眠不足や不眠症になりやすくなります。さらに、その状態が続くとうつ病も発症しやすくなる、と図表を用いて田中氏は説明しました。
2. 実はこんなに差がある不眠による医療費負担
睡眠状況と直接医療費を調査すると2008年に不眠症状が全くない人では2012年の年間医療費平均が約8万円だったのに対して、不眠症状が1つある人は約9万円、2つある人は約12万円、3つある人では約13万円と右肩上がりに上昇していることが分かります。
このことから、毎日の睡眠は健康づくりには欠かせず、その質が低下することで医療費の負担も多くなってしまうと言える、と田中氏は話しました。
睡眠不足は、注意力や作業能力、学習能力を低下させて、事故やエラーのリスクを高めます。16時間以上眠らないで仕事を続けても、作業能力は上がりません。
25時間を超えると体内時計の働きでやや上昇が見られますがごくわずかです。
また、睡眠不足による経済損失についての調査(2016年ランド研究所)では、GDPに占める割合で日本は2.9%の損失があると考えられており、これは米国2.3%や、英国の1.9%と比較して大きくなっています。また、会社に出社していても、パフォーマンスを発揮できていない状態であるアブセンティーズムの損失額は睡眠休養をとった場合と比べて、約33万円もの差額が出るという調査結果(企業の「健康経営」ガイドブック〜連携・協働による健康づくりのススメ〜平成28年改訂版)もあります。
3. 実際に企業内で行われている睡眠教育とは
それでは、具体的にどのように睡眠衛生教育や保健指導は行われるのでしょうか。まずは、「対象者の選定」(全員or希望者、スクリーニング実施)が行われます。その後、「睡眠衛生教育」について約1時間、全体でのセミナーを行い、その後に「睡眠状態の把握」を行います。
ここでは、睡眠日誌をつけることや睡眠に関する質問票を活用します。その後、「個別の保健指導」に進みます。睡眠習慣のチェックや具体的な睡眠の保健指導が行われます。例えば、睡眠のスケジュール法やリラクゼーションなどの指導がこの部分に含まれます。
そして、最後にメールや面談などで「フォローアップ」を行い、睡眠に関する質問票や定期健康診断、簡易睡眠計などによる評価を行います。この一連の流れが睡眠についての教育や指導の基本となります。
4.睡眠不足のチェックポイントと睡眠の仕組み
●日中の眠気が強い(12時〜15時を除く)
12時から15時は基本的に眠くなりやすいので省きます。この時間以外で眠気があるということは、睡眠不足や睡眠の質が悪いことをあらわしています。
●休日は普段より2〜3時間以上長く眠る
これは非常に重要なポイントで、睡眠負債を抱えていて解消する必要があることをあらわしています。例えば、週末にいつもより遅くまで眠るという方も多いかもしれませんが1〜2時間程度までが限度です。3時間以上長く眠るのは長いと言えます。
睡眠を考えるうえで、ノンレム睡眠とレム睡眠に関する知識も重要になる、と田中氏。ノンレム睡眠は脳の休みとなり、脳が冷やされて疲労回復や成長ホルモンなどが盛んに分泌され、免疫の働きを活性化します。
一方、レム睡眠は体の眠りと言われており、体の筋肉は完全に弛緩していますが脳は活発に動いているため、記憶の整理をし、夢を見る時間となります。眠った後に深いノンレム睡眠(脳の休み)、その後はレム睡眠(体の眠り)と浅いノンレム睡眠が繰り返されてやがて覚醒します。
睡眠には2つの仕組みがあります。目覚めていた時間の長さや活動量に応じて、疲労や眠りに関する物質が蓄積すると、体が睡眠を求める力が高まります。これを「睡眠圧」と呼んでいます。
さらに、これには体内時計機構が大きく関わっています。体内時計により、日中は活動し夜に眠るというリズムが生まれます。朝になると、深部体温(脳の温度)が上昇し、活動のための神経(交感神経)が活発になります。夜になると、眠りのホルモン(メラトニン)が分泌されて休息のための神経(副交感神経)が働きます。
このバランスにより、眠りと目覚めのリズムが繰り返されています。良い睡眠のためには、脳の温度が勢いよく下がることが必要、と田中氏は説明しました。
5. 良い睡眠のための具体的な実践方法とは
●毎日同じ時間に起きて太陽の光を取り入れましょう
朝は体内時計を合わせて体のスイッチをオンにすることが大切です。目が覚めたら早めに日光を取り入れます。2500ルクス以上で15〜30分以上浴びると効果的です。太陽光は8時半から9時頃までが最適で、朝の通勤も体内時計のリセットにうまく働きます。10時以降は効果が下がります。
●規則正しい食生活を
体内時計を合わせるための大事な習慣である朝食を欠かさないようにすることが大切です。また、夕食は早めにすませるように心がけましょう。食事をとると内臓に血液が送られて、脳の温度もアップします。
●規則的な運動習慣を
運動にも体内時計を合わせる働きがあります。体が疲れることで睡眠圧が上昇し、眠りが深くなります。日中の体温を上げることで体温勾配(体温が下がること)が大きくなることも良い睡眠につながります。
●睡眠2〜3時間前の軽い運動や入浴で体温の勾配を
眠る少し前に体温を上げることで、次に体温が下がる勾配が強くなり寝付きやすくなります。額に軽く汗をかく程度の運動を、眠る直前ではなく2〜3時間前に行うことがポイントです。入浴は42度以上では高すぎて覚醒してしまうため、39度程度のお湯に浸かりましょう。
●夕方以降はカフェインをとらない
カフェインは30分経つと覚醒作用が効き始めるのですが、持続時間は4〜8時間と言われています。そのため、夕方以降に飲むと快適な睡眠の妨げとなります。タバコも同様です。
●毎日の寝酒は不眠のもと
アルコールは数時間後に覚醒作用が高まります。尿量も増加させるので、睡眠中の途中覚醒につながり、結果的に睡眠の質と量が落ちます。毎日の飲酒は避けて2〜3日に1回など適度に飲むようにしてください。
●刺激を避け、眠るための環境を整えましょう
ブルーライトは覚醒作用があるため、寝る前のパソコン、ゲーム、スマホの利用が控えましょう。夜間の照明は間接照明や暖色系の照明を。また、寝室は暗く静かな状態に保ち、温度は暑すぎず寒すぎないようにします。
●リラックスするための睡眠儀式を
ヨガ、ストレッチ、音楽鑑賞、アロマキャンドル、呼吸法など自分のリラックス習慣を見つけましょう。
●休日の過ごし方に気をつけましょう
休日との睡眠時間の差は2〜3時間までとし、寝坊しすぎないようにしましょう。休みの日も朝に太陽の光を取り入れるようにします。また、昼寝をするなら15時前までの30分以内におさえましょう。それ以上とるとその日の夜の睡眠を妨げます。
以上に紹介した方法でも、良い睡眠が確保できないという場合にはさらに2つ方法があると田中氏は続けます。
まず、一つ目の方法は眠るときだけベッドに入るという方法です。眠れないのにベッドに入ることで悪循環が起きてしまいます。そこで、ベッドに入ると眠くなるという良循環をつくるようにするというものです。
2つ目の方法は、遅寝・早起きをするということです。いつもより早く寝て睡眠時間を多くとろうとすると体内時計は後ろにずれてしまいます。遅寝では睡眠圧が高まることで熟睡でき、翌日には早めの眠気の出現が期待できます。ただし、昼寝は厳禁です。
最後に、もし次のような症状がある場合には産業保健スタッフか睡眠専門医に相談してほしい、と田中氏は締めくくりました。
1. 長時間眠っても日中の眠気で仕事・学業に支障がある場合
2. 睡眠中の激しいいびきや呼吸停止
3. 下肢のムズムズ感や異常運動
4. 睡眠薬を飲もうかと考えたとき