データヘルス見本市 主催者セミナー:健康経営の新しいカタチ「ウェルビーイング経営」とは
1. 健康経営とモチベーション評価
昨今、マスメディアが「健康経営」について積極的に報道している影響で認知度が高まっているなか、とりあえず取り組んでいるという企業が増えているのが現状です。
しかし、実際に取り組んでみても、その効果や何がどう良くなったのかというモチベーションとなる尺度が意外に少なく、どう評価して良いか分からないというお声が非常に多くなっています。
日本全体に働き方改革や多様性が浸透していくなかで、健康経営への取り組みは果たして成果につながっているか、費用や時間をかけることに意味はあるのか、いう疑問が生まれています。
そのため、健康経営に対する取り組みに対する成果を「見える化」し、モチベーション評価を行うための研究、何が指標となるかについて公衆衛生の研究者とともに研究していると森永氏は話し、セミナーが始まりました。
2. 健康経営と見える化がうまくいかない現状
まず、健康経営という言葉の定義についての再確認ですが、特定非営利活動活動法人健康経営研究会・岡田邦夫氏の提案をもとにした言葉となっています。
健康経営は、「利益を創出するための経営管理と、生産性や創造性向上の源である働く人の心身の健康の両立をめざして、経営の視点から投資を行い、企業内事業として起業しその利益を創出すること(岡田,2015)」が基本となっています。
これは、生産性と心身の健康の両立を目指すマネージメントとなっており、健康という福利の上に生産性の向上も見込むこととなっています。健康経営を、シンプルに当たり前のこととして続けていくことで従業員のメンタルヘルスも向上させ、さらに利益を出していくことが基本にあります。
しかし、実際は健康経営に投資してもすぐに結果に結びつかない、利益が出ないのではないか、という懸念があることが問題となっている、と森永氏は警鐘を鳴らします。
健康経営に取り組む企業への評価方法として、経済産業省と東証とが共同して、健康経営銘柄と健康経営優良法人(ホワイト500)を選出しており、参加企業は年々増加し、注目度が高まっています。
その影響もあり、企業内においても出きていることとそうでないことを「見える化」したいという意見が多く、実感されている企業の担当者も多いのではないでしょうか。森永氏が大学で実際に携わっている学生の中でも、トレンドは就職する会社はブラックではないかどうかがメインとなっていることを痛感するとのこと。
ホワイト企業に直接つながる健康経営を実施してきちんと評価できているかが鍵となりますが、実際にはできていない企業がほとんどなのが現状です。そのため、持続可能な経営状態を保つためには、健康経営についての情報収集を欠かさず、いち早く取り組み、評価していく必要が生じます。
3. 健康経営のメリットと課題
ここで健康経営に取り組むメリットを改めて確認しましょう。メリットは大きく分けて4つありますが、まず1つ目は「医療費の削減」です。少子高齢化となっているなかで医療費の増加は大きな問題となっています。
2つ目は「メンタルヘルス対策」です。2000年以降メンタルに問題のある人が増加傾向にあることから、健康経営はその対策としても有意義です。
そして、3つ目は「業績の向上」なのですが、現状では企業や組織の業績と健康に関する成果は切り離して考えていることが多くなっています。
4つ目は「ブランド価値の向上」、さらに人材確保の観点からもメリットがあると考えます。
しかし、3つ目の「業績の向上」については実感がまだないという企業がほとんどです。そのため、会社としてどのように取り組むか、どう説明するかを明確にした上で、会社として評価検証したいという声が多くなっています。
健康経営が注目される理由としては、健康が生産性の低下と深く関係しているという再認識の高まりが考えられますが、その一方でモチベーションの向上やプレゼンティーズムの改善などが課題となっています。現状は厳しく、健康経営調査参加企業の30-50%のみが効果検証を実施、さらにそのうち15-30%のみが効果を実感しているというのが現状です。
健康経営のプロセスと課題をまとめると、
①経営理念・方針
②組織体制
③制度・施策実行
④評価・改善
これら4つの土台の下に
⑤法令遵守・リスクマネジメントがあります。
トップダウンの③制度・施策実行、④評価・改善を支えるためには、①経営理念・方針、②組織体制を整える必要があります。まずは、企業トップのコミットを引き出すことが必要不可欠である、と森永氏は説明します。
①経営理念・方針、②組織体制に対しては、少しずつ浸透していますが、次第に③制度・施策実行、④評価・改善へ問題意識が移っています。
例えば、企業内で運動会、健康診断などを実施しているが、メンタルヘルス部門とうまく連携や統合されていない場合、バラバラの体制では健康経営を評価することが難いため、組織全体で取り組む必要があります。
また、広報との連携がなければ従業員へ健康経営の取り組みに対する浸透を行うことができません。
本当に参加してほしい従業員、若い従業員にどう周知していくかも鍵となります。健康経営の取り組みに積極的に参加する従業員は、もともと健康意識が高く、施策の必要がない傾向があります。
また、評価として運動会を実施してどのような波及効果があるかを考える必要がありますが、どうやって何を評価すれば良いかが不明、その後いかに制度を進めていくかが分からないという壁に直面しています。皆様も思い当たるところがあるのではないでしょうか。
4. ウェルビーイングとは
ウェルビーイングは「幸せ」などと訳されることがありますが、実はその言葉の起源は古代ギリシャの哲学者アリストテレスまで遡ることができます。
ウェルビーイングとは、「人の人生に対する評価を示したり、最適な心理的機能や経験をしめす幅広い概念(Sonnentag,2015)」とされており、主観的ウェルビーイング、心理的ウェルビーイング、さらに仕事面のウェルビーイング(ワーク・エンゲージメント)が主体となっています。
ウェルビーイング経営の枠組みでは、アメリカで考えられている心理的健康職場に基づき、様々な既存概念を代用して用いており、概念の多様性や組織ごとの課題に合わせた柔軟な測定やデザインが可能、となっている新タイプの健康経営のスタイルです。
アメリカの心理的健康職場では、HR(ヒューマンリソース)施策として、ワークライフバランスや健康と安全という考え方から、従業員のウェルビーイング(身体的、精神的健康、ストレス)までつながります。
さらに、組織的成果として、生産性の向上や離職率の低下、アブセンティーズムの改善などの「評価」を行うところまでが基本となっています。健康そのものの施策よりも評価をどのように行うかということが重要となります。
健康経営の先にあるウェルビーイング経営の考え方は大きく分けて3つあります。
1つ目は、ハイリスクアプローチで、健康診断などを通じて特定疾患に対するリスクが高い人向けです。
2つ目は、職場環境に関する制度・施策となっています。
そして、3つ目はポピュレーションアプローチです。これはリスクが高い人だけではなく、健康である従業員も含めて組織全体を対象とする取り組みとなっています。
1つ目、2つ目はすでに実践しているが3つ目のポピュレーションアプローチは業務が多くてなかなか実践できていない会社が多い、と森永氏は説明しました。
例えば、設備や施設を整えるだけでは、従業員は満足することができません。健康と成長が感じられ、仕事ができると評価や認知されて、褒められるといったようなポピュレーションアプローチは、会社主体で一体感を持って進めることが必要です。
職場を改善することに加えて、健康への理解を高めることで、生産性向上という成果につなげることを基盤に、従業員と管理者の両者が発想の転換を行うことが大切である、と森永氏。
ウェルビーイングには、肉体的・精神的健康に加えて、モチベーションや一体感が必要です。「目的としての健康」から「手段としての健康」へ、位置付けを拡張することが重要です。
5. ウェルビーイング経営の実践例
すでにウェルビーイング経営への取組み例として、SCSK株式会社、株式会社フジクラが紹介されました。難しいように感じられるウェルビーイング経営ですが、意外に取り組みやすい内容もあることをご確認いただけると思います。
SCSK株式会社は、4年連続で健康経営銘柄に選出されており、2011年度から短期間で成果をあげるための取り組みを行っています。
残業時間削減や有休取得の推奨、行動習慣(ウォーキング・朝食・休肝日・歯磨き・禁煙)の改善を組織や個人単位で行っています。働きやすさ、働きがいにも着目しており、経営陣による強力な推進、インセンティブにも取り組んでいます。
株式会社フジクラでは2000年代後半から取り組んでおり、2011年の中期経営計画に取り入れて長期的に関わっており、2018年健康経営銘柄に選出されました。
早期発見・復職支援だけでなく予防や健康習慣の増進、フィジカルだけではなくメンタル、個人やチームで取り組むなど総合的なであるところが特徴です。
例えば、昨今の研究で歩きすぎも良くないという意見から、推奨する1日の歩数は8000-8500歩を目安としています。また、それぞれが自発的に行うことを主体としています。
施策を実施する前に検討すべきポイントは5つあります。
①トップのコミットメントは得られるか
②何に取り組むか
③どのように取り組むか
④施策の成果をどのようにとらえるか
⑤施策に従業員をいかに巻き込むか
この5つがポイントとなります。これらのなかでも、①と⑤はヒトをどう動かすかということ、さらに①②③に関しては実証的な取り組みが達成への近道となります。
さらに、実証的な取り組みの具体例として「HHHの会」が紹介されました。HHHとは、Health、Human、Happinessの3つの頭文字をとったものです。
2016年に発足した健康経営のポジティブな側面に注目する研究会で、17社で構成されています。健康増進の取り組みが、従業員の仕事に対するやる気や職場における自発的行動を喚起し、企業と従業員双方にとっての幸せにつながること、について研究しています。
経営陣主導の取り組みとして、共通施策や共通質問票による効果測定と知見の導入を行っており、実践している15社が主体となって、数ヶ月ごとに経営者や委託された責任者が職場での成功例の共有などを行っています。
健康増進施策の例として、個人で目標設定を行い実践する施策のほか、自発的に行動できない従業員対策としてチームでSNSを通じて賞賛(いいね!ボタン)を行い、野菜が多く食べられる近隣のレストランを伝えあうなどの情報共有をしています。
また、施策全体ではチームポイント制を導入し、チーム対抗戦として優秀チームの表彰を行っています。個人ではなくチームで取り組むことがモチベーションアップにつながります。
また、上位だけではなく5位、10位までのチームにもインセンティブを与えることも効果的で、チームで取り組むことで怠け癖のある人も取り組みやすくすることが可能となります。
施策の設計方法としては、まずは事前調査でコミットメントを設定し、100日間(3ヶ月間)実践を行った後、施策前後でどう変わったかを事後調査します。
これまでのところ、仕事のやりがいの向上に関する大きな変化は見られないということですが、チームのコミュニケーション、自発的な行動をする機会が増えて、従業員がお互いを支援しあえる環境が整いつつあるという意見が多く聞かれています。
このような施策を行うためには、開始前にメールなどで通知するだけではなく、各チームで責任者を定めて集まってもらい、キックオフイベントを開催するなどの工夫が大切です。
健康経営の先にあるウェルビーイング経営では、施策に関心のない人を楽しみながら実践してもらえるようにうまく巻き込み、広く浸透させていくことが重要です。
健康経営の次のトレンドになることも考えられるウェルビーイング経営は、ポジティブで取り組みやすい側面が多くあります。健康経営と合わせて取り入れることで、両方を同時に進められる可能性もあることから、さらに良いスタイルで健康経営を行うことにもつながるでしょう。
一度施策を行った後には、どのように変化させていくことができるかを研究していくことが非常に大切かつ有意義に進めることができるのではないでしょうか、と森永氏は締めくくりました。