【IKIGAI企業インタビュー】人事・労務は従業員。ESで人と地域をつなぐ新しい経営のかたち(有限会社人事・労務)

有限会社人事・労務は東京都台東区に本社を置く、人事・労務に特化したコンサルティング会社で、「修己治人(しゅうこちじん)」を理念にES(人間性尊重)経営を推進しています。2008年には日本ES開発協会を設立し、ES向上を目的とした情報共有の場を積極的に提供しています。今回のインタビューでは、 ES経営を推進することになった背景や日本ES開発協会を通じて実現を目指す社会のあり方についてお話を伺いました。(インタビュアー:健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役  熊倉 利和、マイプロジェクト代表取締役/IKIGAI WORKS取締役 須子 善彦)

〔有限会社人事・労務〕

矢萩大輔(有限会社人事・労務 代表取締役)

金野美香(ヘッドESコンサルタント/一般社団法人日本ES開発協会 理事長)

1.「修己治人」を胸に、未経験分野で起業

――本日は、よろしくお願いいたします。まず、有限会社人事・労務について教えてください。

矢萩社長:弊社は、人事・労務に特化したコンサルティング会社です。元々は総合社労士事務所として創業し、1998年に法人化して「有限会社人事・労務」を設立しました。

主に労務管理や人事に関するコンサルティング、行政指導などの業務を提供しており、特にコンプライアンスや労働法関連の支援に強みを持っています。近年では、ES(従業員満足)*1を軸とした組織づくりにも力を入れており、2008年より日本ES開発協会の運営を開始。ESの高い状態を創り、企業の成長を支えるため、ES向上に役立つ情報共有の場を提供しています。

――矢萩さんは、有限会社人事・労務を創業される前から社会保険労務士(以下「社労士」と称する)の仕事をされていたのですか?

矢萩社長:いいえ。実は、創業前は総合建設企業に勤めていました。会社員時代に労災事故に遭遇し、その際に社労士の先生に大変お世話になりました。こんなに素晴らしい仕事があったのかと感銘を受けたことがきっかけで、働きながら社労士資格を取得しました。

その後、26歳で開業したのが有限会社人事・労務の前身となる社労士事務所です。それから、恩師となる社労士の先生と出会い、インターンをさせていただき、人事・労務を創業するに至りました。開業当初はお金も経験も人脈もなく、知り合いの社労士たちからは「それでは、なかなか大変だよ」と言われていました。

――なるほど、行動力が素晴らしいです。未経験分野での起業は苦労も多かったのではないでしょうか?

矢萩社長:そうですね、苦労もありました。面接などの実務経験も不足していたため、周囲の社労士や税理士から「人を雇うのは難しいよ。1人でやった方が良い」と言われていました。ただ、その言葉に屈することはなく、座右の銘である『修己治人』*2を胸に行動し続けていきました。その際に弊社第一号として採用したのが金野です。

金野を採用したときも、「女性を採用してどうするの?どうせすぐに辞めてしまうよ。矢萩さん、ちょっとピントずれてない?」と言われたこともあります。しかし実際には、金野は会社を離れるどころか、現在もヘッドESコンサルタントとして活躍しながら日本ES開発協会の理事長も務めています。

この経験は年齢や資格の有無、性別などに関係なく、多様な人財を採用する考えにつながっています。

2.成果主義経営からES経営へ

――“ES”という言葉が出てきましたが、創業当初からESを意識した経営を行っていたのですか?

矢萩社長:いいえ、そうではありません。創業当初は成果主義で、起業したからにはとにかく「業績を上げたい!」という気持ちが強かったです。

意識が変容したのは、先ほど言った恩師である社労士の先生からの影響です。先生は“社労士”という仕事に対して社会的意義を持って活動されており、地域と人の関わりはもちろん、横のつながりを大切にしていました。当時、社労士会会員に向けて広報誌を作成し、1000~2000部印刷。それをすべて無償で配布されていました。そのような姿を見て、地域、社会での社労士としてのあり方を学びましたね。

また、転機となったのは、社長に寄り添ってせっかく作った成果主義の人事制度のお披露目会のその時に、経営者と従業員がお金に関わることで揉め、「俺たちの生活はどうなるんだ」「まだローンも払わないといけないのに!」と罵声が飛び交ったケースがあったと聞きました。さらに、ボトムアップ型の市民創発イベントにコミュニティづくりの担当として関わったことです。

この話を聞いて成果主義で目標を管理していると、社長と従業員の関係に軋轢を生みやすくなると感じました。極端な話、会社でトラブルが起きた際の解決策が「お金」だけになると、“働く=お金が全て”という考えに辿りついてしまう。これでは、働くことがただの作業に感じられ、非常につまらないですよね。

このとき、初めて自分がやっている“仕事”とは何だろうと立ち止まり、人事制度や社内規則は従業員のためのサービスであり、商品であることに気が付きました。そこから“ES(従業員満足≒人間性尊重)”という考えが生まれたのです。

――働く人への真摯な想いを感じます。その経験が日本ES開発協会の設立にもつながるのでしょうか?

矢萩社長:はい、「日本の未来の“はたらく”を考える」という思いから活動を始めました。しかし、当時は成果主義、CS(Customer Satisfaction)*3最盛期の時代で、ESの認知は低く、情報も少ない状況。そこで、仲間の社労士と共にESを高めるために何ができるのかを探究してみようという話になったのです。ESの高い企業はCSも高いと聞き、その点でもESを理解する価値があると感じていました。

――そうだったのですね。日本ES開発協会設立や認知度を向上させるのは大変だったと思います。どのように進めていったのですか?

矢萩社長:ES協会の認知度向上には、私の所属していたJC(青年会議所)の影響が大きいと思います。2003年頃からCSR(企業の社会的責任)が注目され始め、JCでもCSRの活動が始まっていました。同時期に私たちはESの向上に取り組んでおり、JCに所属しているビジネスパーソンたちも興味を持ってくれました。

実はESとCSRも相性がよいのです。企業がCSRを果たすには、まず、従業員に浸透させる必要があります。そこで、私たちが提案したのが「ESクレド」です。クレドとは信条・心がまえのことで、一般的には経営者が作ることが多いと思いますが、ESクレドは従業員が主役となって作るものです。その結果、ESの向上も期待でき、従業員自身でクレドを考える経験を通じてCSRについても理解が深まるのです。

弊社単独ではここまでの成果を出すことは難しかったと思いますが、JCとの繋がりが私たちの活動を支える大きな強みとなりました。

3.日本ES開発協会が創る新たなつながり

――日本ES開発協会設立後の具体的な活動などもお聞きしたいと思います。ES向上のため、協会会員へどのような施策を提案しているしょうか?

金野理事長:まず、日本ES開発協会からはフィールドワークのような場所を提供します。日頃は、人事・社労の業務で関わっている企業にそのワークに参画していただき、その場を創るためのメンバーとなっていただきます。

例えば、私たちの主催するグリーンフェスという春日部市で行っているお祭りにも弊社の顧問先企業が出店しています。私たちは普段、顧問と顧問先という関係性ですが、お祭りに参加しているときはフラットな関係性で協力し合い、イベントの成功に向けてブースの運営に全力で取り組んでいます。このような機会を提供することが私たちの役割だと思っています。

イベントを通じてテントを一緒に設営したり、ブース運営を行ったりすることで、普段の人事・労務の業務では見られない新たな一面をお互いに発見できる貴重な機会となります。また、これをきっかけにお客様とのご縁も広がり、さらに多くのつながりが生まれる可能性を大いに感じています。

――今後、日本ES開発協会で取り組んでいきたいことはありますか?

金野理事長:はい、今後もES経営を推進する企業を増やす取り組みを続けたいです。日本ES開発協会を設立する以前、私はESコンサルタントとして職場内でのES向上に関する提案や指導を行う立場でしたが、協会設立後は活動の幅が広がり、企業や地域とのつながりも一層深まりました。

これからは、従業員一人ひとりが現状の働きがいに加えて、将来のキャリアや生きがいを見つけられるよう、私たちES協会が企業内部からサポートし、ガイド役を担っていきたいと考えています。

――なるほど、コミュニティー活動による多様な可能性を感じました。

4.“田心カフェ”が地域と人をつなげる

――今回、有限会社人事・労務併設の田心カフェを見学させていただきました。こちらのカフェはどのような特長があるのでしょうか?

矢萩社長:2020年に始めた“田心カフェ”は、“農業と食を通して地域とつながろう”をテーマにしたコミュニティカフェです。農業や食に想いを持って集ったボランティアが中心となって運営しており、地元で栽培した無農薬野菜やワイン、珈琲などの販売も行っています。

――田心カフェの近くには大学がありますよね。学生さんがボランティアとして活動することもあるのですか?

矢萩社長:はい、ありますよ。食や農業に関心のある近隣の農業系大学や千葉大学の学生が田心カフェを実験の場として活用していますし、就労支援のセミナーにも使用していただきました。もちろん、社会人の方も活用しています。

――地域とつながれるだけでなく、共通の想いを持った人と出会える場はとても貴重だと思います。温かいエネルギーを感じる素敵なカフェですね。

5.ES経営が企業の価値を上げる

――成果主義経営からES経営に移行する中で、人事・労務さんはどのように変化をしたのでしょうか?

矢萩社長:そうですね、以前と比較し、行政書士部門での業務が活性化しています。企業の定款を新たに作成する際も、従来の経営者や株主のみならず、従業員、地域、そして自然環境までも考慮した『六方よし』の経営を提案しています。私たちはこれを『アート定款』と呼び、従業員一人ひとりに寄り添い、持続可能なES経営を目指しています。

あとは、これまで社会保険や社内規定の整備といった部分的な業務が中心でしたが、最近では企業全体に深く関わり、人事制度の導入から組織体制の構築に至るまで、包括的な支援を行うケースが増えたのも変化の1つですね。

――ES経営を推進する中で、人事・労務さんの企業価値がますます高まっていると感じます。今後のビジョンについてお聞きしてもよろしいでしょうか。

矢萩社長:これからも、働く人と社会をつなぐ架け橋としての役割を果たしていきたいです。具体的には、中高齢者のやる気を引き出し、定年後も地域で活躍できる仕組みを創りたいですね。

現状では、定年が近づくと仕事への意欲が低下することが多いですが、今の仕事を通じて培ったスキルは定年後も社会に貢献できると思っています。従業員に社外への視点を持ってもらい、定年まで高いモチベーションとエンゲージメントを維持してもらうことが課題です。

高齢者が社会で活躍すれば、地域の活性化だけでなく、健康寿命の延伸や医療費の削減といった社会的なメリットにもつながります。今後は、この健康経営やES経営の考えを社外に広めることも私たちのミッションだと感じています。

【取材後記】

矢萩社長と金野理事長のお話から、「ES経営」に対する強い信念を感じました。企業の成長だけでなく、従業員一人ひとりに寄り添い、社会や地域、自然環境との調和を大切にする「六方よし」の経営方針は斬新かつ重要な視点であり、多くの企業にとっても学びとなるでしょう。

また、地域とのつながりを深める「田心カフェ」の取り組みは、農業と食を通じて人々を結びつける現代社会に必要な場所だと感じました。

ES経営が企業の枠を超え、社会全体をより良くしていく力を持つことを確信し、今後の日本ES開発協会のさらなる発展に期待が高まる取材となりました。

<企業データ>

会社名:有限会社人事・労務

事業内容:組織・人事コンサルティング人材育成・研修人材アセスメント・サーベイ社会保険労務士・他士業給与計算・代行

所在地:〒111-0036 東京都台東区松が谷3-1-12松が谷センタービル5F

資本金:700万円

社員数:社員数 30名 

*1 ES(従業員満足):企業の経営資源の一つである従業員が、働いている自社の仕事に誇りを持ち、志高くやる気をもって取り組んでいる状態のこと。 参考:日本ES開発協会より

*2 修己治人(しゅうこちじん):自分の修養に励んで徳を積み、その徳で人々を感化して、世を正しく治めることをいい、儒教の根本思想。 参考:三省堂 新明解四字熟語辞典

*3 CS:Customer Satisfactionの略称で、顧客満足度のこと。購入・利用した商品やサービスに、顧客がどの程度満足したかを数値化したものを指す。 参考:リクルートマネジメントソリューションズ

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