【セミナーレポート】健康経営から始める中小企業の人的資本経営
2023年2月8日、ヘルスケア IT(於:東京ビッグサイト)の中で開催された『健康経営から始める中小企業の人的資本経営』。人的資本経営とは、人を企業の“資本”と捉え、その価値を最大限に引き出すことで企業を成長させるという考え方。「健康経営と人的資本経営の関係とは?」「どうすれば中小企業の課題を解決できるか」などの話が展開され、大変意義深いセミナーとなりました。
〔参加者〕
平野 治(健康経営研究会 副理事長)
木下 力哉(三幸土木 代表取締役社長)
宮路 浩貴(三幸土木 企画業務部 部長)
〔司会進行〕
熊倉 利和(健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役)
目次
1.平野氏講演「人を資本化するために必要なこと」
まずは、様々な大手企業のマーケティングに携わる日本のトップコンサルタントであり、健康経営の生みの親でもある平野治氏による講演が開かれました。
「健康経営を作ってから18年ほど経ちます。なぜ作ったかというと、一つは労働生産人口が減っていく中、人を資本として捉え、さらに活躍できるようにする必要があったから。もう一つはインターネットの普及も含め、産業構造が大きく変わり、人の配置が流動的になるであろうという視点からです」
2021年には健康経営の進化版を発表。それは、健康経営とは健康管理ではなく、人という資本を活かして、会社や社会に活かすためのものであるということを明確にするため。
「経営戦略には大きく言えば二つのやり方があり、一つは経営のルールを作るゲームメイキング。もう一つがチームビルド(メンバーのスキルや能力、経験などを最大限に引き出し、目標を達成できる組織づくり)です」と平野氏。
日本人が得意としているのはチームビルドだと平野氏は指摘します。たとえば、昨年(2022年)のサッカーワールドカップで日本が好成績を残せたのも、選手一人ひとりのスキルの高さだけでなく、チームとなることでその強さが増したため。サポーターが試合後、会場のゴミ拾いをしたり、選手がロッカールームをキレイに掃除してから帰るといったことも、日本人のチームビルドでの優位性を示すエピソードだと言います。
平野氏は、『健康経営戦略ピラミッド』の図を使い、人的資本経営と健康の関係について説明します。それによると、まず人として必要となる“健康管理”や“健康づくり”が土台としてある。そして、その上に“働きやすさ”“働きがい”“生きがい”が積み重なっていきます。
「健康経営や人を資本化するために重要となるのが“働きやすさ”“働きがい”“生きがい”。そして、社会との関係性も大事です。会社の中の評価だけでなく、社会から評価されることが企業の成長に繋がっていきます」
また、平野氏は日本人の仕事に対する意欲、エンゲージメントの低さを指摘します。日本は労働時間が長いことで知られており、OECDの中でも2番目です。それなのに生産性はOECD 35カ国中21位。エンゲージメント(熱意溢れる社員)に至っては139カ国中132位となっています(米ギャラップ社調査)。
「これを見ても、働きがい、やりがいを高めていくことが喫緊の課題であることがわかりますし、エンゲージメントを高めることは、人を資本化できるかどうかの大きなポイントです。働いがいと経済成長は同期します。エンゲージメントを高めると企業も成長していきます。では、どうやって従業員のエンゲージメントを高めていけばいいのでしょうか。それを考える上で、三幸土木さんの事例がとても参考になります」
2.熊倉講演「健康経営と人的資本経営の深い関係」
続いて熊倉の講演では、『人的資本経営実現のためのフレームワーク』についての説明がありました。
このフレームワークは、伊藤レポート(一橋大学教授であった伊藤邦雄氏を座長とした経済産業省の報告書。特に『人材版伊藤レポート2.0』は、人的資本経営をどう具体化し、実践に移していくかを主眼としてまとめられている)を元に作成したものです。
『人的資本経営実現のためのフレームワーク』は、一番上に『経営理念・パーパス』があります。それを実現するための人的資本経営(経営戦略・人財戦略)があり、『ステークホルダー・社会貢献』に繋がるという構造になっています。
「人的資本経営と健康経営はとても深い関係にあります。特に健康経営と合致するのは、社員エンゲージメント、場所や時間にとらわれない働き方などで、これは中小企業においても取り組みやすいものです。リスキリング、リカレント教育、さらにダイバーシティ&インクルージョンなども健康経営の中から発展系として実現していけるでしょう」
この『人的資本経営実現のためのフレームワーク』を三幸土木さんに当てはめてみます。
まず経営理念・パーパスとして『新建設業の実現』や『家族に胸を張れる会社』があります。それを実現するため、3Kや昔ながらの徒弟制度という業界のイメージを、健康とICT(情報化施工、ドローンによる空撮テスト、重機・ダンプの日報管理アプリの開発・導入など)で一新するという経営戦略があります。
経営戦略と対の関係で実践する人財戦略としては、新建設業を実現できる人財づくりと採用。この人財戦略では健康経営が大きな役割を果たし、三幸土木さんにおいては、40項目にも及ぶ健康経営プログラム/イベントの開催、キャリアアップ面談、働きやすさ+防災を兼ねた職場『レジリエンスセンター』の建設などが挙げられます。
「さらに三幸土木さんの事例で掴んでいただきたいのが、事業を通じて社会貢献をすることが従業員の働きがい、生きがいに繋がるということ。たとえば、三幸土木さんは愛知の会社でありながら、東日本大震災が起こるやいなや復興支援に駆けつけていますし、最近も大雪の時、高速道路での立ち往生の救助を行なっています。そうやって人や地域、社会の役に立つ仕事をしているということが、従業員の働きがい・生きがいにもなるということです」
3.パネルディスカッション 「中小企業における人的資本経営」
最後に、三幸土木のお二人(木下社長、宮路部長)と平野氏、熊倉によるパネルディスカッションが開かれました。
まず宮路部長から動画を交え、三幸土木さんの健康経営の取り組みについての説明がありました。この動画は2022年11月に東海地方のローカル番組『輝く!東海の企業たち』で放送されたものの短縮版とのこと。自社農園で採れた野菜を使った料理教室など三幸土木さんの健康経営の取り組みを紹介されています。
宮路:当社では、2014年から健康経営に取り組んでおり、現在ではウォーキングや禁煙チャレンジなど40項目の健康施策をおこなっています。動画内でも紹介があった自社農園で取れた野菜を使った料理教室は、昨年(2022年)5月にオープンしたレジリエンスセンターで開いています。このレジリエンスセンターは、社員のレジリエンス(回復力)を高める目的のほかに、地域の防災拠点としての役割も果たしています。
熊倉:本社をレジリエンスセンターにしたことにより、社員さんや取引先など周りからはどんな反応がありましたか?
木下:社員も会社がキレイになったと喜んでいますし、地域の方々からは「災害が起こった時も安心できる建物ができた」と言ってもらえています。その一方、当社は建設業。飲食店さんなどと違い、建物自体が直接営業に結びつくわけではありません。建設業なのだから、建設機械など直接お金を稼ぐものに投資したほうがいいのではないかと他社の経営者から言われることもありました。
ですが、人に投資することは、数字としては現れなくても、実にたくさんの大切なものを得られることを、健康経営を通じて実感していましたので、レジリエンスセンターの建設に迷いはありませんでした。
平野:会社の資本とは、ヒト、モノ、カネと言われます。モノ(設備や製品)、カネ(経営資金)は財務的にも資本に入る。一方、ヒトだけは人件費。つまりコストです。今、盛んに賃上げをしろと言われますが、人件費を上げると聞くと、コストが嵩むと捉えてしまう。これは本来おかしい話です。賃金を上げるというのは、人への投資を増やすということ。そういう意味でも、今の木下社長のお話はとても示唆に富んでいます。
熊倉:素晴らしいお話です。そもそも三幸土木さんは、どんな想いで健康経営を始められたのでしょうか?
木下:当社が健康経営を始める下地になっているのが、人とのコミュニケーションであり、社員が成長するために企業がどう関わり、どうバックアップしていくかということ。その一つの取り組みがキャリアアップ面談です。まず社員本人がマイプラン(目標)を作成し、上司と面談。部長以上の管理職がそれをさらに吟味。最終的には私や役員が3週間かけ、一人ひとりと面談するというもの。これを年に2回、合計4ヶ月かけて行なっています。
キャリアアップ面談の目的は、社員一人ひとりの個性を理解し、才能を引き出すこと。社員本人はもちろん、「どうすれば人は成長できるのか」といったことを考えることにもなり、管理職の成長する機会にもなっています。このキャリア面談を25年以上続けてきたことが、健康経営や人的資本経営に繋がっていると伊藤レポートを読みながら改めて感じているところです。
熊倉:平野さんも先ほどの講演で、日本企業の大きな問題点はエンゲージメントの低さだとおっしゃっていましたが、今のお話とも繋がるのではありませんか?
平野: そうですね。2048年には日本の人口は1億人を切ると言われていますし、2025年問題(団塊世代が75歳以上の後期高齢者となり、日本が超高齢化社会に突入)もあります。それは人資本が減るということ。人資本をどう活性化するか、エンゲージメントをいかに高めていくかが今、大きな課題となっています。
熊倉:なるほど。人口が減り、労働力も減っていく中、それをどうやって補っていくかということが経営上の課題だということですね。その点、生涯現役を実現できる環境を三幸土木さんは整備されています。
木下:はい。元々私たち建設業は、経験工学的な部分もかなりあります。それに加え、DXも進み、体力は衰えたとしても、それまで培ってきた知識や経験で補える環境になってきています。そのため65歳や70歳になっても生産性や年収は維持できますし、その後も、本人の得意分野を活かして活躍してもらえます。
実際、当社には80歳で働いている人がいて、会社の農園の管理をしながら、営業もしてもらっています。先ほどお話したキャリア面談は、その人の個性や得意分野を見つけ出し、年齢が高くなってもどうやったら活躍できるかを考える場でもあるんです。
平野:ライフステージを年齢で考えてしまうと定年がありますが、マルチステージで考えると定年はなくなります。年齢で捉えると、人口減少によって働き手が減っていきますが、年齢の高い人がリスキリングなどに取り組めば、労働生産人口も増える。三幸土木さんのような会社が増えれば、労働生産人口の問題もカバーできますし、それが今後の中小企業の大きなテーマになるのではないでしょうか。
熊倉:本当にそうですね。それと、三幸土木さんの取り組みを見ていると、企業として社会貢献をすることが従業員の働きがい、生きがいに繋がることを思い知らされます。
木下:ありがとうございます。東日本大震災の際も復旧活動に携わらせていただきましたが、当時は「コンクリートから人へ」ということが盛んに謳われていた時代。当社の社員も自信を失いかけていた部分がありました。
それが被災地に行き、4ヶ月、5ヶ月と復旧活動をしていく中で、みんなが自信を取り戻して元気になっていきました。仕事を通じて人や社会の役に立ち、感謝される。それが社員の働きがいや誇りになり、当社の掲げる「家族に胸を張れる会社」へと繋がっていきます。
【取材後記】
健康経営にいち早く取り組み、人的資本経営に繋げている三幸土木さんをお迎えして開かれた今回のセミナー。健康経営と人的資本経営はとても深い関係にある。健康経営と人的資本経営により、社員のエンゲージメントを高め、人材を人財にする。仕事を通じて人や社会に貢献することがエンゲージメントを高めることになる。まさに健康経営の立ち位置やこれからのあるべき姿、可能性が提示され、中小企業が抱える課題を解決するヒントがたくさん詰まったセミナーとなりました。
<企業データ>
会社名:三幸土木株式会社
事業内容:土木建築一式工事/建築資材の販売/砕石、砂利の採取及び販売/産業廃棄物処理業/全各号に付帯関連する一切の業務
所在地:(日進本店)〒470-0103 愛知県日進市北新町北鶯91-5
資本金:3千万円
社員数:94名