【浅野製版所】健康経営をベースに組織を変革。人の可能性を広げ、会社を成長させる[後編]
長時間労働が常態化する中、従業員が疲弊。離職者も多く、人財採用にも苦労していた浅野製版所さん。産業カウンセラーをはじめとした社員が健康経営をベースとした組織改革に着手。労働時間の削減、効果的な人財採用、受注増加、コロナ禍対策へと繋げていきました。(インタビュアー: IKIGAI WORKSチーフコラボヘルスオフィサー 中家良夫)
〔株式会社浅野製版所〕
■新佐 絵吏
経営企画部 課長 兼 新商品開発室 産業カウンセラー 健康経営エキスパートアドバイザー
■田中 真吾
新商品開発室 室長代理 セールスマーケティング担当責任者 健康経営アドバイザー
■川瀬 和子
新商品開発室 室長代理 商品開発担当責任者 健康経営アドバイザー
目次
1.健康経営で受注増加と人財採用に成功
――健康経営を推進したことで生まれたメリットはありますか?
新佐さん:はい。お客様からの引き合いも増えています。と言うのも、社員が心身ともに健康で前向きに仕事に取り組んでいることは、ある意味、品質の保証にもなります。そのため、お客様としても安心して当社に仕事をご依頼いただけるのだと思います。
田中さん:そうですね。お客様間の口コミ効果もありますし、健康経営をしていることは営業する上でもアピールポイントになります。私自身、健康経営アドバイザーの資格を取っており、そのことを話すと「健康経営にお詳しいのですね。じゃあ、社内で使う健康経営のツールの制作をお願いできませんか」といったご依頼もいただきますし、今までとは違った方面や分野のお仕事の依頼のきっかけづくりにもなっています。そのため、広告代理店さんだけでなく、一般のお客様からの引き合いも増えています。
――新佐さんは採用の担当もされているとのことですが、健康経営を始めてから人財採用への影響はどうですか?
新佐さん:2012年頃は、人材紹介会社を使わないと人財を採用することができない状況でした。そのため、1人を採用するのにも莫大な費用がかかっていました。その理由は単純で当社の知名度が低く、ホームページでの情報発信も弱かったから。どうやったら当社のことを知ってもらえるのだろうか。悪い会社ではない、働きやすい会社であるということを求職者に伝えることに苦心していました。
それが、ワークライフバランスに取り組み、健康経営の認定をいただけるようになると、ホワイト企業だという認識をしてもらえ、求職者のほうから問い合わせの電話がかかってきたり、大学から「新卒採用の会社説明会に来てくれませんか?」と依頼が来るようになりました。
川瀬さん:一度辞めた人が戻ってくることもありますよね。
新佐さん:そうそう。他社で辛い思いを経験した人が、「やはり浅野は社員の健康に気遣ってくれているし、働きやすい会社だ」と当社の良さに気づいて戻ってきてくれたりすることがあります。
紹介で社員の知り合いが入ってきてくれるケースも、健康経営を始めてから増えました。ですから、今は人財採用の費用をあまりかけずに済んでいますし、ここ5年くらいは人材紹介会社も利用していません。
――離職率の変化はありますか?
新佐さん:私が入社した頃は、20代、30代の社員もよく辞めていました。当時は、長時間労働でしたし、「仕事が辛い」「未来も見えない」と長く安心して働ける会社と思ってもらえず、辞めてしまう社員が多かったですね。近年も離職者はいるものの、以前と違うのは、辞めた人の多くが大手企業に入社していること。「この会社が嫌だから」というのではなく、前向きな理由なのが嬉しい。そして、転職先で当社に仕事を依頼してくれます。
田中さん:辞めてしまったのは残念ではありますが、同じ釜の飯を食った仲間。辞めた後も良好な関係を築けています。
2.残業なしで成果を上げるモデルケースに
――健康経営を進める流れの中で、新商品開発室も立ち上げたということですが、新商品開発室についてもう少し詳しく教えてください。
川瀬さん:はい。動き出したのは、去年(2021年)の7月ですね。
新佐さん:そうですね。ちょうどその頃、健康経営の啓蒙や浸透させるためのグッズも必要になりますし、サポート部門が欲しいと私が口にしたところ、「会社にとって健康経営は大事なことだし、PRにもなる。ウチには制作や印刷の設備もあることだし、技術を持つ社員も揃っている。健康経営のグッズづくりを積極的に取り組んでくれ」と会社から許可をもらいました。
それで制作にいた川瀬とイラストレーターに声をかけ、社内で使うグッズの制作を始めました。そんな時、営業部から新しいアプローチ先を探したいという話を聞きました。「私たちは健康経営関連のグッズを作れるから、お客様に提案してみてよ」と軽い気持ちで言ったりしているうちに、「もっと本格的にやろうよ」となり、それで田中ともう一人に営業担当として入ってもらい、2021年12月に新商品開発室として正式に発足しました。
新商品開発室の仕事としては、すでにカレンダーを制作してカレンダー展で入選したり、健康経営のグッズに限らず、社員が制作したものを販売する小売ルートを開拓するといったことを始めています。
新商品開発室の特徴として、制作、営業、経営企画と全部署の人がいて協力しながら仕事を進めているところ。例えば、営業担当の田中が外に出ている時に私たちは調べ物をしたりとサポートします。営業同士で集まっているメリットもありますが、ある意味、営業同士はライバル関係にもなりますし、相談しにくかったり、売上目標を達成するために一人で頑張らざるを得ない部分があります。
田中さん:そうですね。私は営業部から新商品開発室に移ってきました。以前は、「こんなことできませんか?」とお客様から相談を受けた場合も、一人でアイデアを考えたり、資料作りを行っており、その時間を捻出するのにも苦労していました。
今は部署内に営業、制作、経営企画と多様な人財がいて、ぞれぞれの視点から意見やアイデアを出し合ってくれます。例えば、「このお客様に対してはこういう営業方法やアプローチの仕方しかできなかった」と言うと、「いや、こんな記事が載っていたよ。参考になるんじゃない」「他社でこういう手法を取っているところがあるよ」とメンバーそれぞれの得意分野やコネクションを基に、違った業種や専門家の意見、情報も教えてくれたりもします。そのお陰でお客様のニーズに合った精度の高い提案ができ、売上も上がっています。
結果が出ると、「こんなことをやってみよう」「これもできるんじゃないか」といった前向きな気持ちにもなります。今までとは違った領域に足を踏み込むチャレンジングな姿勢で仕事に取り組めるようになっています。
新佐さん:それと労働時間も減っていますね。新商品開発室では、効率よく仕事をし、残業を極力しないことを大切にしています。
川瀬さん:そうですね。私も以前は月に130時間くらい残業していましたが、今はいかに勤務時間内に終わらせるか、生産性を高めていくかを心がけており、仕事が終われば真っ先に帰っています(笑)。
新佐さん:新商品開発室は、残業をすればするほど評価される、残業すれば売上が伸びるといった価値観を打ち破るための部署でもあります。本来、全員が残業せずに成果を出せることができたら、それがベスト。ですが、いきなり全社でやるのは難しい部分もあります。だからこそ、私たち新商品開発室がモデルケースになりたい。そのために今、新商品開発室のメンバー10人で必死に頑張っているところです。
3.楽しく仕事をし、自分の限界を超える
――健康経営の推進、新部署の立ち上げなど様々なことに尽力されてきましたが、これからのビジョンは何かありますか?
新佐さん:はい。新商品開発室が行っているのは、みんなで支え合いながら短時間で成果を上げるためにはどうすればいいかという試み。「人事や人財活用はこうあるべき」「心理的安全を確保するためにどうするか」といった書籍や研究結果はたくさん出ていますが、私たちはそれを実地で行っていると言えます。
会社が大好きとまではいかなくても、明日、会社に来ることが苦痛ではなく、安心して働けるという程度になれば、健康経営としては成功なのではないかと思っています。そして、ある程度年齢がいっても、やり方によっては大いにポテンシャルを引き出せることも証明したい。
川瀬さん:私は今、2週間に1度、営業戦略会議に参加しています。「次はどこに営業をかけるか」「どこにポイントを置くか」「こういった提案ができるのではないか」といったことを話し合う会議です。私はその会議をとても楽しみにしているんですね。というのも、今までは営業が取ってきた仕事をただやるだけでしたが、「営業はこういう動きをしているんだ」「こういうところを気にしないといけないんだ」ということを知れ、「どうやったら売上をもっと上げられるんだろう」と一緒になって考えることが楽しいんです。
新佐さん:川瀬は元々、画像処理で高い技術を持っており、まさにトップの人。でも、それだけでなく、営業的、経営的な視点も持っていたので、言われた仕事だけをする作業者で終わらせるには余りにももったいなかった。営業担当者と同じ空間にいることで、これまで埋もれていた能力を引き出せるのではないかと思ったんです。
田中さん:お客様と一番接しているのは営業である自分。ですが、自分で自分の限界を作っていたところがあります。例えば、「去年も一昨年もこのお客様からはこれくらいの発注しかないから、増やすことはできない」と自分に言い訳をしていました。ところが、新商品開発室では「いや、同業者はこんなやり方をしているよ」「この会社さんについての情報が新聞に載っていたよ」とメンバーから言われ、それを参考にしながら提案すると「そういうやり方をしてくれるのなら、御社への発注を検討してみます」とお客様からも言われ、一歩先に進めます。逆に言うと、限界をつくらせてくれない(笑)。
新佐さん:そこは厳しくやりますよ(笑)。私たちは営業の現場を知らない分、好き勝手なことを言うのですが、営業からすると新鮮な視点や意見だと受け入れてくれます。今までとは違う広がりを見せてくれ、それぞれのメンバーが乗りに乗っていますね。新商品開発室が一つの起点となり、健康経営の裾野をさらに広げ、一人一人の可能性を引き出しながら会社を成長させられる存在になっていきたいと考えています。
【取材後記】
まさに健康経営の新たな可能性を指し示してくれている浅野製版所さん。社員の健康を大切にするのは当然、その上で一人一人の可能性を引き出し、会社を成長させることが健康経営の目的であることを証明するチャレンジを続けています。浅野製版所さん、そして新佐さんをはじめとした新商品開発室の皆さんは、社内だけでなく、日本の健康経営の理想のモデルづくりに取り組んでくれています。
<企業データ>
会社名:株式会社浅野製版所
事業内容:画像処理・デザイン・プランニング DTP・フォトレタッチ・印刷関連事業
所在地:本社(制作部)〒104-0045 東京都中央区築地3-14-2
資本金:1,000万円
社員数:50名