【浅野製版所】健康経営をベースに組織を変革。人の可能性を広げ、会社を成長させる[前編]

長時間労働が常態化する中、従業員が疲弊。離職者も多く、人財採用にも苦労していた浅野製版所さん。産業カウンセラーをはじめとした社員が健康経営をベースとした組織改革に着手。労働時間の削減、効果的な人財採用、受注増加、コロナ禍対策へと繋げていきました。(インタビュアー: IKIGAI WORKSチーフコラボヘルスオフィサー 中家良夫) 

〔株式会社浅野製版所〕

■新佐 絵吏

経営企画部 課長 兼 新商品開発室 産業カウンセラー 健康経営エキスパートアドバイザー

■田中 真吾

新商品開発室 室長代理 セールスマーケティング担当責任者 健康経営アドバイザー

■川瀬 和子

新商品開発室 室長代理 商品開発担当責任者 健康経営アドバイザー

1.長時間労働で疲弊する社員たち

――まずは浅野製作所さんの事業内容について教えてください。

田中さん:はい。新聞・雑誌、Webなどの広告データ作成(製版)や印刷を行なっており、お客様は広告代理店や新聞社をはじめとした大手企業さんが中心です。

――今年(2022年)で創業85周年とお聞きしました。長い歴史の中でお客様と信頼関係を培ってきたことだと思いますが、特に大手企業さんとの取引が増えたきっかけのようなものはありますか?

田中さん:はい。当社は30年くらい前までは印刷会社の下請けとして業務を行なっていましたが、もっと川上から仕事ができないかと考えた営業担当者の発案がきっかけとなって大手企業さんとの直接のお付き合いが始まり、ビジネスの領域も広がっていきました。ありがたいことに「品質の浅野」と言っていただけており、技術力に秀でていたからこそ大手企業さんから継続してお仕事をご依頼いただけているのだと思います。

――そんな御社が健康経営を始めたきっかけは?

新佐さん:私は2012年に中途入社しましたが、その前から長時間労働が常態化しており、退職する社員も少なくありませんでした。一番大変だったのは2007年頃でほとんどの社員の長時間労働が100時間を超えた上、その後しばらくはサービス残業もあったと聞いています。

田中さん:そうですね。私は営業担当なのですが、朝9時に出社し、早くて夜9時に退社。終電近くになることも週に3日程度ありました。

新佐さん:制作はもっと大変だったのでは?

川瀬さん:そうですね。2003年くらいからは深夜まで働くようになっていました。というのも、もともとお客様からの入稿が遅く、夜中は当たり前で朝の6時に入稿ということもありました。なんとか仕事を終わらせても朝9時にはまた出社しないといけないという日が1週間続いたりもしていました。

当社は業界に先立ちデジタル化を進めてきました。入稿時間の問題だけでなく、デジタル化に対応できるのが当時は当社しかなかったことも、仕事量が過多となる原因となっていました。

新佐さん:それで2007年にはもうこれ以上、社員に無理をさせられないと経営者も判断。就業規則で無理のない働き方を定め、残業時間も徹底的に管理するようにもなりました。とはいうものの、私が入社した2012年時点では、上司が残っているうちは部下は帰れないといった昔ながらの慣習がまだまだ残っている状態でした。

2.健康経営と全員面談をスタート

――そのような状態の中、健康経営をどのように推進していったのですか?

新佐さん:最初はワークライフバランスの取り組みから始めました。2015年当時はワークライフバランスという言葉が流行り、働き方改革に注目が集まっていたこともあり、「ウチでもワークライフバランスに取り組もう」と浅野光宏専務(現社長)が言ったことがきっかけとなりました。

その言葉を聞いて、「じゃあ、私がやります」と手を挙げ、ワークライフバランス推進を私が担当することになりました。制度ややり方を調べていくうち、健保さんのホームページで健康経営について知りました。健康企業宣言の申請に必要な項目を見ていくと、当社に当てはまるものが多く、「いける。やってみよう」となり、健保さんが支えてくれたお陰で「金の認定」も初回に取ることができています。

それとともに、産業カウンセラーの立場で全社員の面談にも力を入れました。私は入社以来、採用の仕事もさせていただいていますから、今いる入社10年以内の社員は大学生の頃から知っていることになります。

新卒で入社して以来、その人たちとずっと話をし、昇進したり、結婚してお子さんが生まれたりということもずっと見てきましたし、健康についても産業医と私とでやり取りしてデータを把握しています。さらには人事評価も私が担当。ですから、私という一人の人間の中に全社員の個人情報が詰まっていることになりますね(笑)。その分、社員一人一人の抱えているもの、背景などを理解しやすい状況にありますので、的確な人財活用に繋げていけるというのは当社の強みにもなっていると思います。

――社員を仕事だけでなく、一人の人間として掘り下げて理解することに努めているのですね。

新佐さん:いや、そんなに美しい話ではないかもしれません。私が産業カウンセラーの養成講座の中でよく言われたのが、客観的に聴くということ。というのも、あまりにも社員に感情移入して寄り添い過ぎると会社の運営に支障を来す恐れも出てきます。そのため、会社のためになるかどうかというところで線引きはしていますし、人財活用においても、基本的にはいかに会社全体を最適化できるかということで動いています。

例えば、新部署の立ち上げやキャリアパスでもこの面談が活かされています。昨年(2021年)、新商品開発室という部署を立ち上げていますが、それまでの面談の中で社員の話を聞いているうち、「この人は今いる部署にいるよりも新商品開発室で働いてもらったほうが力を発揮できる。それが会社のためになる」と判断した人に移ってきてもらいました。

――いや、驚きました。産業カウンセラーとしての面談が新事業の立ち上げや人財活用などにも活かされているのですね。

新佐さん:はい。社員の中には何か新しいことに挑戦したいという人は必ずいますし、特にこの川瀬、田中などは勉強熱心。新商品開発室という新しい部署で期待以上の活躍をしてもらっており、今、新商品開発室が自走し始めています。

3.現場の反対に合いながら働き方を転換

――健康経営を推し進める上での課題や壁となったものは何でしたか?

新佐さん:有給休暇、年間休日を増やすといった取り組みをしていたのですが、肝心の仕事のやり方までは変えることができていませんでした。そうすると結局、労働時間が減った分、仕事が詰まってしまうという状況になります。休みが増えたのはいいものの、平日にやることが増え、特に休みの前日の残業時間がとても長くなっていました。

現場も混乱し、揉めに揉めました。特に「制作などのクオリティを追求する仕事を時間で区切ることは不可能だ。せっかく技術の浅野と言われているのに、それを継承できなくなる」という反対意見が出て、休みを増やそうという会社と、今までのように納得いくまで仕事をしたいという人たちとの間で意見が真っ向から対立。実際、辞めてしまった人も少なくありませんでしたし、中には一度にスタッフを引き連れて辞めてしまうケースもありました。

また、スタッフが辞めてしまうのは会社にとって打撃ではありますが、「一時の利益よりも社員の健康が大事だ」という浅野専務の方針を伝えられたので、私たちも働き方改革や健康経営を推し進めることができました。

それで営業部、制作部など各部署が集まって業務フローの改善を話し合い、会社もDX化の投資をしてくれたりと、2016年頃から本格的に組織改革が始まりました。もしあの時、浅野専務が社員の健康よりも利益優先でやってくれとなっていたら、前に進むことはできなかったと思います。

4.ボトムアップで自走する組織に

――特に中小企業の場合、健康経営を推進するにあたってはトップの旗振りが大切だと言われますが、御社は社員が中心的な役割を果たしていますね。

新佐さん:ワークライフバランスや健康経営をスタートできたのは経営者の鶴の一声や、絶対にやり抜くという信念があってのものでした。ですが、実際の進め方についてはあまりタッチせず、「社員が健康で働いてくれればそれでいい」というスタンスで見守ってくれました。そのお陰で私たちは自由に健康経営に取り組めました。

確かに、他社さんの例をお聞きしますと、健康経営は経営者が主導するケースが多かったですし、経営者が旗を振らないと健康経営はできないという認識も当時は強くありましたので、当社はボトムアップで社員が中心になって進めていますという話をすると驚かれました。それはコロナ対策でも同じ。経営者からは「とにかく社員の命と健康を守れ」という大きな方針だけを伝えられ、具体的な方法については私たちに一任してくれました。

田中さん:コロナ禍でも社内の動きが早かったですね。

新佐さん:そうね。2020年1月にコロナ禍が始まるとすぐに対策に入り、在宅勤務の規定と感染症のBCP(事業継続計画)の立案、社内体制などは2月の末に整備され、4月の頭には7割が在宅勤務となりました。

――すごいスピードですね。それができたのは、健康経営によって社員が自ら動く、自走するという企業風土が培われていたからではないでしょうか。

新佐さん:そうかもしれません。健康経営も新しいことに挑戦することが楽しいと思えるメンバーと一緒に取り組んできました。「こういうグッズを作ったら面白いよ」とベテラン社員もアイデアを出してくれて、全社に広がっていきました。「健康経営がうちのチャームポイント、強みなんだ」ということが本当の意味で浸透してきたのは、この1、2年だと思います。

【取材後記】

経営者の想いを汲み、社員がボトムアップで健康経営を推進している浅野製版所さん。業界の慣習ともなっていた長時間労働を改善したのはもちろん、健康経営を社員の心身の健康のためだけでなく、組織や企業風土を変えるツールとして活用しています。後編では、健康経営を推進することで生まれたメリット、また健康経営の推進で重要な役割を果たしている新商品開発室についてじっくり伺います。

<企業データ>

会社名:株式会社浅野製版所

事業内容:画像処理・デザイン・プランニング  DTP・フォトレタッチ・印刷関連事業

所在地:本社(制作部)〒104-0045 東京都中央区築地3-14-2

資本金:1,000万円 

社員数:50名

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