「価値に基づく医療」とは?健康経営や健康投資の重要性について
目次
1. 高齢化社会の実情
岡田邦夫氏は、まず、「高齢化社会の実情」について語ってくれました。
皆さんは、日本の総人口や、総人口における高齢者の割合について、考えたことはあるでしょうか?2015年時点での日本の総人口は約1億3000万人、そのうちの高齢者の割合は約26%です。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、2050年の総人口は約1億人、高齢者の割合は約36%。さらに、2115年の総人口は約5000万人、高齢者の割合は約38%と推測されています。
つまり、日本の総人口は年々減少していくが、高齢者の割合はむしろ高くなっていきます。人口減少問題・少子高齢化問題について、どのくらい真剣に考えていますか?と岡田氏。
さらに岡田氏は、皆さんは何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいですか?と続けます。現在仕事をしている全国60歳以上の男女を対象とした、内閣府「高齢者の日常生活に関する意識調査」によれば、「働けるうちはいつまでも仕事をしたい」という回答が最も多く、全体の40%を占めていました。
つまり、多くの高齢者は、「働きたい」という意欲を持っているわけです。しかし、実際に働いている高齢者や、仕事を探している高齢者は、決して多くありません。
では、なぜ、収入を伴う仕事に就くことを希望しながらも、仕事を探さない高齢者が存在するのでしょうか?その理由の大半を占めるのは、「適当な仕事がありそうにない」と「健康上の理由のため」の2つです。現状、日本社会では、高齢者が活躍できる環境が整備されているとは言いにくいでしょう。
また、心身ともに健康で、高いパフォーマンスを発揮できる高齢者の数は、思っているより少ないはずです。65歳を超えれば、体力的にも衰え、何らかの病気を抱えていることもあるでしょう。そのため、働きたいけれど仕事を探さない高齢者が増えているのです。
岡田氏は、高齢者の介護問題にも触れています。65歳以上の要介護者における「介護が必要となった主な原因」は、以下の通りです。
1位:認知症
2位:脳血管疾患(脳卒中)
3位:衰弱
4位:骨折や転倒
5位:関節疾患
上記の中でも、特に問題視されているのは、やはり「認知症」でしょう。日本における認知症患者の数は、年々増えています。2020年時点での認知症患者数は600万人程度ですが、2060年には1000万人を超えるとも予測されています。
また、岡田氏は、アルツハイマー病の後天的危険因子と防御因子についても、詳しく説明してくれました。簡単にまとめると、以下の通りです。
【アルツハイマー病の後天的危険因子】
・頭部外傷
・糖尿病
・収縮期血圧
・高コレステロール血症
・喫煙
上記に当てはまる場合、アルツハイマー病になるリスクが高まります。
【アルツハイマー病の防御因子】
・適量の飲酒(ワイン250~500ml/日)(少量及び過剰摂取と比較して)
・身体運動(全く運動しない群と比較して)
・教育歴(15年以上)(12年未満と比較して)
・スタチン
上記の防御因子によって、アルツハイマー病のリスクを下げることが可能です。
岡田氏は、アルツハイマー病の後天的危険因子でもある「糖尿病」について、注意を促しました。世界的に見ても、糖尿病患者は急増しており、今後もさらに増加していくと予測されています。ちなみに、ガンの原因の6%は、肥満と糖尿病です。
また、糖尿病は、アルツハイマー病だけでなく、血管性認知症の発症リスクも高めるそうです。運動不足や食生活の乱れを感じている人は、今からしっかりと対策を講じてください、と岡田氏。
また、岡田氏は、平成30年における「主な死因の構成割合」を紹介しました。具体的には、以下の通りです。
・27.4%:悪性新生物(腫瘍)
・15.3%:心疾患(高血圧性を除く)
・8.0%:老衰
・7.9%:脳血管疾患
・6.9%:肺炎
・3.0%:不慮の事故
・2.8%:誤嚥性肺炎
・1.9%:腎不全
・1.5%:血管性および詳細不明の認知症
・1.5%:自殺
・23.6%:その他
従来の日本の3大死因は、悪性新生物(腫瘍)・心疾患(高血圧を除く)・脳血管疾患でした。しかし、脳血管疾患を抜いて、老衰が、死因の第3位になりました。老衰の定義は非常に難しく、純粋な「老衰死」というものは稀だそうです。
ただし、超高齢化が進む日本において、今後も老衰が増えていくのは確実でしょう。死因の第1位が老衰になる可能性も十分に考えられる、と岡田氏は語ります。
2. 価値に基づく医療とは
続いて、岡田氏は、「価値に基づく医療」について、丁寧に解説しました。皆さんは、健康診断や保健指導に対してリターンを求めていますか?と岡田氏。健康診断や保健指導は、企業の「投資」であると言えます。ゆえに、リターンを求めなければいけません。
しかし、多くの企業は、健康診断や保健指導にかかるコストを超えるリターンを得ていません。そもそも、健康診断を「投資」と捉えている企業が少ないのです。
「価値に基づく医療」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?これからの時代、企業に求められるのは、価値に焦点を当てた医療を実践すること。最小のコストで最大のアウトカムを得られるような制度を作り、価値の最大化を目指します。
・Value(価値)=Outcome(アウトカム)/Cost(治療や介入に要するコスト)
健康診断や保健指導を行うのであれば、従業員の健康状態は、去年よりも今年、今年よりも来年の方が良くなっているのが望ましいはずです。従業員が心身ともに健康であれば、自社において、長期的に高いパフォーマンスを発揮してもらえるからです。
①健康診断や保健指導
②従業員の健康状態アップ
③従業員の生産性アップ、元気な状態で長期的に働いてもらえる
④自社の利益や成長につながる
上記のような流れをイメージすると良いでしょう。健康診断や保健指導を「投資」と捉え、リターンを得ることで、結果的に企業の利益や成長につながります。「アウトプットを求めるのではなく、アウトカムを求めよ」と岡田氏。皆さんも、ぜひ「価値に基づく医療」を実践し、コストの最小化・アウトカムの最大化を目指してください。
また、岡田氏は、「未来を見据え、従業員の健康を高めるような制度を導入してください」と語ります。実際、多くの企業が、従業員の成長や健康につながる制度の導入に対して、前向きな姿勢を示しています。福利厚生・退職給付総合調査(2003)では、「今後導入・拡充したい制度」のランキングが発表されました。回答率の高かった上位10制度は、以下の通りです。
①公的資格取得支援(回答率28.5)
②喫煙対策(回答率24.1)
③メンタルヘルス(回答率21.0)
④生活習慣病検診(回答率19.3)
⑤健康診断※法定に加えて(回答率18.7)
⑥通信教育支援(回答率17.5)
⑦個人負担の人間ドックへの補助(回答率17.2)
⑧セクハラ対策(回答率17.1)
⑨従業員持株会(回答率14.1)
⑩ライフプランニング講座(回答率12.6)
上記から分かる通り、実に多くの企業が、「従業員の健康に焦点を当てた制度」を導入・拡充したいと考えています。
岡田氏は、「計画のグレシャムの法則」についても紹介しました。「悪貨は良貨を駆逐する」という有名な言葉をご存知の方も多いでしょう。「①金の含有量が多い金貨(良貨)を手元に置いて、金の含有量が少ない金貨(悪貨)を使う人が増える、②良貨は流通せずに悪貨が流通する、③金貨の価値が低下し評価も下がる」。これが、「悪貨は良貨を駆逐する」という現象です。
企業経営や組織の意思決定においても、グレシャムの法則が当てはまります。この場合、良貨は戦略的計画や創造性、悪貨は目先の計画やルーティンワークに置き換えられるでしょう。企業の将来を見通した戦略的計画を先送りし、目先の計画を優先していないでしょうか?創造的な仕事をせずに、ルーティンワークばかり行っていないでしょうか?
目先の問題解決のみでは、いずれ時代の流れについていけなくなり、企業価値は低下します。また、単純な定型業務を繰り返しているだけでは、創造性は失われ、重要な意思決定もできなくなります。未来を見据え、俯瞰的な視点を持ちながら計画を立てるようにしてください、と岡田氏は語りました。
3. 高齢者の就業率
続いて、岡田氏は、「高齢者の就業率」について説明してくれました。世界的に見ると、日本における高齢者の就業率は、非常に高いです。主要先進国の中で、最も高齢者が働いている国と言っても過言ではないでしょう。2014年の各国の就業率は、以下の通りです。
【60歳~64歳の就業率】
・日本「男性74.3%/女性47.6%」
・韓国「男性71.7%/女性45.7%」
・スウェーデン「男性69.1%/女性63.5%」
・ドイツ「男性59.4%/女性46.2%」
・アメリカ「男性59.0%/女性48.1%」
・イギリス「男性56.4%/女性40.1%」
・イタリア「男性39.2%/女性23.6%」
・フランス「男性25.3%/女性24.9%」
【65歳~69歳の就業率】
・韓国「男性58.0%/女性33.1%」
・日本「男性50.5%/女性30.5%」
・アメリカ「男性34.3%/女性26.3%」
・スウェーデン「男性26.3%/女性16.2%」
・イギリス「男性24.2%/女性17.1%」
・ドイツ「男性17.6%/女性10.4%」
・イタリア「男性12.7%/女性4.2%」
・フランス「男性7.0%/女性4.3%」
65歳以上の就業率は韓国に劣るものの、日本は、世界屈指の高齢者労働力率を誇ります。高齢者の就業率は、国の豊かさや貧しさ、個人の所得とはあまり関係がありません。高齢者の就業率を左右するのは、高齢者の労働意欲・高齢労働者を受け入れる環境の有無・文化的背景だと考えられるでしょう。つまり、アジア特有の価値観や日本人の勤勉さ故に、年をとっても働き続けたいと思う人が多いのです。
ただし、人口減少・少子高齢化が進んでいく日本において、現在の高齢者の就業率は、決して十分な数字ではありません。労働力人口の減少は、避けられない事実です。労働力を少しでも確保し、人手不足を補うためには、高齢者の積極的な就業が必要不可欠でしょう。
しかし、高齢者の就業を促進するには、高齢者が心身ともに健康でなければなりません。当然ですが、企業は、利益を出さなければ存続できません。よって、健康でない労働者は、なかなか雇用できないのです。働きたい意欲があっても、心身ともに健康でなければ、高いパフォーマンスを発揮することは難しいでしょう。上述したように、65歳を超えれば、体力的にも衰え、何らかの病気を抱えていることもあります。
よって、これからの日本社会で重要なのは、労働者の健康管理、そしてアウトカムを求める健康経営です。65歳を超えても、心身ともに健康で、高いパフォーマンスを発揮できるような労働者を増やすわけです。「投資」として健康診断や保健指導を実施し、従業員の健康状態を毎年アップさせることで、結果的に、高齢になっても元気な状態で働いてもらえるのです。
4. これからの保健医療
最後に、岡田氏は、「これからの保健医療」について語ってくれました。まず、「健診の事後措置としての保健指導、再検査、精密検査」と「健診の事前措置としての保健指導、再検査、精密検査」の特徴を説明しました。
【健診の事後措置としての保健指導、再検査、精密検査】
・健康診断で見つかった異常値に対する保健指導
・保健指導の成果を確認するためには、再検査が必要
・当日、絶食などの条件を付加した血液検査でも、再検査率は高い
・再検査の結果は、正常範囲となることが多い
【健診の事前措置としての保健指導、再検査、精密検査】
・昨年の健康診断の結果から、事前に保健指導を実施する
・生活習慣についての助言を行うことで、再検査率を減少させる
・昨年よりも健診結果が良かった場合、保健指導のクオリティが高いと判断できる
健康診断の後に保健指導を行うのか、健康診断の前に保健指導を行うのか、どちらにもメリット・デメリットがあるので、簡単には選べないでしょう。両者の特徴をしっかりと捉え、これからの日本社会に適した制度を作ることが重要です、と岡田氏。
また、岡田氏は、健康経営を実施するには「3つの健康投資」が必要である、と語ります。「3つの健康投資」とは、以下の通りです。
①利益投資
・従業員の健康づくり事業に投資
・職場環境改善に投資
・従業員の職務教育や健康教育に投資
②空間投資
・職場空間の効果的活用(オフィスレイアウト)
・職場の快適化(休憩室、社員食堂)
・健康経営オフィスの推進
③時間投資
・経営者の時間(健康経営を経営戦略として検討する時間)
・管理監督者の時間(職務コミュニケーション)
・労働者の時間(労働時間内健康教育等)
「3つの健康投資」を意識しながら、「結果を求める健康経営」を行ってください。また、従業員が健康な状態で入社し、健康な状態で退社できるような環境を整えてください、と岡田氏は締めくくりました。