健康経営の名づけ親による健康経営実践セミナーの講演レポート(第3回)
1. 健康経営の課題とこれからを見据えた目指すべき姿とは
超高齢化社会に伴って、社会保障給付費の推移は年々上昇しており、2016年度は118兆円を上回る水準(参考:国立社会保障・人口問題研究所・厚生労働省など)となっています。
また、日本の平均寿命は世界一ですが、健康寿命との隔たりが女性で約12歳、男性で約9歳(参考:平成27年版高齢社会白書)という結果から、「長生きはできるが寝たきり」という「健康で長生き」とは言えない状態であることが分かります。
そこで、私たちが目指すべき姿というのは、健康寿命を長く保つと同時に、生活習慣病などの予防や早期治療を通じた重症化を予防し、医療費や介護費の伸びを抑えるというところにあります。
2. 経済産業省による健康経営の普及促進のための取り組み
健康経営の普及促進について、実際に取り組んでいるのは経済産業省である、と紺野氏は説明します。健康経営・健康投資とは、人的資本に対する投資(従業員への健康投資)を行うことで、従業員の健康増進や活力向上へつなげることが基本となります。
そこから、経営課題解決に向けた基礎体力の向上が生まれ、組織の活性化や生産性の向上につながります。これらにより、優秀な人材の獲得、定着率の向上、さらには企業の成長ポテンシャルの向上、そして業績や企業価値向上などが最終的に期待できます。
例えば、ジョンソンアンドジョンソン(J&J)では、会社の従業員およびその家族の健康や幸福を大事にすることを75年前に表明しています。同社は、健康経営に対する投資1ドルに対するリターンが3ドルになるとの調査結果も出しています。
また、健康経営と組織への効果については、(株)丸井グループによって研究が行われており事例の提供をいただいています。ある調査では、食事や睡眠に気をつけていると答えた従業員は、そうでない従業員と比較して仕事の取り組みが前向きであることが結果としてあらわれました。
また、米国ギャラップ社では毎年全世界で200社(200万人)に調査を実施しており、エンゲージメントとEPS(一株あたり当期純利益)の伸び率を調べたところ、表彰企業17社は同業他社と比較しEPSの伸び率が4.3倍となっているとのことです。
また、近年では、機関投資家がESG(Environmental環境・Social社会・Governance企業統治)を投資判断に組み入れる動きが世界的に浸透しています。健康経営は従業員の健康や活力を向上させる中長期的な取り組みであり、ESGにおけるS(社会)や、G(企業統治)に位置付けられると考えることができる、と紺野氏。
3. 健康経営に取り組むことで受けられる表彰制度とは
続いて、現在国内で行われている健康経営表彰制度の概要についての説明が行われました。健康経営に係る各種顕彰制度を推進することで、優良な健康経営に取り組む法人を「見える化」し、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取組んでいる企業として社会的に評価を受けることができる環境を整備しています。
全国規模の取り組みとして、大企業や中小企業などの健康系銘柄33社、健康経営優良法人500法人の選定を行っています。その他、自治体による取り組みとして首長や地方自治体による表彰が行われています。
健康経営銘柄は、東京証券取引所の上場会社の中から健康経営に優れた企業を選定し、企業価値の向上を重視する投資家にとって魅力的な企業であることを紹介する役割があります。
また、健康経営優良法人では健康経営に取り組む優良な法人を見える化することで、社会的に評価を受けることができるようになります。さらに、中小企業部門では地域や地方のお手本の企業であることを認可するための指標となります。
健康経営銘柄や健康経営優良法人の選定には、まず健康経営度調査の結果をもとにして、健康経営度の上位が決められ、スクリーニングや申請が行われて認定されます。平成29年度健康経営調査の回答法人数は、前回の726法人から513法人増加の、1239法人となりました。
回答法人のうち、上場会社は718社、非上場会社(法人)は521社で、上場企業の回答企業数は前回618社から108社増加したことになります。これらの数字から、健康経営の取り組みが企業価値のアップにつながるということが、少しずつ浸透していることが分かります。
4. 企業の評価基準となる健康経営銘柄について
続いて、健康経営銘柄について詳しい解説が行われました。健康経営銘柄は平成27年3月に初めて選定されて以降、テレビや新聞などで取り上げられる機会が大幅に増加しました。
平成30年2月には第4回目となる「健康経営銘柄2018」として26社が選定されました。選定に用いる健康経営度調査には過去最高の1239社(法人)からの回答が得られ、社会的な関心の高まりが見受けられます。
これまでに健康経営銘柄選定企業の選定を受けた企業からは、投資家や取引先などへの情報発信を行うことができた、メディア露出が増えて役員による講演を多数依頼されるようになったとの声があがっています。
また、社内における行動にも変容が見られ、健康増進プログラムの拡充や計画、組織の設置などを行うことにつながったという声もあります。さらに、社外からの注目度や認知度が高まり、就活生の増加や取引先、投資家からの評価をいただくことにもつながっています。
健康経営銘柄2019では、これまで1業種1社だった選定方法を基本としつつも、これまでのルールでは選定されなかった1業種2社以上の選定も取り入れて挑戦意欲を高める取り組みを始める予定であると、紺野氏は説明しました。
5. 上場企業以外でも評価が受けられる健康経営優良法人とは
健康経営優良法人については、大規模法人部門と小規模法人部門に分かれています。小規模法人部門については、「従業員を1人以上使用していること」へ申請区分を見直し、より多くの企業が参加できるようになったとのことです。
初回となった昨年は大規模法人部門が235法人、中小規模法人部門は318法人が認定されましたが第2回となった健康経営優良法人2018では、大規模法人部門が541法人、小規模法人部門が776法人となり、倍以上の認定数となりました。
健康経営優良法人認定による変化や効果について、健康経営優良法人2017及び2018に連続して認定された法人に対して行われたアンケートでは、自社内での意識の高まりを強く感じているとの回答が多く見られました。
さらに、企業イメージ、コミュニケーションやモチベーションの向上、労働時間適正化や有休取得率も高まったとの回答が多くありました。
健康経営に対する理解が徐々に深まっていく中、現在行われている基本の健康づくりの指針がメタボリックシンドロームなど男性向けの内容が多いということから女性の健康問題への取り組みも課題となっています。
日本の全従業員数のうち約44%は女性であることから、女性の健康対策も行うことで企業の更なる活性化につながるのではないかと考えている、と紺野氏は説明しました。例えば、女性特有の月経随伴症状などによる労働損失は4911億円と試算されています。
健康経営を通じて、女性の健康課題に対応して女性が働きやすい社会環境の整備を進めることが、より多くの生産性向上や企業業績向上に結びつくと考えられます。
職場における女性の健康に関する現在の課題として、女性が比較的多い職種における課題があげられます。例えば、接客業や立ち仕事、コールセンターにおけるメンタルヘルスや喫煙率の増加などがあります。また、月経や女性特有の疾病に対する仕事との両立も問題となります。さらに、妊娠出産、更年期障害によって、子育てや介護の両立が困難となりやすくキャリアチャンス喪失の問題もあります。
企業の管理職を対象とした女性向けのサポート整備状況に関するアンケートでは、ワークライフバランス関連の取り組みは比較的進んでいるが、女性特有の健康課題に対する取り組みは制度整備状況や認知度が低いことが分かった、と紺野氏は解説しました。
また、女性従業員に対するアンケートでは、約43%の人が女性特有の健康課題により職場であきらめることがあると答えました。会社に求めるサポートとして、適切な人員配置や柔軟な勤務体系、上司と部署内での良好なコミュニケーションをあげる人が多く見られました。
6. 中小企業も健康経営に取り組む時代へ
中小企業における健康経営の推進は日本商工会議所によって取り組みが行われており、健康経営の認知度は徐々に高まりつつあります。健康づくりでは、協会けんぽや医師会との連携協定も行われています。
さらに、セミナーや講演会、会報や新聞、メルマガなどを使用した情報提供のほか、各種健康診断の実施、健康経営アドバイザーの育成を目的とした取り組み、インセンティブ制度などが行われています。2〜3年前は知らない人が多かった健康経営ですが、中小企業12000社に対して行われた調査では、約半数の企業が知っていると答えました。
現在、健康経営に取組んでいる中小企業は約2割、今後取り組みたいとい意向を持つ企業は5割にのぼる、と紺野氏。
近年、企業による従業員の健康増進に係る取り組みに対して、インセンティブを付与する自治体や金融機関などが増加しています。健康経営優良法人認定制度や、協会けんぽの健康宣言事業と連動した自治体による表彰制度、銀行による低金利融資などが行われています。
こうした取り組みは、健康経営ハンドブックにまとめられています。また、平成30年7月には首相官邸で、首相や閣僚も立ち会う中、健康経営優良法人認定企業である中小企業が健康経営の取り組み事例についてプレゼンテーションを行うなど活発な動きも見られます。
また、平成27年度には中小企業などへ健康経営の普及や啓発に向けた健康経営アドバイザー制度を創設。現在、東京商工会議所において、健康経営アドバイザーが約9000人登録されています。このように、中小企業においても地方自治体などを通じた健康経営の取り組みが高まっていると紺野氏は説明し、健康経営の推進についてのセミナーは締めくくられました。