【講演】「いまなぜ健康経営が必要なのか」株式会社セルメスタ 代表取締役社長 熊倉利和

2020年2月14日、読売新聞社の読売3単組合執行委員会にて開かれた講演会のテーマは『いまなぜ健康経営が必要なのか』。登壇者である熊倉は、株式会社セルメスタの代表取締役社長であるとともに、メディアサイト『健康経営の広場』を運営している。“生きがい組織”という新たなコンセプトを提唱するなど、日本の健康経営の舵取り役の一人である熊倉から、健康経営の基礎知識から事例、今後の展開までをお話させていただいた。

1.健康経営は健康管理ではなく、経営戦略

熊倉の講演は、まず健康経営の現状からスタート。

「企業で働くみなさんの病気予防や健康づくりは、これまで健康保険組合が中心となり、行われてきました。ですが、今、健保のみならず、企業側でも主体的に取り組んでいこうという、いわゆる健康経営がどんどん広まってきています」

では、なぜ、企業側でも従業員の病気予防、健康づくりに力を入れるようになっているのでしょうか。

「一つは、医療費の問題。みなさんもよくご存知の通り、日本の医療費はすでに40兆円を突破。2025年には50兆円を超えるという予測が出ています。この医療費を含めた社会保障の費用は、企業も半分は負担しています。ですから、企業側としても、従業員に健康になってもらい、負担をできるだけ少なくしたいという狙いもあります」

2015年の医科診療費30兆円の内訳を見てみると、その3分の1以上ががん、高血圧、脳疾患、心疾患、糖尿病など生活習慣病関連(※)だと言います。

「逆に言えば、生活習慣病であるのなら、運動や食事などを改めることで病気を改善したり、予防したりすることができるということ。そのため、国としても、企業や健保組合を巻き込みながら、積極的に健康経営を推し進めているということも背景としてあります」

ただ、企業が健康経営に取り組む理由は、医療費削減のためだけではないと熊倉は言います。

「従業員が健康であれば、心身ともに元気に仕事に取り組め、生産性や創造性の高い仕事をすることができます。そのことでライバル企業との競争力も高まり、会社全体の業績アップにも繋がっていく。つまり、健康経営とは、単なる健康管理ではなく、企業経営として戦略的に取り組んでいくものなんです」

(※)厚生労働省「平成27年度 国民医療費の概況」

2.健康経営のメリットをデータも証明

実際に健康経営を推進している企業は、効果が出てきており、それはデータとしても現れていると言います。

たとえば、土木建築業種の大企業23社に対し、健康経営がどれだけ実行されているかという調査を行い、健診・レセプトデータと照らし合わせたところ、健康経営への取り組み度の高い企業は、従業員一人当たりの年間医療費は147,422円。それに対し、取り組み度の低い企業は170,060円となっています。また、健康経営の取り組み度の高い企業は、メタボ該当率、喫煙リスク者率、空腹時血糖値リスク者率、脂質異常症リスク者率、血圧リスク者率も低くなっているとのこと。(※1)

「医療費だけ見てもこれだけ違ってきています。さらに、医療費が高いということは、従業員が病院にかかる回数が多いということでもあり、会社を休む人、遅刻・早退も多くなっているということも推測されます。仮に出勤できたとしても、健康時のように精力的に働ける状態ではありません。一方、健康経営の取り組み度の高い企業は、休む人も少なく、元気にいきいきと働いている人が多いということが予想できます」

つまり、健康経営に取り組めば、医療費の削減だけでなく、会社にメリットをもたらすことがデータとしても裏づけされているというわけです。また、健康経営を推進することで、人材採用面でもよい効果をもたらすと熊倉は指摘します。

「就活生に“将来、どのような企業に就職したいか”、また、その親に“どのような企業に就職させたいか”を聞いたところ、“従業員の健康や働き方に配慮している企業”と回答した就活生が43.8%、親にいたっては 49.6%と約半数が回答。心身ともに健康に働ける環境を就活生、親ともに会社選びの条件としていることがわかっています。(※2)」

また、熊倉は、健康経営に取り組む意義を次のように語ります

「いざ運動しよう、食事に気をつけようと思っても、一人だとなかなか続かない。その点、会社がサポートしてくれ、みんなで健康になろうというのであれば、会社の仲間たちと楽しみながらスポーツをすることもできるでしょうし、長続きしやすい。本人のためにもなるし、会社や社会全体のためにもなる。つまり、健康経営によって三方良しにすることができます」

(※1)「健康経営と業績の関係性」(経済産業省 平成28年度調査の結果) (※2)「健康経営と労働市場の関係性」(経済産業省 平成28年度調査の結果)

3.社外へのアピールにもなる認定制度

せっかく健康経営に力を入れていても、取り組んでいることを知ってもらわなければ、就活生や転職希望者にも届きません。健康経営を推進している企業であるということを、世の中に広く知ってもらえる方法の一つに、健康経営優良法人認定制度があると熊倉は言います。

「大企業の場合、一番上位に来るのが、健康経営銘柄。2019年だと35社が選定されています。その下に位置付けられているのが健康経営優良法人で、この中の上位500社をホワイト500という形で認定。ホワイト500に入らない企業が健康経営優良法人ということになります。中小企業になると、ホワイト500というものはなく、健康経営優良法人として認定されます」

これらの認定を受けるには、“健康診断受診率(実質100%)”“適切な働き方実現に向けた取り組み”“食生活の改善に向けた取り組み”など約400の設問項目を満たす必要があり、スコアの高い企業から健康経営銘柄、続いてホワイト500というふうに認定されていくとのこと。

「健康経営優良法人の認定を受けようという動きはますます活発化しており、認定のための申請をする企業は年々増加しています」 健康経営優良法人のほかにも、厚生省の安全衛生優良企業に対する『ホワイトマーク』、子育て支援に力を入れている企業に対する『くるみん』、女性の活躍を推進している企業に対する『えるぼし』といった認定制度もあるとのことです。

4.ユニークなアイデアで健康経営を推進

熊倉は、運営しているメディアサイト『健康経営の広場』の取材で、健康経営に取り組んでいる企業を月に1、2社ほど訪問。その中で、この企業の取り組みやアイデアは素晴らしいと感じることが少なくないと言います。

「たとえば、名古屋市にあるテニテオさん。出版やイベントという仕事柄、どうしても時間が不規則になりがち。以前は朝の出勤時間が決まっていただけで、夜いつまで働くかは、社員それぞれの裁量に任されていました。それを、グループウェアを導入し、本人だけでなく、上司、総務も残業時間をチェックできるようにするなど、勤務時間の短縮に取り組みました」

最初の頃は、“こんな時間に仕事を終わらせられるわけがないだろう”と反発する人もいたそうですが、やっているうち、“案外できるかもしれない”となり、一人ひとりの働き方、スケージュル管理の意識が徐々に変わっていったと言います。そして、今では“遅くても20時までには仕事を終わらせる”という共通認識が浸透しているとのこと。

「テニテオさんは禁煙のアイデアもユニーク。普通は、禁煙というと煙草を吸っている人が止めるように補助するもの。それを、テニテオさんでは、煙草を吸っていない人全員に月1万円の手当てを出しています。これによって元々吸っていなかった人たちの不公平感もなく、禁煙にチャレンジする社員が増えていきました」

トップから“残業時間を減らせ”と言われても、仕事の量は変わらない。ではどうすればいいのかと現場は困ってしまう。京都市に本社を置く機械・工具の専門商社の三共精機は、それまでの訪問営業からWEB注文による受注を増やすことで残業時間の削減に成功したと言います。

「まず営業手当(みなし残業手当)を廃止し、外勤が時間外勤務をしないようにしました。その代わりに、内勤の営業アシスタントがWEBを活用し、お客様にアプローチ。売り上げを上げていきました。その結果、時間外勤務は30時間から8時間以下になり、今では4時間を切るようになっています」

従業員の健康づくりに独自のアイデアで取り組んでいる企業もあります。それが、

神奈川県川崎市のアップコン。地盤工事で優れた技術を持つ土木・建築会社です。

「アップコンさんでは、大人の体力測定会を開催。体力測定というと、反復横跳びやハンドボール投げなどを行った学生時代のことを思い出しますが、大人になってからはやる機会がありません。しかし、アップコンさんでは、年1回、体力測定会を開催。30分間の持久走、握力、垂直飛び、踏み台昇降、立位体前屈などを実施しています」

健康診断を受け、結果が戻ってきても、馴染みのない項目や数字が並び、理解できない部分もあります。その点、持久走や握力といった誰でもわかる体力測定を年に1回やっておくと、自分の体力の衰えも実感でき、運動へのモチベーションも高まると言います。

「また、健康経営を推し進める上でどの企業でも課題になるのが、健康に対する無関心層の存在。その人たちにどうアピールし、運動をしてもらえるようにするかということに苦心しています。その解決策として、アップコンさんでは、大人の体力測定会だけでなく、スポーツ・レクリエーション活動の支援にも力を注いでいます」

従来からあった自主的なクラブ活動を会社公認にして、費用の半額を補助。さらに、月2回は、業務時間中にクラブ活動をできるようにしています。また、会社が川崎フロンターレのスポンサーになっていたこともあり、会社のサッカークラブでは、プロサッカー選手をコーチとして招き、社員の希望でマラソンクラブも発足していると言います。これらのことで従業員が楽しみながらスポーツに取り組むようになり、病欠日数も2015年が95日だったのに対し、2017年には13日まで減少しているとのこと。

5.労働組合とのコラボレーションに期待

健康経営の取り組みに労働組合が加わることで、その効果はさらに高まると熊倉は言います。

「健康経営優良法人認定を受けるためには、健康経営宣言をすることが必須ですが、トッパングループの健康経営宣言には、“会社・労働組合・健康保険組合、そして従業員とその家族が一体となって、健康づくりを推進していきます”という一節があります。つまり、会社単独でなく、労働組合、健康保険組合と協力して健康経営に取り組んでいくと明確に宣言しているわけです」

健康経営を労働組合と一体となり推進するということを謳っている企業はまだ珍しいとのこと。ですが、健康経営をより良いものにしていくために、労働組合の参加は重要であると熊倉は言います。 「企業が健康経営を推進するにあたり、代表取締役が責任者になります。その下に直轄の部署、いわば本部を置き、人事担当者、健保組合、産業医、保健師、管理栄養士など健康経営に関連する人たちが集まりますが、そこに労働組合のみなさんにもぜひ参加してほしい。そのことによって、“残業時間を減らすためにはどうすればいいのか”“健康づくりや禁煙活動にどう取り組んでいくか”といったことを話し合い、経営者に提言していくのが理想的な形であると考えています」

6.コストではなく、企業価値を高める投資

健康経営は一時的なブームで終わるのではないかという見方をする人も中にはいますが、そうはならないと熊倉は言います。その一つの理由が、投資としての効果があるからだ、と。

「健康は個人の自己責任。なぜ、会社が従業員の健康づくりに取り組まないといけないのかと考える経営者もいるかもしれません。そういう人にとって、健康経営にかかる費用はコスト。ですが、実はコストではなく、生産性の向上や優秀な人材の確保など利益を生み出し、業績を向上させるための投資なんです」

経産省のガイドラインでも、健康経営にかかる費用は投資として取扱うことが決定されていると言います。また、管理会計では、将来に効果を及ぼすものを積極的に定義することが可能ですので、健康経営への投資は、資産として計上できるとのこと。

では、健康経営における投資は何になるかと言えば、環境健康資本と人的健康資本に対するものに大きく分けられます。

環境健康資本も二つに分かれ、一つは社内ジムや保健室、コミュニケーションルーム、業務改善システム、健康管理システムなどの有形資本。もう一つは、理念や制度、風土といった無形資本です。

一方の人的健康資本は、従業員のヘルスリテラシーや健康状態といったもの。これらの健康資本に対する投資の実証実験が、丸井グループ、大和証券グループ本社、富士通ゼネラルなどが参加して行われているとのことです。

健康経営がブームに終わらず、これからも続いていくもう一つの理由として熊倉が挙げるのが、世界と比べたときの日本の優位性。日本では健康経営が既に浸透しており、実践している企業が多いこと。法定検診やストレスチェックなど莫大な健診データが蓄積されていること。健康経営に関連する団体や研究者、サービス提供者も多いなど、世界と比べ圧倒的に優位性を持っているからだと言います。

「そのため、ISOなどと同じように国際標準化しようという動きが出ていますし、日本の健康経営のシステムやソリューションを海外に輸出し、ビジネスとして広げていくこともできます。実際そのための体制づくりが着々と進んでいます」

そして、最後に熊倉は参加者一人一人に向け、メッセージを送ります。

「病気予防や健康づくりにしても、やらされ感があると、なかなか盛り上がりにくいもの。ですが、人生100年時代と言われる今、健康に気をつけながら、やりがいのある仕事をし、長い人生を元気に生きがいを持って過ごすことは何にも変え難いものです」

<企業データ>

会社名:株式会社 セルメスタ
事業内容:1.一般用医薬品、救急医薬品セット、介護用品、防災用品、健康食品の販売
     2.郵送検診事業の受託
     3.郵送検診キットの販売
     4.インターネットを利用した各種情報提供サービス及び販売
     5.医療費抑制事業
     6.不動産管理事務の受託
所在地:〒130-8671 東京都墨田区石原4丁目25番12号
資本金:9,900万円