【セミナーレポート】健康経営の再定義:ウェルビーイング,健康経営と企業戦略の関係

Care Show Japan2022のセミナーとして開かれた『健康経営の再定義:ウェルビーイング,健康経営と企業戦略の関係』。健康経営の生みの親、ブームの火付け役、保険者、メディアなどそれぞれの立場から健康経営をリードしてきた人たちによるパネルディスカッション。健康経営の再定義の意図、これからの健康経営に必要とされることなどについて熱い議論が交わされました。

■熊倉 利和(健康経営の広場 編集長、IKIGAI WORKS株式会社 代表取締役)

■江崎 禎英(社会政策課題研究所 所長)

■平野 治(NPO法人健康経営研究会 副理事長)

■小松原 祐介(健康保険組合連合会 組合サポート部長〔保健担当〕/健康・医療新産業協議会健康投資WG委員/健康経営優良法人認定制度基準検討会委員)

1.人は資本、仕事は楽しいもの

熊倉:平野さんはまさに健康経営の生みの親とも呼べる存在です。なぜ今回、再定義をしようと思ったのでしょうか? 

平野:実は、16年前に健康経営研究会を立ち上げた当時から、健康経営は人という資本を活用する企業戦略であるとずっと言ってきました。ですが、健康=資本というふうにはなかなか結びつけて考えてもらえず、ヒト、モノ、カネのうち、モノとカネは資本と捉えられても、ヒトはコスト(人件費)とされていました。そこで今回の再定義では、人はCostではなく、Capital(資本)であり、財であるということをより明確に打ち出しました。

それと、働き方も大きく変わろうとしています。今、ワークライフバランスということがよく言われますが、これからはワークインライフ。会社の中に自分が組み込まれているのではなく、自分で会社を選ぶ時代。実際、兼業や副業など一つの会社に縛られずに働く人が増えています。

熊倉:小松原さんは、健保組合の立場から、データヘルス、メンタルヘルスなど健康経営の普及に尽力されてきました。

小松原:はい。「なぜ健保が働く人の病気の予防や健康づくりにコミットするのか?健保は医療費の支払いだけやっていればいいのではないか?」と思っていた人もいたかもしれません。ですが、社会保険料、医療費の適正化ということを考えても、病気予防、健康づくりはとても重要です。

特に1980年には、1人で6.6人の高齢者を支えればよかったのですが、2035年には1人で1.7人になると予想されています。それが健康な高齢者を増やすことで、2.4~3.5人に抑えられるという試算が出ています。では、どうやって健康経営を普及させていくかといえば、やはり企業側にアプローチする必要があります。

熊倉:江崎さんは経産省で制度設計に尽力されてきた、まさに健康経営の育ての親。現在も社会政策課題研究所を立ち上げ、所長を務められています。今、健康経営についてどんなことを思っておられますか?

江崎:はい。人を大事にしようという明確な目的を持って健康経営に取り組めば、良い人財を採用でき、その人に長く元気に働いてもらえます。特にこれから人生100年時代を迎えます。これまでは生活のために辛い仕事にもじっと耐え忍ぶという価値観がありましたが、先ほどの平野さんのお話にあったように、ワークライフバランスからワークインライフへと変わっています。

ワークライフバランスですと、ワークとライフのバランスをどう取るかというせめぎ合いになってしまう。そうではなく、まず自分の人生があって、その中にどう仕事を組み入れていくかという考えの基でのワークインライフです。せっかく人生が長くなっているのですから、仕事は苦しく我慢しながらやるもの、というのではなく、みんなでワクワクしながら楽しく取り組んでいくものでなければなりません。

2.健康経営が企業を成長させる

熊倉:人はコストではなく、資本であり、財であるとのことですが、どうすればその考え方が普及していくでしょうか?

江崎:私たちは経営者や投資家の意識を変えようとしてきましたが、意外なプレイヤーが現れました。それは、学生。例えば、健康銘柄に選定された企業は、「国がお墨付きを与えたのだから、いい会社、安心して働ける会社に間違いない」と就職希望者が増えていきました。

逆に健康経営に取り組んでいなかったり、取り組んでいても意識が低い会社は、就活生からの信頼を得られず、いい人財が採れない。また、地銀なども健康経営に真摯に取り組む企業に対しては、金利を低く融資してくれるようにもなっています。そういった側面からも今、健康経営は企業にとって欠かせないものになっていますね。

平野:それは別の背景からも言えることで、SDGs、ESG(環境、社会、企業統治)投資も健康経営と大いに関係があります。ESG投資への金額は、今や約3880兆円で巨大な市場となっていますが、日本は遅れをとってしまっている。そのESG投資でも、働く環境や人財育成などが投資の条件になっています。

3.コミュニケーションがウェルビーイングを生む

熊倉:投資の対象となるためにも健康経営への取り組みを見える化していくことも必要ですね。これからの健康経営で改善すべきことはありますか?

小松原:健康経営は、もともとその企業の課題を解決していくためのツール。ですが、今は認定されるための点取り合戦になっているきらいもあります。「ポイントが取れるからこのテーマに取り組もう」ということになってしまったら、課題を解決したり、企業を成長させるものになりません。

江崎:健康経営の制度設計においてポイントの配分は、実は狙いもありました。例えば、残業を少なくしようとなった場合、残業がなくなるようにポイント配分で誘導するといった部分がありましたが、今やそういうステージではありません。先ほどの学生さんや投資の話のように、いかに働く人にとって魅力的か、ウェルビーイング(幸福で肉体的、精神的、社会的すべてにおいて満たされた状態)となる取り組みをしているかといったことが大事になっています。

熊倉:確かに労働市場でも、今、人財採用が難しくなっています。人材仲介会社を使い、やっと採用できたとしても年収の35%くらいを人材仲介会社に支払わないといけません。そのお金を健康経営に当てれば、従業員への投資ができますし、見える化していくことでいい人財の採用に繋げていけます。

平野:そうですね。健康経営は複合的なもので様々なテーマ、取り組みがありますが、その中でも今、コミュニケーションがとても大事だと考えています。例えば、サザエさんの時代は家でも会社でも、顔を付き合わせていました。それが、ちびまる子ちゃんを経て、今はワンセルフの時代。テレビや新聞などのマスメディアからYouTubeやSNSになり、統合型から分散型へと変化しています。フェイスtoフェイスではなくなっていることの弊害、ギャップをどうやって埋めていくかということから始めるべきなのではないでしょうか。

江崎:コミュニケーションと言えば、ある100名規模の会社なのですが、今はコロナ禍ということでオンラインで朝礼を行っており、必ず社長が自分の想いや考えを従業員に語りかけています。人事異動の際は、なぜこの人をこの部署に移すのかといった理由も説明しますし、それに対して従業員は遠慮なく自分の意見を言います。社長にツッコミを入れる新入社員もいます。

何がいいかと言うと、発言することをみんなが怖がっていないこと。昔だったら上司に文句を言えば飛ばされるのではないかとビクビクしたものですが、自由に発言でき、仲間との信頼関係が生まれるコミュニケーションがオンラインによってできるようになっています。

誰かに命令されて仕方なくするのではなく、社長も含め、みんなで議論しながら取り組むことで、それぞれが本当にやりたかった仕事ができるようになる。それが真の働き方改革であり、ウェルビーイングに繋がっていくのではないでしょうか。

熊倉:ありがとうございます。コミュニケーションからウェルビーイングな働き方に向かっていけるというお話、大変興味深いです。小松原さんはウェルビーイングについてどのようにお考えですか?

小松原: はい。WHOは健康とは病気や怪我をしていないというだけではなく、肉体的にも精神的にも社会的にも満たされた状態であると定義付けしています。ですが、今の健康経営は健康至上主義に陥っている部分があるのではないでしょうか。企業が歩数やバイタルデータを管理するのもいいですが、それだけでは精神的、社会的な健康を保つことは難しい。

そういった意味で、私たち健保組合としても、身体、精神、社会的健康が調和した状態がウェルビーイングであると考えています。医療保険も安心感によって精神的な健康に寄与できますので、持続可能な社会保障を目指していきたいと考えています。

江崎:3、4年前、健康経営のアワードを受賞した経営者の皆さんの言葉が示唆に富んでいますので紹介させてください。「健康経営とは何か?」という質問に対し、ある中小企業の経営者は「社員のコミュニケーション。信頼関係である」と答えています。その会社は、全員で議論し、ヘビースモーカーであった社長も入れて全面禁煙に成功。今、すごい勢いで業績も伸びています。

医療関連企業の経営者は同じ質問に対して、「幸せなキャリアの実現。やりたいことをやれる環境づくり」と答えています。医療関連の仕事ですから、働く人たちは患者さんに向き合いたい。ですが、余計な仕事も多く、できていなかった。それが健康経営に取り組んだことで、働く人たちがやりたい仕事に専念できるようになりました。

大企業の経営者は「相互信頼関係で結ばれたパートナーシップ」と答えています。それぞれの経営者が、従業員に真摯に向き合い、どのようにして幸せな人生を生きてもらうかということこそが健康経営であるというメッセージを出してくれています。

幸せと聞くとお花畑のようなフワフワとしたイメージを持たれるかもしれません。ですが、そうではなく、信頼できる仲間とともにワクワクしながら、厳しいテーマに挑戦していけることが幸せなのではないでしょうか。半径5メートル以内の人間関係が良いと、人はどんな困難にも立ち向かっていけます。逆に半径5メートル以内の人間関係が悪いと、どんなに良い人財を集めても結果は出せません。

まずはコミュニケーション、信頼関係が何よりも大事になります。そして、楽しくなければ仕事ではありません。ライフの中のワークがウェルビーイングを実現する時代がいよいよ始まっています。まさにそれこそが健康経営が目指すべき方向性だと思っています。

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