【セミナーレポート】ベンチャー・中小企業のパーパス経営と健康経営  

2022年9月29日(木)に開催されたアントレプレナー・セミナー『ベンチャー・中小企業のパーパス経営と健康経営』(関西大学商学部主催)。パーパス経営と健康経営を実践されてきた石川武氏と熊倉が登壇。貴重な講演と横山先生を交えた活発なディスカッションが繰り広げられました。

〔講演者〕

石川武(喜一工具株式会社 取締役副社長) 

熊倉利和(IKIGAI WORKS株式会社 代表取締役)

〔司会進行〕

横山恵子(関西大学 商学部 教授)

1.パーパスがあれば会社も社員も動き出す(石川氏講演)

「パーパス経営のパーパスとは、“会社は何のためにあるのか”ということです」と話す石川武氏。

石川氏は、東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)を経て、三共精機に入社。代表取締役社長、代表取締役会長を務めた後に退任。現在は、喜一工具の取締役副社長を務めています。

「三共精機も喜一工具も、機械工具を扱う会社。皆さんがお使いのスマートフォンや車、飛行機、医療機器なども様々な機械や工具によって作られています」

“会社は何のためにあるのか”を三共精機で言えば、機械工具を販売することで社会に役立つこと。そのため三共精機では“豊かな社会を作るために”を経営理念として事業を展開してきました。ただ、会社のやるべきことは、時代とともに変わっていくと石川氏は言います。

「男女平等が謳われた2000年代、三共精機では賃金制度を一本化しました。リーマンショックがあり、ネット取引が普及。商社不要論という話も出てきた2010年代には、進化するものづくりを支え続けるため、課題解決業に事業コンセプトを転換しました」

そして、人生100年時代、ウィズコロナなど環境が大きく変化した2020年代にパーパス経営を導入。

「パーパス経営で有名な書籍に『THE HEART OF BUSINESS(ハート・オブ・ビジネス)――「人とパーパス」を本気で大切にする新時代のリーダーシップ』(英治出版)があります。著者のユベール・ジョリー氏は、アメリカの家電量販店であるベスト・バイ会長兼CEOとして、会社を業界トップに成長させた人物。そのユベール・ジョリー氏は“テクノロジーを通じて顧客の暮らしを豊かにする”ことを会社のパーパスに掲げ、人との深いつながりこそがパーパス経営の核心だと述べています」と石川氏。

『THE HEART OF BUSINESS』では、大聖堂を作る2人の石工の話が紹介されています。「何をしているのか?」と尋ねられ、1人は「石を切っている」と答え、もう1人は「大聖堂を作っている」と答えたというエピソード。ただ石を切るだけ、と考えれば単調でうんざりしてしまいますが、大聖堂を建てるためだと考えれば、ノーブル・パーパス(崇高なる目的)となり、「さあ、やるぞ!」と仕事への意欲が高まるとのこと。

「会社(組織)とは、社会がより善くなるために人がその力を発揮する器。会社のパーパスもあれば、それぞれの人のパーパスもあります。仕事とは、誰かの命令に従って何も考えずに行うものではなく、自分自身のパーパスに基づき、それぞれが考えて主体的に取り組むものです」

会社と従業員のノーブル・パーパスを明確にして、それを事業に組み込むことで従業員のエンゲージメントが高まります。そして、パーパスを起点に考え、行動し、コミュニケーションをとれる組織は、顧客から選ばれる企業になると言います。

2.社員を人財にするのが健康経営(熊倉講演)

「健康経営とは、人という資源を資本化し、企業が成長することで、社会の発展に寄与するものです」と言う熊倉。

経営資源とは一般的に、ヒト・モノ・カネ・情報。コストとしても見られがちなヒト(従業員)をどうすれば資本化し、会社や社会を発展させる力にしていけるのでしょうか?

「まず経営者の倫理観に基づく経営戦略が土台としてあり、その上に健康管理、健康づくり、働きやすさ、働きがい、生きがいを積み重ねていくことで、企業の成長⇄社会の成長を実現することができます」

そのため、健康経営こそが従業員を資本化させるための欠かせないものになると言います。

「ですから、従業員は会社にとって掛け替えのない大切な財産(人財)と考える企業であれば、健康経営がピタリと当てはまります。逆に、従業員は掛け替えのないものではなく、モノやカネ、情報などと取って代わることができると考える企業には健康経営は必要ないかもしれません」

パーパス経営と健康経営の関係についても熊倉は触れます。

「パーパス経営と健康経営には、社会の発展という共通の目的があります。また、従業員の生産性、創造性を向上させるという点でも同じ。先ほど石川さんから大聖堂の石切のお話がありました。一人一人のパーパスと会社のパーパスのベクトルが同じ方向に向けば、大きな力になります。個人でできることは限られていますが、会社という資本を使い、会社のみんなとなら一人ではできないことも実現できます」

パーパス経営と健康経営は、企業と働き手のWin-Winな関係をつくっていくための手段であり、生きがい、働きがいを生み出すもの。それが社会の発展に繋がっていくと熊倉は言います。

3.パーパス経営と健康経営が必須の時代になっている

横山先生を交え、三人によるディスカッションに移ります。

横山先生:健康経営に取り組めば医療費の削減に繋がります。また、社員が心身ともに健康で生き生きとウェルビーイングな状態で仕事をすれば、生産性や創造性も向上しますし、会社に活気が生まれます。健康経営は良いものであるとわかっているのに、一歩踏み出せない企業が依然として多いのはなぜでしょう。 

それは、健康経営は長期的に取り組んでこそ結果が出てくるものであり、短期的にはコスト増にしかならない。また、健康経営に取り組むことに対して社員の反発があるのかもしれません。そういった中、どうやって健康経営を推進していったのでしょうか? 

石川氏:まず社員の立場から言えば、日々やらないといけない仕事がとても多く、健康経営どころではないということもあるでしょう。ですが、実はやらないといけないと思い込んでいることの中に無駄がとても多い。

今から10年くらい前、三共精機で働き方改革に着手し、残業削減に取り組んだとき、まずコピー機を変えました。それまで使っていたインクジェット方式のコピー機は安いのですが、コピーするのに時間がかかってしまいます。それを価格は高くなりますが、コピーに時間のかからないレーザー式のものに変えました。そうやって具体的に何かを変えていくと、社員もこれは本気だなと理解します。そういうふうに一つ一つを実行していくことで残業もなくなり、健康経営に取り組む余裕も生まれていきました。

横山先生:なるほど。社内の慣習や常識をみんなが当たり前だと思っています。それを変えられたのは、石川さんが外部から来たということも大きいのではないでしょうか。

石川氏:はい。今の喜一工具でも「こんな会議はやめましょう」と言うと、皆さん怪訝な顔をしますが、「会議をやめても売上は減りません。会議よりやるべきことがたくさんありますよ」と。やらないといけないことは時代とともにシフトしていくのに、同じことを続けているということだけでも無駄が発生しています。それなのに、そのことを誰も言い出せないでいるのが現状ではないでしょうか。

横山先生:アントレプレナー精神を発揮し、改革していかないと会社は変わっていきません。まず経営者の本気を見せ、象徴的なことを行う。三共精機さんで言えば、コピー機を変えたことが、社員の意識を変えるきっかけになりました。

熊倉:中小企業の経営者も健康経営の存在は知っているのですが、実際に取り組んでいる企業はまだ限られています。その理由としては「健康経営をすれば儲かるの? 何が良いことがあるの?」という疑問が先立ち、なかなか踏み切れないから。

横山先生がおっしゃった通り、健康経営をコストとしてしか見ていないからです。つまり、社員を財産としての「人財」ではなく、ただの材料(人材)として捉えているから。人材だったらコスト、人財だったら投資。投資なら3年、5年という長いレンジで回収できると考えることができます。

ただ、健康経営はそれほどコストがかかるものなのかと言えば、そうではありません。例えば、エレベーターではなく、階段を使うようにするといったことでも社員の健康づくりになります。大上段に構えるのではなく、まずはやれることからやってみることが大切です。

特に中小企業にとって、健康経営はより切実に必要とされているのではないでしょうか。恥ずかしい話ですが、私が代表を務めていた会社でも、100名のうち80 名が健診で何らかの問題を指摘されていました。大企業なら代わりの人財がいるかもしれませんが、幹部クラスや優秀な社員の10名のうち8名に健康リスクがあるというのは、中小企業にとって死活問題です

そこで、もともと健康に関心が深かったということもあり、私が講師となり、食育セミナー、ダイエット運動などに取り組みました。ダイエット運動も、最初は2人しか参加してくれませんでした。取り組みを始めても最初はうまくいかないもの。それをどう乗り越えていくか。経営者自身もそうですが、いかに周りの理解者を増やしていくかが大事になります。

横山先生:熊倉さんのお仕事は、人の想像力を発揮させてあげることかもしれませんね。健康経営をしなかった場合にどうなるか、したときにどうなるかをデータや事例を使いながら想像させることで一歩踏み出すきっかけを作る。取り組み始めさえすれば、徐々に状況は変化していきます。

石川氏:そうですね。中小企業は人財採用が難しいですし、少子高齢化でさらに厳しくなっています。人がいなくなればすぐ補充すればいいという時代ではないので、今いる人でどうやって生産性を高めていくかが重要。これから年金をもらえる年齢も後倒しになっていくでしょうし、健康で長く働ける身体を持っていることはとても大事になってきます。それに、身体や心の健康が保たれていなければ、新しいスキルや知識を身につける気にもなれません。

横山先生:働く人も組織も生き生きと活発な状態であることが理想です。そうなるために、パーパス経営と健康経営は中核になるものと言えますね。

熊倉:はい。健康経営に取り組んでいる企業は、新卒採用でも効果が出るようになっています。一方、石川さんが言う通り、生産労働人口はどんどん減少していますので人の採用が難しくなっています。そのため、健康経営に早めに取り組み、学生さんにも選んでもらえる企業になることが大切なのではないでしょうか。

横山先生:学生はブラック企業という言葉を大変恐れます。今回の授業で学生も、健康経営について知ることができたと思います。

石川氏:商学部の学生さんということで、ベンチャー企業を立ち上げたり、経営に携わっていく人たちも少なくないでしょう。でも、逆にブラック企業に入って、その会社をホワイト企業にする人も出てきてほしい。そのためにパーパス経営や健康経営が必要になりますし、経営者の立場になったのなら、パーパス経営や健康経営について考えざるを得なくなるでしょう。

これからAIもさらに普及し、人にしかできない仕事をすることが求められてきます。逆にマニュアル通りの仕事をする社員はやっていけなくなる。そういった状況のなか、企業は自社のパーパスを掲げる必要がありますし、社員はそれに対し、いかに自分の想いや働きがい、生きがいをリンクさせていくかを考え、常にブラッシュアップすることが欠かせなくなっていくでしょう。

横山先生:今回のセミナーでは健康経営、パーパス経営だけでなく、組織変革をするときに社員のベクトルをどのようにして合わせていくかなど様々なお話を伺え、学生にもそれぞれの問題意識に合ったメッセージが届いていると思います。本日はありがとうございました。

【取材後記】

関西大学商学部主催で開かれたアントレプレナー・セミナー『ベンチャー・中小企業のパーパス経営と健康経営』。今回の記事ではとても紹介しきれないほど充実した内容となり、パーパス経営や健康経営の本質を知ることができました。今後もIKIGAI WORKSでは、関西4大学(関西大学、関西学院大学、京都産業大学、近畿大学)による産学連携PBL(project based learning)に参画し、学生と企業を健康経営で結ぶ活動をしていきます。ご期待ください。

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