【対談シリーズ:江崎禎英】社会が変われば、企業も働き方も変わる

健康経営の育ての親である江崎禎英氏と熊倉との対談をお届けします。企業と働く人のミスマッチの解消法、人生100年時代の働き方、人を幸せにするコミュニティづくりなど、ここでしか聞けない話が展開されました。

■江崎 禎英(社会政策課題研究所 所長/岐阜大学客員教授)

■熊倉 利和(健康経営の広場 編集長/IKIGAI WORKS代表取締役)

1.柔軟な働き方で人財不足を解消

熊倉:江崎さんは経産省で健康経営銘柄の普及やホワイト500の制度設計に尽力されるなど、日本の健康経営やヘルスケア産業を牽引されてきました。最近はどのような活動をされていますか?

江崎:はい。現在は社会政策課題研究所の所長として「人生100年時代を如何に幸せに生ききるか」といったテーマで調査研究を行うとともに、講演を行ったり、健康経営を導入したいという地元企業や外国の企業ともお話ししています。そうした中で企業の方からは「人手が足りない」という話を頻繁に聞きます。一方、若い世代の方々は「仕事がない」と言う。このギャップが何故生まれるのか?その背景には働き方に対する固定観念があるのではないでしょうか。

あるライフライン関連の企業の方から「政府は賃金を上げろと言うが、付加価値が上がらないのに賃金だけ上げるというのは無理な話だ」と言われました。仕事の内容を聞いてみると、基本的には一日中メーターの監視をして、不具合があった場合に対処することだそうです。実際のトラブル対応は一日2時間程度、残りの時間はただ座ってメーターをみているだけだそうです。

もともと日本のホワイトカラーは生産性が低いと言われていますが、実際のところ、会社に居ることが仕事であって、書類を探したり雑談している時間も少なくないと言われます。また、ある企業では仕事が少なくなっても、景気が良くなったときのために従業員を抱えようとして大きな負担となってるという話も聞こえてきます。

どうしてそうなるのか?私たちは無意識のうちに仕事とは1つの会社でフルタイムで働くことだと思い込んでいるのではないでしょうか。コロナによって仕事や生活スタイルが大きく変わるなか、空いている時間は別の仕事をするなど、AIも活用しながら時間を効率的に使えば賃金自体は変わらなくても収入を増やすことは可能でしょう。

熊倉:なるほど。その地域の企業同士で人材をシェアするのもいいですし、都会の大企業と地方の中小企業が組むのもいい。複数の企業が連携し、人財の流動化、移動の自由度が上がることで人財不足などの問題も解消できますね。

2.人生100年時代はハッピーに働く

熊倉:柔軟な働き方を導入して成功した企業の事例はありますか?

江崎:はい。ドラッグストアを展開するある企業では、早朝、トラックで届く商品を店内の棚に並べたりする仕事で若い人を採用したいと思っていましたが、なかなか来てくれる人がいない。そこで地域のお年寄りに委託契約でお願いすることにしました。委託契約ですから時間の使い方は比較的自由です。身体に無理のない範囲での対応をお願いしたのです。

ところが、お年寄りは、朝早起きで、ラジオ体操の後に店舗に来られます。仕事の覚えも早く、手早く仕事を済ませてしまうので、お店としても大変助かります。手早く仕事を終えるため、時給換算すると最低賃金を大きく上回る金額になるそうです。仕事が終わったらドラッグストアの若い従業員と話をしたり、お孫さんにもお小遣いをあげられるなど高齢者の方にとっても役割や居場所が提供されます。企業も必要な人材を確保できるため、無理して外国人労働者を雇う必要もなくなります。

こうした働き方は、必ずしも高齢者に限ったことではありません。現役世代にも柔軟な働き方を実現することで、子育てや趣味を満喫しながら豊かな生活も実現できる可能性が出てきます。「人生100年時代」、同時に複数の仕事を持つことでより豊かな生活を送ることが出来るのではないでしょうか。就職したら「朝8時から5時まで会社に出社する」といったこれまでの当たり前を見直し、柔軟な働き方、時間の使い方ができるようになれば、空いている時間で農業などの副業をしつつ、スポーツや趣味を楽しむことも出来ます。そうすれば100年の人生をより豊かなものにできます。

柔軟な働き方が広まれば、女性も社会に参加しやすくなりますし、男性も子育てに参加しやすくなります。高齢になってフルタイムで働くのが難しくなっても、培ったノウハウや技術を活かすチャンスが増えます。障がいがあってフルタイムの勤務が難しい方にも、力を発揮するチャンスが生まれます。

熊倉:素晴らしいですね。一つの組織、一つの会社でずっと働いているとそういうことに気付けない。僭越ながら、江崎さんも省庁から離れた後に見えてきたものがあったのでは? 

江崎:そうですね。公務員時代も「こうしたことができたらいいな」と考えていましたが、地元の企業の方々と意見交換しているうちに「これは実現できる」という確信が持てました。これまでは働き方を変えることばかり考えていたのですが、仕事の在り方そのものを変えることも重要な方法であることに気付かされました。

3.仕事とは人を幸せにすること

江崎:現在飛騨地方では、金融や不動産などで働く若者たちが、その仕事を持ったまま、農業に取り組んでくれています。本人たちも土に触れる仕事を楽しみつつ収入も増え、高齢化する地元の農家の方々も農地の維持管理が出来、若い人たちのとの繋がりが出来てとても助かっています。

今の若い世代を見ていて気づくのは、「楽しい」と感じながら仕事をしたいと願っていることです。他方、昔のマンガ『巨人の星』を読んで育った世代では、耐えて耐え抜いた後に栄光を掴めるというイメージがあります。最初は理不尽に感じても3年ぐらい黙って耐えていると仕事の面白さが分かってくるというものです。しかし、今の若い世代ではそうした議論に違和感を覚える人は少なくありません。今の仕事に光が見えなくてはいけない。昇給や昇進よりも「社会の役に立っている」という実感や「楽しい」という視点が重要になっているようです。仕事とは楽しいことであるという認識が社会全体に広まることで、働き方の柔軟性と共に生産性も幸福度も高まっていくでしょう。

熊倉:江崎さんはご著書『社会は変えられる: 世界が憧れる日本へ』(国書刊行会)をお出しになられていますが、社会が変われば、企業は自ずと変わっていくということですね。むしろ、企業を変えようとするより、社会自体を変えてしまったほうが摩擦も起こらず、近道かもしれませんね。

江崎:イノベーションとは、技術開発でも研究でもなく「常識を変えること」です。社会のあたりまえを変えることができたら、「こんなこともやれるんだ。やっていいんだ」と人にとっても企業にとっても違った景色が見えてきます。全く新しい発想の下に新たなビジネスを始める人が出てくるでしょう。私はそれをこの岐阜県で実現したいと考えています。

熊倉:素晴らしいですね。私たちIKIGAI WORKSもベンチャーながら、国がやらないことに先陣を切って取り組み、社会を変えていくという気概を持って取り組んでいます。

江崎:私は地域のコミュニティづくりを担う会社企業を沢山立ち上げたいと思っています。例えば、一人暮らしの高齢者がみんなで集まってモーニングを食べたり、猫の保護活動をしている人たちにご協力いただき、高齢者に猫のレンタルをするという取り組みも考えています。その際、猫だけでなく人も一緒に行き、お困り事を聞くというのもいい。

アメリカでは今、学生が高齢者の話を聞くというサービスを提供するベンチャー企業が急成長しています。聞き上手の学生にはたくさんの指名がかかりますので、人の話を上手に聞くためのトレーニングをする教育ビジネスなども付随して生まれているようです。

熊倉:それは面白いですね。今、IKIGAI WORKSではブライト500企業にお声がけをし、中小企業の健康経営トップランナーのコミュニティを構築していますが、世代を超えた繋がりもつくっていきたい。その中でもまずは学生。人財を必要とする企業と、健康経営を推進しているホワイト企業で働きたいという学生を結ぶコミュニティも立ち上げたい。ぜひ江崎さんにもご協力を願いたいと考えています。

江崎:その際、大切なのは企業と学生さんの間で「人を幸せにすること」を共通の視点に置くことです。いつの日にかではなく、今、人々が困っていること、求めていることを見つけ出し、それを解決するサービスを考え提供することこそが、仕事なのです。それは現在の若者の心にも響くと思われますし、様々なビジネスも生まれてくるでしょう。

【編集後記】

「一つの会社でフルタイムで働くのではなく、複数の仕事を持つ」「仕事を楽しむことで生産性や幸福度が向上する」「働き方や企業を変えるために、社会を変えてしまえばいい」など、まさに目から鱗の話が飛び出した江崎氏と熊倉の対談。人生が長くなり、コロナ禍などでドラスティックに社会が変わるなか、どのように働くか、どうやって人生を豊かなものにしていくかを改めて考えさせられるものとなりました。これからの健康経営や企業発展への大いなるヒントがここにあります。

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