【IKIGAI企業インタビュー】豊かで美しい渥美半島を子供や孫の世代に残すために(渥美フーズ) 

渥美フーズさんは愛知県田原市に本社を置き、スーパーマーケットなどを展開する企業。農業分野にも進出し、食の安全性や持続可能な社会の実現に向けて果敢な取り組みをする渡会社長に聞きました。

〔インタビュアー〕

川北眞紀子(南山大学 経営学部 教授) 

澤端智良(茨城キリスト教大学 経営学部 准教授) 

橋本康治(一般社団法人Well-being in Nature)

熊倉利和(健康経営の広場 編集長)  

1.苦しみながらのコンセプト転換。イベントスペースが成功のエンジンに

川北:渥美フーズさんは「あつみは食を通して人を良くする会社」という理念を掲げ、食の安全性や持続可能な社会づくりに力を入れています。本日は、どんなビジョンを持ち、現在それがどれくらい形になっているのかといったことについて伺えたらと思っています。

橋本:まずお店で販売する食品を無添加など体に良いものにしたきっかけを教えていただけますか?

渡会:はい。今から23年前に『こだわりの味協同組合』の理事長と出会ったことがきっかけです。『こだわりの味協同組合』は、国産原料や無添加にこだわり、美味しくて不安のない食品を提供したいと考える企業が集まって設立されたもの。その背景にあったのは、価格勝負をしていたら小売店やメーカーはみんな潰れてしまう。差別化しないと駄目だということがありました。

私もその考えに賛同。それまで経営するスーパーマーケットでは、「卵を10円、200パック限定」などとチラシで告知して集客していたのですが、そういった安売りもやめて質の良いものだけを販売していくことに決めました。そして、『スーパーマーケットあつみ』という名前も『フードオアシスあつみ』に変えました。

橋本:お客様の反応はどうでしたか?

渡会:1号店は新しいコンセプトにふさわしくするため多額の改装工事でオープンしたのに、「こんなお店では買い物できない」「前の店のほうが良かった」と苦情の手紙が山のように来て、改装前より売上がかなり落ちてしまいました。

浜松駅前のお店を出した時は、浜松は人口が約80万人もいますので、どこにでもあるナショナルブランドではなく、値段が少々高くても良いものなら売れるだろうと楽観的に考えていましたが、目論見が外れました。この浜松店だけで1年間に億を超える営業損失を出した時は、ストレスで帯状疱疹になってしまい、毎朝出社すると泣きながらお店の掃除をしていました。最初からうまくいったのは一店もありません。

橋本:それをどう盛り上げていったのですか?

渡会:まず店の各スタッフに社内の精鋭を集めました。すると口コミ効果もあり、徐々に客層も変わっていった。それまでは半径500メートルくらいのお客様がメインだったのが半径15キロメートルくらいまで商圏が広がっていき、スーパーは近くに住んでいる人しか来ないという固定概念が覆りました。

澤端:小売店は日々の売上をどうやって上げていくかが非常に重要です。売り場を少しでも大きくしたいところですが、御社の場合、店舗にイベントスペースを設けて講演会などを開いています。あれはどういう考えからですか?

渡会:従業員が商品知識を持つのは当たり前ですが、お客様の商品知識も高めていかないと良いものは売れません。ですから浜松店では生産者を呼んでの料理教室などのイベントを1年間に200回以上開きました。すると1年後、イベントの成果もあり、たくさんのお客様に来てもらえるようになって今度は嬉し涙を流しました。

それから10年間、ずっと増収・増益を続けていますが、やはりイベントによって商品の良さや健康の大切さを知ってもらうことが肝となっています。ですから、イベントスペースが会社のエンジンだと思っています。

2.渥美半島への愛と持続可能な社会を目指して

熊倉:今日、御社が運営する鶏舎の見学もさせていただきましたが、渥美フーズさんは、スーパーの経営だけでなく、農業もされている。それはなぜですか?

渡会:循環型の社会にしていきたいと考え、店舗でゴミを出さないような仕組みを作り、これまでに2度、愛知環境賞をいただき、循環型社会のロールモデルとして高い評価をいただいております。その流れを推し進め、上流の農業にも取り組むようになったというわけです。

それと渥美半島に対する想いも大きい。コロナ禍のある日、人からもらったヨットに乗って海から見ると渥美半島の大きさ、自然の豊かさ、美しさを感じ、改めて地域へ対する愛が生まれ、ここを盛り上げていきたいという気持ちになりました。それで手始めに地元で採れる無農薬のブランドレモンを使ったレモンケーキを開発すると大ヒット。今では400本のレモンの木を植えた果樹園も運営しています。

川北:地域の方々も渡会社長の想いに賛同し、積極的に協力してくれるようになっていますね。それも渡会社長がやったからこそ、その人たちが動いてくれた。ファーストペンギンとして誰かが最初にやらないと何も始まりません。

渡会:そうかもしれません。ある日、私が草刈りをしていたら地元の農家のみなさんが手伝いに来てくれました。何も知らなかった私に農機具の使い方、リースの仕方なども教えてくれ、涙が出るほど嬉しかったのを覚えています。

3.渥美半島のブランド力を高めていきたい

澤端:渥美フーズさんは、地域のためになる活動をされています。SDGsを始め、グローバルに関わるような社会問題があり、一方に地域課題と呼ばれるものがあります。社会問題も地域問題も繋がってはいますが、地域のための活動をする際、どのエリアまでを意識していますか?

渡会:渥美フーズは持続可能な社会を実現することを経営理念に掲げていますが、全国にお店を出すことはできません。そうすると、この場所で「こういうやり方もあるんだ」と全国のモデルやヒントとなることをするのが大事なのではないでしょうか。

澤端:農園にしろ、鶏舎にしろ、生産現場を一般の人にも見せるというやり方はいいですね。農作物ではありませんが、岡山の児島ジーンズでは生産工程を見るためにファンが世界中から来ます。こんなに手間暇かけて作っていると自信があるから見せることができる。御社の商品もまさにストーリーのあるプロダクトですね。

渡会:そうですね。ただ、当社だけでは足りません。この地域自体のブランド力も高めていく必要があると考えています。

4.フィロソフィーが企業の差別化になる

熊倉:そのような渡会社長の経営理念や哲学のベースとなっているものは何ですか?

渡会:『商業界』の編集長だった笹井清範さんの影響も大きいですね。笹井さんの名刺にはこんなことが書かれています。「消費者は単なる安さ(PRICE)だけを求めてはいません。多くの事業者が低価格ばかりを訴求し、ほかの選択肢を提示しないから、暮らしを大切にする生活者は価格で選ばざるを得ないだけです。商品の中に哲学や理念(PHILOSOPHY)を感じられれば価格は二の次になります」

笹井さんは新しい4Pを提唱しているんですね。それは、PRICE(価格)よりPHILOSOPHY(哲学・理念)、PRODUCT(製品)よりSTORY-RICH PROJECT(物語性豊かな商品)、PROMOTION(宣伝)よりPERSONALITY(個性・人柄)、PLACE(立地・流通)よりPROMISE(約束・絆)というものです。

熊倉:まさに渡会社長の考えと共通する点が多いですね。

渡会: 今、社内でも社長の私のやっていることを完全には理解してもらえていないかもしれません。でも少しずつでも、この新しい4Pの実現に向けて進めていきたい。なぜなら、そのことが将来的に会社を差別化するための大きな力に必ずなるからです。

熊倉:ちなみに、渡会さんは渥美フーズで何代目になりますか?

渡会:祖父が元々の事業を始めましたので3代目です。

熊倉:経営理念は渡会さんの代になって変えたりしましたか?

渡会:はい。私が社長になるまで社訓のようなものはあったのですが、きちんとした企業理念はありませんでした。私の代になって理念、ビジョン、行動指針などを作り、それを2年前に見直し、「エコサークル」という概念も新たに追加しました。

エコサークルとは、持続可能な社会の実現に取り組む人や企業を有機的に繋ぎ、豊かで幸せなエコロジー・エコノミーを循環させる活動のことで、今年(2024年)の1月、社内に「エコサークル推進室」を設置しました。

熊倉:以前、安い商品を目玉にしていた時は、そんなことをするとは思っていなかった?

渡会:全く思っていませんでした。何も考えず、ただ売れればいい。それが『こだわりの味協同組合』の理事長との出会い、コロナ禍となって改めてこの渥美エリアについて様々なことを考え、私自身も変わりました。それまではファーストフードが好きで、晩御飯は毎回、宅配ピザとポテトチップスとビール。今ではご飯とお味噌汁を中心としたヘルシーなものになっています。

それと、農作業をやる前は膝が痛かったんです。接骨院で診てもらったら原因は運動不足。今、運動しておかないと70歳を過ぎると動けなくなると言われました。農業をするようになってからは、お陰様で膝の痛みもなくなりましたね(笑)。

川北:経営理念の浸透の研究をしていると、トップの行動が一番効果的であることがわかっています。例えば、サスティナビリティやSDGsを会社の理念として掲げていても、トップが逆の行動をしていることも少なくありません。その点、御社の場合、トップ自ら行動し、理念を体現されていますね。

5.社員の夢と会社のビジョンが合致している

熊倉:安売りを目玉にしていた時と、お店のコンセプトを変えたり、新しい経営理念を作った後では社員の定着率は変わりましたか?

渡会:はい。だいぶ改善し、辞める人が少なくなりました。会社説明会のやり方も変えました。説明会は各地で開くのですが、私が1時間くらいかけて当社の考え、ビジョンなどをじっくりと話します。そして、「ウチに入社すると勉強することがたくさんあって大変です。ですから、学びたい、成長したいという人にとってはいい職場です。でも、そうでない人にとっては辛くなることでしょう」と正直に伝えます。会社説明会には、それほど多くの人は集まりませんが、興味を持ってくれた人はほぼ入社してくれます。当社のビジョンに共感し、ベクトルが同じ人たちなので辞める人も少ないんです。

熊倉:採用は新卒ですか? 

渡会:そうです。業界内での転職採用はほぼうまくいきません。なぜなら今まで褒められていたことも、ウチでは叱られてしまいますから。他の店では、コーラやカップ麺をたくさん売ったからといって怒られるなんてまずありませんよね。

川北:確かに「循環型だ」「農業だ」とあれこれ言われるより、「店に立ってただ商品を売っているだけの方が楽だ」と他店から来た人は思ってしまいそうです。

熊倉:お店のスタイルや理念を変えたことで人財も入れ替わりましたか?

渡会:はい。新しいやり方についてこれなくて辞めた人もいます。逆に残ってくれた人たちはずっと働き続けてくれます。それは新卒採用の人と同じように、自分のやりたいことと会社のビジョンが合致しているからではないでしょうか。

熊倉:それは素晴らしい。最後にこれからの夢を聞かせていただけますか。

渡会:やはりエコサークルを実現したい。自分の子供たち、孫たちの世代にも、美味しくて体にいいものを食べてもらいたい。私の夢はそれしかありません。

【取材後記】

大きなリスクを背負いながら「本当に体に良いものを食べてほしい」「持続可能な社会にしたい」とスーパーのコンセプトや業態を転換した渥美フーズさん。さらにスーパーだけでなく、飲食店や農業の分野まで進出しています。そこには、渡会社長の地元の渥美半島への想いがあります。それを体現した「渥美半島の50年後に向けたまちづくりを行う」をミッションとした関連会社『あつみ編集舎』を設立し、農業、食、遊びをテーマに地域の活性化にも取り組んでいます。そのプロジェクトの壮大さ、理念の高さには驚かされるばかり。詳しくは『あつみ編集舎』に関する記事をお読みください。

<企業データ>

会社名:株式会社 渥美フーズ

事業内容:スーパーマーケット経営、飲食店経営、食料品の製造及び卸、農業

所在地:〒441-3617 愛知県田原市福江町中羽根79番地1

資本金:2,700万円

社員数:583名

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