【シリーズ:IKIGAI経営と地域連携】地域の力で人財は磨かれ、社会の宝となる〔大橋運輸〕

地域と強い絆を築き、社会貢献を実現している大橋運輸。単に「物を運ぶ」運輸業を超え、地域課題の解決から社員の生きがいまで、地域密着型の活動を展開しています。鍋嶋社長の率直な話には、地域貢献が企業と社員をいかに成長させてくれるかが表されていました。地域とともに成長し、ともに問題を解決していく大橋運輸の歩みからは、ビジネスを超えたメッセージが、私たちの心に訴えかけてきます。

〔大橋運輸株式会社〕

鍋嶋洋行(大橋運輸株式会社 代表取締役社長)

〔インタビュアー〕

川北眞紀子(南山大学 経営学部 教授)

澤端智良(茨城キリスト教大学 経営学部 准教授)

熊倉利和(健康経営の広場 編集長)

1.「オオサンショウウオを守る」運輸会社

熊倉:私たち3人は慶応大学のビジネススクールの卒業生で、共通のゼミの門下生です。我々のホットな話題の1つが地域連携で、パイオニアである大橋運輸さんに話をお聞きしたいと、そろってやってきました。

鍋嶋社長:ありがとうございます。当社は自治体、社協、警察、学校、ボランティア団体、そして大手企業と連携して、地域活動を行ってきました。もう11年以上になります。クリエイティブな仕事と異なり、運輸業の主な仕事は「物を運ぶこと」。ここだけで大手企業と勝負すると、やがて価格競争に巻き込まれてしまうという危機感がありました。では、どうするとお客様に認めてもらえるのか。導き出した答えが「地域に信頼される会社を目指す」ことでした。

澤端さん:私は企業と地域の連携を研究テーマの1つにしているのですが、「地域活動をしたいが、何から始めてよいかわからない」という会社が多いですね。

鍋嶋社長:そうなのです。私たちのように小さな会社は、資金力はありません。資金力のない会社でも、地域と連携して活動できることを全国に広めたいと、私自身も考えてきました。今後、日本は人口が減っていく中で、地域の課題が増えていきます。行政に任せきりにするのではなく、地元企業が地域を支え、活性化させていく必要があります。

川北さん:私は、広報の分野の研究をしています。広報とは、株主、社員、顧客、行政、そして地域社会まで含めたステークホルダー(利害関係者)と良好な関係を築くためのリレーション(長期にわたって良好な関係を築くこと)です。この1つの分野に「コミュニティ・リレーションズ」があります。実は、この分野に関して、日本ではほとんど研究されていないのです。アメリカでは、警察、消防、軍といった組織を中心に研究がなされています。日本でもようやく「実は、大事じゃない?」と注目されてきたと感じていたところでした。そうしたら、大橋運輸さんでは、地域連携をすでに積極的に行われていると聞き、驚きました。

鍋嶋社長:私たちは経営戦略として地域連携をしているというより、地域にとって解決が必要な課題に1つずつ取り組んできたら、今に至ったという感じです。たとえば、川清掃を10年以上行っています。理由は、瀬戸市は国の特別天然記念物「オオサンショウウオ」の貴重な生息地ですが、そのオオサンショウウオが日本でいちばんやせていると知ったからです。山の上に不法投棄されたゴミが山積みになっていて、雨が降るたびに流れ、川を汚していたのです。

そこで、年に5回ほど川の中に入り、不法投棄されたゴミを拾っています。もともと、地域のボランティア団体の方々や地域住民のみなさんが川辺の草を刈っていましたが、みなさん高齢で川の中の清掃はできていなかった。そこで、地域の方々やボランティア団体と連携し、川と巣穴の清掃を始めました。一方で、不法投棄されたゴミの山や汚れた川に棲むオオサンショウウオの写真などを行政に持っていき、広報活動も積極的に行いました。すると、大騒ぎになって、予算が出たのです。最初は汚れ切った川でしたが、5年ほど続けていると水質がよくなり、「教育にもよい」と子ども連れの家族が参加してくれるようになり、現在ではオオサンショウウオの産卵も確認できるようになりました。

熊倉:大橋運輸が始めなければ、オオサンショウウオは今ごろいなくなっていたかもしれませんね。

鍋嶋社長:私たち中小企業が地域課題に取り組むメリットは「継続」にあります。行政も人が足りず、地域課題に人材を配置できないし、地元のボランティアの人は高齢化している。ですが、地元の中小企業は、働く人は変わっていっても、地域にあり続けます。一方で、大手企業は資金力や人力には爆発力があるが、地域課題には目を向けにくい。だからこそ、地域の中小企業が旗振り役になることが重要です。行政と地域の人たち、中小企業、大手企業がタッグを組んで地域活動を盛り上げていくと、学生さんやボランティアさんもだんだんと集まり、活動の輪が広がり、それが継続につながっていくのです。

2.パフォーマンスでは人はついてこない

川北さん:社員の方々は、率先して地域活動に参加してくれますか? ボランティア活動は社員参加が進まないとよく聞きます。

鍋嶋社長:当社の場合、地域活動はすべて自由参加で、強制はしていません。たとえば、川清掃には私自身、ほぼ毎回参加しています。胴長をはいて川に入り、巣穴清掃も行います。よく経営陣がパフォーマンスで初回だけ参加するケースを見かけますが、それでは人はついてこない。社長も真剣に活動しないと、地元の人や社員の協力者は増えません。また、参加する社員には会社のお金で食事を出します。川清掃は子どもの教育になると家族で参加してくれる社員も多く、そのときには家族のぶんも食事を用意します。こうした気遣いも大切です。

さらに、日曜日以外の地域活動は就業時間内の参加とし、プライベートは削らなくてよい体制を整えています。現在は毎週のようになんらかの地域連携の活動を行っていますが、年々、参加する社員が増えています。

川北さん:就業時間内の参加となると、企業としての生産性はどうなりますか?

鍋嶋社長:1か月間のうち数時間仕事をしなくても、調整は十分できます。そもそも当社では3年前から「1年中がんばらない制度」を設けています。1年中がんばり続けることは、実は生産効率を落とします。スピードを上げようとするあまりに周りが見えなくなるからです。仕事には精神的余裕が必要です。

そこで現在は、趣味応援企画として年3回、社員たちの趣味に金銭的サポートをしています(1人10万円まで1回5~6人当選)。「仕事を楽しく」ではなく、「仕事と人生を楽しく」をテーマに、プライベートの充実も大切にする。この視点が仕事の視野を広げます。

川北さん:鍋嶋社長はまるで会社のお父さんのようですね。社員の方々を息子や娘と思っているようです。

鍋嶋社長:その通りです。海外出張をする社員を、途中まで車で送っているほどです(笑)。また、この仕事は体が資本ですから、季節の野菜や果物、肉や魚を定期的に配布しています。会社の冷蔵庫には、社員がいつでも飲めるようトマトジュースがいっぱい入っていますし、朝食を食べてこない人のために、バナナやヤクルトを用意しています。あっという間になくなりますよ(笑)。

3.地域が社員を育ててくれる

澤端さん:鍋嶋社長の経営方針には驚かされるばかりです。地域連携は、売上に即座に結びついていくものではないけれども、地域課題に継続して取り組んでいくと、地域と社員との距離がどんどん近くなっていくのでしょうね。

鍋嶋社長:そうですね。現在、小学生の交通事故の半数は、小学1、2年生の事故です。そこで当社では毎年地域の小学校で交通安全教室を行います。そのときにトラックを持っていき、子どもたちを乗せて、トラックから見えない死角を教えるのですが、とても喜ばれます。

また、当社の管理栄養士たちが講師になって栄養セミナーを開催したところ、定員を上回る人が集まってくれました。当社主催のセミナーは、社員が講師になることが多いんですよ。当社は、部長、課長という役職より、ダイバーシティ担当とかSDGs担当、ユーモア担当など職場の役割を重視していますが、SDGs担当の社員が地域セミナーの講師をやったり、営業の社員が防災セミナーをやったりしています。

さらに、高齢者施設で入居者の方々を笑顔にする企画を催したり、幼稚園で交通安全指導や食育活動を行ったりもしています。これらもすべて社員の自由参加ですが、やるとなったら業務の一貫として取り組んでもらいます。地域のためにやりたいことをみんなでやり、会社はそのバックアップを全力でしているというわけです。

澤端さん:社員の方々は、地域貢献を通して通常の業務ではできない経験をされているのですね。

鍋嶋社長:実は、地域の方々が社員を育ててくれるところは大きいのです。地域の人に頼られたり、ありがとうと感謝されたり、「あなた、成長したね」と褒められたり。小学校の交通安全指導で「大橋運輸を知っている人?」と尋ねたら、なんと9割もの子が挙手してくれたと、社員が喜んでいました。地域の9割もの子どもたちが、1つの中小企業を認知してくれているなんて、これほど嬉しいことがあるでしょうか。こうした交流が、社員の自信と誇りになっています。なんと地域の方々が学生さんに「大橋運輸に入りなさい」と勧めることもあるんですよ(笑)。また、当社の活動をホームページなどで知って、他県から「大橋運輸で働きたい」と新卒の学生さんが来てくれることもあります。

熊倉:すごいですね。地域貢献は、実際のところ、売上につながっていますか?

鍋嶋社長:当社の売上の3割はB to Cで、地域の方々の引っ越しや生前整理、遺品整理などです。お客様の多くは相見積もりを取らず、「大橋運輸さんにお願いする」と決めて連絡をくれます。信頼されているからこその依頼は、とっても嬉しいですね。実際のところ、生前整理、遺品整理の分野では東海地区1位を目指せる位置にいます。ただし、大橋運輸が目指しているのは売上1位ではない。地域の方々から信頼される会社になることです。

4.「儲かるからやる」はウチらしくない

熊倉:大橋運輸さんの地域連携のすごいところは、官民連携で地域課題に取り組むことにとどまらず、周りの団体や組織、企業を巻き込んでいくところですよね。

鍋嶋社長:単独より複数で行ったほうが、地域課題の解決により近づけます。たとえば、当社では警察と連携して特殊詐欺のチラシをつくって配っているのですが、大手薬局とコラボしたことで、2日間で1万枚も配布できました。各調剤薬局で薬と一緒にチラシも「気をつけてくださいね」と高齢の方々に手渡ししてくれたのです。石材店、ガス工事会社、生命保険会社、ケーキ屋の方々も協力してくれました。ただ、コラボする相手は、きちんと選んでいます。たとえば、栄養セミナーで健康食品会社とはコラボをしないのは、そこの商品を来場者に売る機会にしたくないからです。川清掃のときに、挨拶だけして帰った議員もいました。「選挙目的か」と残念になりますよね。「地域の人たちのために行う」という目的はしっかり守るようにしています。

川北さん:大橋運輸さんはLGBTQ理解への取り組みも熱心に行われていますね。

鍋嶋社長:はい。当社の企業理念は「仕事を通じてお客様や地域に貢献する」です。多様な人財が自分らしく働き、お客様や地域に貢献していけるよう職場環境を整えていきました。社員たちも社内にて基本的にオープンに過ごしています。運輸業に興味があって、当社で働きたいという人には積極的に面接を行っています。

熊倉:大橋運輸さんでは、メンタルに不調を抱えている若い人も積極的に雇用しているという話も聞きました。

鍋嶋社長:ええ。過去のメンタル不調によって転職活動をしている人には、今の状況に応じて、仕事の提案をさせてもらいます。具体的には、短時間や週3回の勤務から仕事をすることを提案しています。この視点は通院や育児・介護を抱えている人にも活用できる制度になります。今、真面目さゆえに柔軟な考え方ができない若い人が増えています。大手企業に新卒で入ったけれども、残業続きの働き方で心が折れてしまう人もいる。若い人は日本の財産です。みんなで大切にしなければいけないのに、残念です。

メンタルの不調を抱えるということは、真面目さの裏返しでもある。自己ベストを意識して真面目にコツコツ努力できる人ならば、私はウエルカムです。反対に、どんなに優秀でも仕事の手を抜く人は危険です。周りによくない影響を与えるからです。

地域連携の活動に取り組んでいると、嬉しいことがたくさん起こるのですが、今年もっとも嬉しかったのは、10年来、川清掃をしてきた地元住民のご子息が入社してくれたこと。幸せな気持ちになりました。障がい者雇用も積極的に行っています。障がい者の人を社員がサポートする事は、会社全体のチームワークがよくなり、組織力も高まります。ハンディキャップのある人を支えていくことは、社員一人ひとりが成長していく力になるのです。

澤端さん:私も学生たちを見ていて感じるのですが、失敗を恐れて、大きく飛び出そうとしない若者が増えていますよね。まじめな人ほど常識の枠から外れることを怖がり、心をすり減らしています。

鍋嶋社長:安定を求めることは、最大のリスクです。スポーツに例えると、筋肉痛になって初めて筋肉がつくのに、筋肉痛を嫌がってトライしないのと同じ。若いときほど興味のあることには挑戦し、失敗を経験したほうが成長できます。会社は若い人に失敗するチャンスを与える場でもあると思うのです。

川北さん:愛情深い鍋嶋社長のもとで働ける社員さんたちが、心からうらやましいです。最後にお聞きします。「大橋運輸らしさ」を一言でいうと、何になりますか?

鍋嶋社長:そうですねぇ。難しい質問です。

澤端さん:では、「大橋運輸らしくない」というと、どんなことですか?

鍋嶋社長:「儲かるからやる」というのは大橋運輸らしくないですね。官民一体で行う地域貢献をノウハウ化し、フランチャイズ化すれば儲かりますよ、と多くのコンサルタントから提案を受けます。ですが、それはウチらしくない。いい仲間といい仕事をすることが、私にとっての会社経営の目的です。地域連携は社員に働きがいや誇りを与えてくれる貴重な場なのです。

【取材後記】

大橋運輸の取り組みは、一言で表現すれば「共生」。企業が地域とともに歩み、互いに支え合う関係を地道に築くことで、持続可能な社会の実現に貢献しています。鍋嶋社長の話からは、ビジネスとしての成功を超えた、社員や地域に対する深い愛情と誇りが伝わってきました。企業価値は地域連携によって高めていけるという再発見とともに、インタビュアーの3人に心温まる感動を与えてくれた取材でした。

〈企業データ〉

会社名:大橋運輸株式会社

事業内容:自動車部品輸送、引越、生前整理・遺品整理、レンタルコンテナなど

所在地:〒489-0912 愛知県瀬戸市西松山町2-260

URL: https://www.0084.co.jp

資本金:3,000万円

従業員数:99人(2023年6月時点)

担当者の課題や手間をファンマーケティングで支援!